第11話 池袋攻略作戦②
……この二週間の成果は、こんなところか。
ともかく、これでCランク迷宮以下の迷宮は主と話をつけるか、すべて最下層の座標を登録するか出来た。
後は、Bランク迷宮を沈静化するだけだった。
幸い、主であろうグガランナは常に地上に出ている。
それを倒せば、わざわざBランク迷宮を攻略する必要もない。
エリア全体の沈静化には、アンナたちの協力も必要だろう。
今日のところは帰って、明日の決戦に備えて、身体を休めるとしよう。
そう考え、立川に帰還したところでメッセージが入っていることに気付いた。
見れば、それはアンナからの物だった。
気付いたら連絡が欲しいとのことだったので、すぐに折り返す。
『あ、先輩、今大丈夫ですか?』
「ああ、今立川に帰ってきたところだ。どうした?」
『ギルドからトレード用のリストが出来たとの連絡が着ました』
「おお、そうか」
こちらのトレードリストと交換できるレベルの品を用意するには、あちらも準備が必要なのか、結構時間がかかっていたが、ようやく用意が出来たらしい。
『交換の際、現物をこの目で見て決めたいという条件を付けたので、あちらのシェルター内で、ということになりましたが……問題ないですよね?』
「ああ、むしろ好都合だ」
キーアイテムかどうか判断するにはカードたちに直にその眼で確かめさせる必要がある。
そのため、条件をつけたのだが、これで自然な形でギルドのシェルターに入れる。
一度入ればこちらのものだ。絶対結界か疑似安全地帯でも張られない限り、ハーメルンの笛でいつでも侵入できるようになる。むしろ好都合だった。
「それで、いつになる?」
『どうも一応リスト載せたアンドロマリウスが効いたのか、先方もずいぶん乗り気で、出来るだけ早く、とのことでした。……一応、アンドロマリウスはこちらとしても有用なので、交換に出すかはわからないと前置きしておいたのですが』
「ふむ……できるだけ早ければ早いほど良いのはこちらも同じだ。今日か明日でも大丈夫と答えてくれ」
『了解ッス。そう伝えます』
通話を切り、とりあえず部室へと向かっていると、その道中にアンナから着信がきた。
「どうした?」
『あ、先輩。ギルドと話がつきました。我々が大丈夫なら、今日これから一時間後にでもどうかとのことでした。』
「はや……もしかして戦闘向きのカードが少ないのか? あるいはよほどトレードの弾に自信があるとか?」
『さぁ……後者なら嬉しいですが、まあ違うなら交換しないだけですしね』
「だな。今部室に向かってるところだけど、とりあえずギルドには了承しておいてくれ」
『了解ッス』
それから一時間後、俺とアンナは立川ギルドへやって来ていた。
ちなみに、織部は防衛のためお留守番だ。
「この度は、ご足労いただき誠にありがとうございます」
シェルターの前で、先日も会った矢口課長に出迎えられて中へと通される。
そのまま俺たちは応接室へ……ではなく、体育館ほどの広い空間へと通された。
ちょうど、八王子ギルドで、俺が保護した子供たちを移送したような場所だ。
客人を歓迎するような場所ではないようだが……?
「現物を見てトレードするか決めたいということでしたら、こういう開けた場所の方が良いかと思いまして。魔道具の中には、かなり大型の物もありますから」
それに俺たちが納得して頷いていると、矢口課長はカード化した椅子とテーブルを取り出した。
俺たちが席に着くと、あちらのシルキーがお茶を出してくれて、トレードの話し合いが始まった。
事前の予想通りというか、ギルド側からBランクカードの提示はなかった。
その代わり、魔道具の方はかなり豊富だったことも。ギルドの持っている魔道具がすべて載っているのでは? と思ったくらいだ。
これは、わざわざ俺たちが現物を見てから決めたいと言ったことから、キーアイテム狙いと見透かされてのことと思われた。
予想外だったのは、Cランク以下のカードもリストに載っていなかったこと。
ここまでカードの放出を渋ってくるとは……。これは、ギルドもカードがドロップしなくなったことを完全に把握していると考えて良いだろう。
ギルドがこのトレードにこうまで前のめりなのも、俺たちがまだカードがドロップしなくなったことを知らず、今後手に入らないだろうBランクカードを出してきたと思ったからか。
これなら、相当分捕っても大丈夫そうだ、と考えながら、キーアイテムの可能性がある魔道具を片っ端から見せてもらう。
まずは、Aランクのドロップアイテムから。
この中に蓮華や鈴鹿のキーアイテムが一つでもあれば……と期待していた俺たちであったが。
『ダメだな』『同じく~』
『……ハズレか』
蓮華、鈴鹿共に反応無し。
