第9話 オトナのオモチャ
アンナと織部を招いた夕食は、とても楽しいものになった。
――――ただし、お袋と愛にとっては、と付くが。
普段は親友として阿吽の呼吸のアンナと織部のピリピリとした牽制染みたやり取りと、時折こちらに被弾する流れ弾。そして、それを面白がり、火に油を注ぐ愛とお袋……。
俺にとっては、ただただ居心地の悪い夕食だった。フェンサリルの超一流の料理の味がわからなくなるほど……。
「いやぁ、えらい目にあった……」
「それは大変だったね」
地獄のような夕食を乗り越え、翌朝。部室にて。
俺がげっそりとした顔で愚痴ると、師匠はそう苦笑した。
「しかし、十七夜月さんがマロを取り合って織部さんとバチバチに戦うなんてねぇ」
ジャージ姿でストレッチをしながら、意外そうに師匠が呟く。
「彼女はどちらかというと、誰がマロの一番になろうと関係ないってタイプに見えたけど」
「取り合ってって……」
俺がもにょもにょとツッコむと、師匠は呆れた顔で。
「いや、そこは認めようよ。マロもさすがに気づいてるでしょ」
俺は沈黙した。
まぁ、織部がそういう感情を向けていることは、さすがに気づいていた。そしてアンナも実はそうらしいことも……。
「十七夜月さんは、これまで結婚対象となるレベルの相手がマロぐらいしかいなくて、恋愛対象というより自主的な政略結婚の相手って感じでマロを見てたと思ってたんだけど……何か心境の変化があったのかな?」
確かに、これまでのアンナからは恋愛感情のようなものはあまり感じず、師匠の言う通り「合格ラインのお見合い相手」とか「嫌いじゃない許嫁」を見るような感じだった。
これまでのアンナだったら、仮に俺が織部とくっついたとしても「じゃあ一夫多妻制ってことにして、正妻は私。実際は、小夜が一番で私が二番ってことにしましょうか」とケロッと言いそうなイメージすらあった。
だが、昨日の彼女を見ると、本気で、その……俺の一番を狙っているような感じがした。俺の勘違いでなければ、だが。
そこで、師匠は微妙そうな顔になり。
「ぶっちゃけた話、マロって誰が――」
「……!」
そう何かを言いかけ。
「——まぁ、いいや。他人の恋愛に首を突っ込むと碌なことがないし」
しかし、頭を振ると、そう言った。
ホッ……。あんまり深くツッコまれたくない話題だったので、内心で胸をなでおろす。
「それより、そろそろ迷宮消滅作業について話そうか」
「ああ」
その言葉を合図に、場の空気が真剣なものへと変わる。
「迷宮消滅作業にあたって気を付けるべきは、うっかりシークレット迷宮を消しちゃわないことだね。どれがシークレット迷宮かは、特定してあるんだよね?」
「もちろん。各迷宮の位置やランクなんかも調査済みだ」
俺は、師匠のカードギアにエリアAの迷宮マップのデータを送信しながら答えた。
シークレット迷宮のカーバンクルも、必ずしも全てが地上に出てくるわけではない。
迷宮内に籠るカーバンクルを狩るため、シークレット迷宮は初期に特定済みだった。
もちろん、他にシークレット迷宮がないかも調査済みで、その過程でエリアAの迷宮マップも作っていた。
「さすが。じゃあ、担当する迷宮を決めちゃおうか。もし適当にやって攻略する迷宮がダブったら非効率的だしね」
「了解」
そうして俺たちがエリアAの各ランクの迷宮が半々になるよう分けていると……。
『マスター、地上のBランクの駆除が終了しました』
昨日の夜から一足先に転移して、迷宮の消滅作業の邪魔となるBランクモンスターの処理に行ってくれていたイライザたちからの連絡が届いた。
『ご苦労様。カード化に同意するヤツはいたか?』
『いえ、残念ながらどれも断られてしまいました』
『そうか……』
カードたちには、止めを刺す前にカード化の交渉をするように言ってあったが、やはりというか何というか、不発に終わったようだった。
まぁ、駄目で元々だったし、仕方ない。
カードたちは、ランクが高くなるほどプライドも高くなり、Bランクともなると神のプライド無しでも「簡単に頭を下げるくらいならば死んだ方がマシ」くらいにはプライドも高くなる。
力づくで屈服させたとしても、マスターがその場にいない戦闘ならカード化はまず不可能、マスターがその場にいた場合でも、カード化の不自由を上回るメリットを提示できなければBランクのカード化はまず無理だろう。
『良し、じゃあそっちへのゲートを開いてくれ』
『イエス、マスター』
イライザとの念話を終え、顔を上げると師匠が問いかけてきた。
「なんだって?」
「地上のBランクモンスターの処理が終わったってさ」
「そっか。じゃあ、そろそろか」
師匠が最後にグッと伸びをして、ストレッチを終える。
「……一応、攻略中、カードギアで常に連絡を取り合っておこう。死神どもが潜んでないとも限らないからね」
「ああ」
迷宮内でも通信可能なカードギアの連絡が途絶えるということは、死神どものテリトリーに足を踏み入れてしまったことを意味する。
低ランクでの死神どもとの遭遇は、今の俺たちを持ってしても危険。
一人での討伐を無理に試さず、もう片方の援軍を待つべきだろう。
……今のところエリアAに死神どもの気配はないが、迷宮を介して他所からやってきている可能性もある。
用心するに越したことはないだろう。
そうしているうちに、数分が経ち、俺たちの前にゲートが現れた。
「よし、じゃあ、やるか」
「うん」
そうして、俺たちの迷宮の消滅作業が始まった。