内心で嘆息する。まあ、そう上手くはいかないか。
だが、まだ希望は残っている。
モンスターからのドロップではなく、ガッカリ箱から出た詳細不明の魔道具類。こちらにキーアイテムが眠っている可能性があった。
ドロップアイテムならば落とした種族から魔道具の名称や効果も推測できるのだが、ガッカリ箱からしか出ていないアイテムは、名称も効果も良くわからないことが多い。
特に、消耗品は一度使ってしまえば終わりなので、効果はわかったが良いが二度と手に入らなかった、なんてこともあり得た。
そのため、それなりの数が手に入って実験できるようになるまでは死蔵されるケースも多く、それらのアイテムは、ギルドの一支部であってもそれなりの量となっていた。
時間はかかるが、それらを一つ一つ確認していく。
矢口課長も退屈そうにしつつも、Bランクカードがかかった取引ということもあって、特に何も言わない。
そうして確認していると……。
『……ッ! おい、歌麿ッ!』
『あったか!?』
蓮華が一つの魔道具に反応した。
それは、豪奢な装飾品とセットになった装束だった。中東の踊り子か、あるいは高級娼婦を連想させる露出度の高い胸当てや腰布に対し、金や色とりどりの宝石で彩られた耳飾りや、首輪に足環などの装飾品の数々。
それらは華美で煽情でありながら、しかしある種の気品と神聖さを感じさせる、不思議な雰囲気を纏っていた。
リストから、その装束の備考欄を確認する。
【装束セット:詳細不明の装束一式。すべて身に着けることで効果を発揮し、戦闘力にして1000相当。敵を威圧する効果有り】
「ぬぅ……戦闘力1000相当のアイテムか」
効果が高い。明らかに、Aランクのドロップアイテムクラスだ。効果不明だったら安く買い叩けたのだが……。
その後も詳細不明のアイテムをチェックしたが、結局ヒットしたのはこの一つだった。
ふむ、どうしたものか。さすがにこのクラスのアイテムとなると、バッカスでは到底足りないだろう。
カードがドロップしなくなっている現状を鑑みても、アンドロマリウスで少し足りないくらい、と言ったところか。
となるとバッカスとアンドロマリウスをセットにするしかないわけだが、さすがにそれはこちらが出し過ぎである。
何かちょうど良いアイテムで差額が埋められれば良いのだが……。
そう思いながらBランククラスのアイテムをチェックしたところ、マイラが一つのアイテムに反応を示した。キーアイテムだ。
それは、デルピュネーからのドロップアイテムだった。
良し、マイラのキーアイテムもセットがあるなら、まあ良いだろう。
「先輩、なにか『良い』のはありました?」
「ああ、コレとコレなんか『良い』んじゃないかと思ってな」
俺がそう言うと、アンナの眼が一瞬キラリと光った。
キーアイテムがあった場合は『良い』、キーアイテムではないが欲しいアイテムには『悪くない』と評する決まりとなっていた。
「ふぅむ……確かに効果が高いですね。……うーん、アンドロマリウスとトントンくらいッスかね?」
俺の見立てでは、蓮華のキーアイテムだけでもアンドロマリウスでは足りない感じだったが、アンナはマイラのキーアイテムも合わせてトントンくらいと平然と言った。
「ちょっと拝見……うぅん、さすがにこの二つと、アンドロマリウス一枚では……」
俺たちの会話を聞いて、リストを覗き込んだ矢口課長が渋い表情で唸る。
「そうッスか? このご時世を考えれば妥当だと思いますけど。高ランクカードはいくらあっても足りないくらいですし」
「このご時世を考えれば、というのはこちらにも当てはまるかと。このアイテムは、戦闘力1000相当の効果がありますからね。バッカスとセットで、というのはどうでしょう?」
「それはさすがにぼり過ぎでは? それならこちらもセットでつけてもらないと――――」
それからアンナが、矢口課長と何度かやり取りした結果、マイラと蓮華のキーアイテムに加えてヴィーヴィルダイヤを7個(在庫全部)とカーバンクルガーネット約200個(在庫全部)、遭難のカード約300枚(在庫全部)を交換することとなった。
そのやり取りは、俺が八王子ギルドで重野さんと行った取引よりもずっと洗練されており、またエゲツないものであったが、恐ろしいのはそれでも矢口課長がどこか「してやったぜ」という顔をしていたことだろう。
もちろんアンナはしてやられてなどいない。自分の利益は最大化しつつ、相手には大幅に譲歩したように見せかけただけだ。
その最たるものがガーネットと遭難のカードで、あちらからするとこのご時世になんで欲しがるかわからないものを押し付ける代わりに、ヴィーヴィルダイヤ以上の差額を払わずに済んだ、という形になるわけだ。
もちろん、相手に不自然さを与えないために、アンナは「遭難のカードは学校の迷宮の沈静化のため」「ガーネットは褒章とか高額通貨の代わりに使おうかと」と、言い訳をしていた。
カーバンクルガーネットは、ウチの学校から周回するたびに手に入り、その一方で決して供給過剰にならないちょうど良い希少品である。
それを褒章や高額通貨代わりとする、というアンナの言い訳には一定の説得力があった。
これは、この立川に他にシークレットダンジョンが無かったことも大きいだろう。
……なにより、今後立川ギルドが他の地域へ調査隊を出した際、ガーネットを手に入れたらそれを何食わぬ顔でウチで高額通貨として使ってこようとする可能性がある。
そうなれば、ウチは何もせずともガーネットが流れ込んでくるというわけだ。
それに褒章や通貨代わりにする、というのも全くの嘘と言うわけではない。
俺が幸運のエネルギーを使い砕け散ったガーネットの欠片は、粉末状にしてからインクにして、今後作られる新しいチケットに使うつもりだ。
このチケットは、カードとの交換も可能な、大きな功績を上げた部員への報酬となる予定である。
この場での利益を最大化しつつ、今後の布石も打ち、かつ決して嘘は吐かない。
交渉とはかくあるべし、という良い見本だった。
「……これでようやく二つ目ッスね」
ギルドからの帰り道、イライザの魔法の馬車の中でアンナが不意に言った。
脈絡のない言葉に、一瞬「なんのことだ?」と首を傾げ、すぐに頷く。
二つ目。蓮華のキーアイテムについてだ。
池袋のギルドからは、蓮華のキーアイテムが一つ、マイラのキーアイテムが二つ見つかっていた。
もちろん、どちらも今回トレードしたものとは別である。
「これで蓮華さんも霊格再帰できるんじゃないッスか?」
「どうだろうな……これで揃ったら嬉しい反面、まだ揃わないで欲しい気持ちもある」
俺の言葉に、アンナが意外そうな顔をする。
「それは、どうして?」
「Aランクの霊格再帰は、強ければ強いほどキーアイテムが多くなりそうだからな」
茨木童子のキーアイテムは、茨木童子の腕と、髭切の二つ。蓮華のキーアイテムが二つだけだったら、その強さはAランクでも下位ということもあり得る。
星母の会を仮想敵と考えたら、茨木童子に毛が生えた程度では到底太刀打ちできないだろう。
……まあ、キーアイテムが二つと言っても髭切はCかBランククラスのアイテムだ。
霊格再帰後の強さがキーアイテムの数だけでなく質も関係してくるならキーアイテム二つでも十分強いということも考えられるが……キーアイテムはもう少し多い方が期待は出来た。
「なるほど、確かにその可能性もありますか」
俺の言葉に、アンナも納得したように頷く。
「ところで、話は少し変わりますが、これで二つ目のキーアイテムが手に入ったわけですが、霊格再帰先の特定はできそうッスか?」
「うーん、微妙」
池袋で手に入った蓮華のキーアイテムは、瓶に入った液体で、ガッカリ箱から出た物らしく効果も名称も不明のアイテムだった。
アムリタの時のように蓮華なら正体がわかるかもと思ったが、わかるのは『蘇生の効果があるかも?』くらいで、今はアテナに黄龍のドロップアイテムと並行して、死者蘇生の逸話がある水について検索を掛けてもらっている最中である。
今回のキーアイテムも、名称不明だったし、特定にまでは至らない感じだった。
……一応、これでは? という候補はある。
例えば同じ二相女神で、権能的にも似通ったところの多いイシュタルやエレシュキガルがそれにあたるのだが……。
「どうにもしっくりこないんだよな……」
福の神である座敷童から始まり、幸運の女神である吉祥天への霊格再帰など、これまでの蓮華を見るに、彼女が幸運の女神の系統であることは疑いようがない。
だが、イシュタルは豊穣の女神ではあるが、幸運を司る女神ではないのだ。
これまで俺の人生に要所要所で干渉してきたように、『蓮華の中の存在』が運命操作の力を持つことは間違いない。
そして運命操作は、幸運の権能に属する能力のはず……。
イシュタルはかなり幅広い権能を持ち、また起源も古い神であるため、幸運の権能を有していてもおかしくはないが……。
「……まあ、いずれわかることか」
『蓮華の中の存在』の目的が何なのかはわからないが、少なくとも自分の力を取り戻そうとしているのは疑いようがない。
池袋で一つ、今日の立川ギルドとのトレードで一つ手に入れたように、俺がキーアイテムを手に入れられるように干渉しているに違いない。
ならば、蓮華の霊格再帰先も、そう遠くないうちにわかるはずだった。
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