まずは、少しでも立川との時間差を埋めるため、Fランク迷宮から消していく。
今の俺ならば、Fランク迷宮などそれこそ一分程度で走り抜けることができる。これは、師匠も変わりない。
迷宮の主が反応する暇もなく瞬殺し、一応ガッカリ箱を開けて、カードキーを使用。コアルームへ入り、カードキーを手に入れて、迷宮を消滅させる。ここまでで大体二分程度。
エリアAの迷宮のFランク迷宮は約50のため、俺のノルマである25個を消滅させた時点で所要時間は約一時間と言ったところか。
続いて、Eランク迷宮の消滅作業に移る。こちらは、さすがに一階層十数秒で踏破しても数分はかかる。ノルマである15個を踏破し、ここまでで作業開始から約三時間。
この時点で、師匠はまだEランク迷宮のノルマを終えていなかったため、一足先にDランクの踏破に移る。
Dランク迷宮ともなると各階層の広さも増えるため、今の俺たちをもってしても迷宮の踏破には三十分から一時間はかかる。
ノルマである十個のDランク迷宮を踏破した時、すでに迷宮消滅作業開始から約十時間が経とうとしていた。
アンナと織部に頼んであちらで一時間経つ事に送ってもらっているメッセージ履歴によれば、立川ではすでに約30時間が経っているようだった。
「ふぅ……こっちはラストのDランク迷宮を踏破した。そっちはどうだ?」
迷宮主を倒し、ガッカリ箱の中身を回収したところで、繋ぎっぱなしのカードギアから師匠へと呼びかける。
『早いね。こっちはまだ四つ目だよ』
「手伝おうか?」
俺の提案に師匠はしばし悩み、答えた。
『うーん……いや、いいよ。立川との時間差もほとんど無くなっただろうし、後は僕だけで。マロはもう帰っても良いよ。明日は、大事な交渉があるんでしょ?』
「了解。一応、カードギアは繋いでおくから」
『うん、今日はありがとう。助かったよ』
どうやら俺の仕事はここまでのようだ。
最後にカードキーを回収して帰るか、とコアルームへと入る。
この迷宮は地下迷宮型のため、主もランダム型で、手に入れるカードキーの種類もある程度だが選べる。
さて、選択肢の中に良い感じのカードがあれば良いのだが……。
「おっ! あったあった」
俺は、カードキーとして選べる種族の中にデュラハンのカードを見つけ、ガッツポーズを取った。
これで、ドレスをカードキーのデュラハンに戻すことができる。
カードキーになれば、後天真スキルも習得できるようになるはず。
実行するのはネヴァンのカードを確保してからになるので、まだ先になるが、これで真眷属強化などの真スキルも装備化で共有できるようになるだろう。
俺はデュラハンのカードキーを取り、迷宮を消滅させた。
「さて、と。それじゃあ、次は……」
俺は千歌ちゃんに、これから向かう旨の連絡を入れると、星母の会のシェルターへと転移した。
「おかえりなさい、北川さん」
星母の会の自室に転移すると、いつも通り千歌ちゃんが出迎えてくれた。
……いや、よく見ると軽く息を切らして、頬が軽く紅潮している。
チラリとベッドの方を見れば、シーツが人型にへこんでいる。
ベッドサイドには、積み上げられた少女漫画と飲みかけのコップが……。
どうやらお寛ぎ中のところ、お邪魔してしまったらしい。
まぁ、意外とのびのび過ごしているようで、なによりだ。
俺は、それらの痕跡を視なかったフリをすると、言った。
「急に来て、ごめんね。転移門が使いたいんだけど、大丈夫かな?」
「はい。まずは、すでに登録済みかどうかを調べますので、地名を教えていただけますでしょうか?」
タブレットを片手に、キャリアウーマンよろしくキリッとした表情で問いかけてくる千歌ちゃん。
……口元にポテチのカスがついているのは、指摘してあげた方が良いんだろうか?
「水道橋駅付近の東京ドーム、それと清土鬼子母神堂ってところと、港区青山――――」
俺が地名を告げると、千歌ちゃんはたどたどしい手つきでタブレットを操作し。
「東京ドームと清土鬼子母神堂は別エリアのようですね。この両エリアは接続済み、青山エリアは未接続のようです。また、東京ドームエリアは危険度Aとなっており、注意報が出されています」
「危険度Aか……」
この危険度というのは、その地域にある迷宮の最高ランクを現している。
つまり、水道橋エリアの方はAランク迷宮があるということだ。
「清土鬼子母神堂の方は、問題ない感じ?」
「はい、こちらは危険度Cとなっておりますので。といっても、調査後に新たな迷宮が発生している可能性は否めませんが……」
まぁ、それは仕方ない。
「わかった」
「では、ご案内します」
千歌ちゃんに案内され、門の神の元へと向かう。
もう何度も通っているので道もわかっているのだが、それでも彼女は毎回こうして案内してくれる。
俺も彼女の仕事を奪うつもりもないため、あえてそのままにしていた。
……下手すれば、配置換えとかもあり得るからな。
「着きました」
軽く雑談をしながら歩いていると、門の神のところへと着いた。
「うん、ありがとう」
そのまま部屋に入ろうとして、振り返る。
……やっぱり、言っておいた方が良いか。女の子だし。
「あの、口になんかついてるよ」
「あっ……!」
俺の指摘に、千歌ちゃんはカッと顔を赤らめると、乱暴に口元を拭う。
可愛そうなくらい恥ずかしがっている彼女に苦笑しつつ、俺は部屋へと入っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます