第10話 ワールドネイティブ
翌日、俺はフェンサリルの自室のベッドの上で、死んでいた。
ユージンさんとレイナの結婚、そしてその間に生まれた可愛い娘の存在を知り、男として人間としての敗北感に完全にノックアウトされてしまったのだ。
あれから、ギルドの人たちが帰ってからアンナと織部が島の状況について、あーだこーだと話すのもろくに頭に入らぬまま、フェンサリルに帰るなり、ずっとこうして臥せっていた。
「ハァぁぁぁぁぁ~……」
無意識に、クソデカため息が漏れる。
俺とユージンさん、一体どこで差がついてしまったのか……。
片や美人でスタイルも抜群の妻がいて、奥さん似の可愛い娘がいるユージンさんと。
片や周りに美少女が多くいながらも未だ彼女の一人も出来ず、童貞のままの俺。
元々はリア充を目指して冒険者になったというのに、どうしてこうなった……。
おかしい。なにかが、絶対におかしい。なぜこんなにも頑張っていて、たくさんの人を救い、今の世界で誰もが欲しがる物を多く持つ俺に彼女の一人も出来んのだ。おかしいにもほどがある。
「いや……違う、か」
別におかしくはない。別に相手を選びさえしなければ、それこそ彼女なんて今日中に作れるだろう。
嫌味でもなんでもなく、この状況下で俺の恋人になりたがる人間など山ほどいる。
俺に彼女がいないのは、単に作ろうとしていないから。
それは彼女が欲しくないとかではなく、そんなことをしている場合じゃなかったからだ。
そして、それは今も変わらない。
「はぁ~……まずは、やるべきことを全部終わらして、すべてはそっからだな」
ため息を一つ吐き、ムクリと体を起こす。
すると、我関せずとずっと漫画を読んでいた蓮華が俺を見て笑った。
「お、やっと復活したか」
「お前……ちょっとくらいは慰めてくれても良いんだぞ?」
俺が半目で見ると、蓮華は心底呆れたような表情で答えた。
「いや、理由が下らな過ぎてそんな気にもならなかったわ」
……おっしゃる通りで。
「で? どうすんだ? 一度で良いから島に来てくれって言われたんだろ?」
「あ~……」
俺は少し考えて答えた。
「やっぱ、親父と合流してからだな。まずはそれが最優先だ」
島に行くこと自体は構わないし、ヘファイストスとの代わりに新しいカードを交換することも構わない。
金色のガッカリ箱から出たという魔道具の数々はそれなりに有用な物が多かったし、中には「おっ、これは!」という物もあった。それに何より、あちらは気付いていないようだが、大量のガーネットは俺が喉から手が出るほど欲しい物だ。
……が、だ。もし万が一、再び転移ができなくなったら、という可能性を考えると、島に行くのはできれば親父と合流してからにしたいと考えていた。
親父がいれば、俺が万が一再び遭難したとしても、お袋や愛に安心感を与えられる。
防衛に関してはアンナや織部もいるし、俺が不在の間は、俺が使わないBランクカード……スクナビコナやメルクリウスなどをお袋たちに預けていくつもりだが、それは安心感には繋がらないだろう。
逆に親父がいれば、たとえ戦力的にはいてもいなくても変わらない存在だったとしても、家族に安心感を与えてくれる。
それが、父親という存在だった。
もちろん、有事が起こればすべてを投げ出して駆け付けるつもりではあるが、まずは親父と合流する。それが最優先事項であることは間違いなかった。
「つーわけで、いよいよ池袋エリアの攻略を開始する」
俺がそう言うと、傍に控えていたオードリーが何を言わずとも収納スキルからルーズリーフの束を取り出して差し出してくれた。
それは、池袋の帰り際に行った池袋エリアの調査結果だった。
地図には、元々あった迷宮と、『迷宮レーダー』で感知した新しく発生した迷宮がそれぞれ赤丸と青丸で分けて記されている。
この迷宮レーダーは、八王子ギルドとの取引で得たいくつかの魔道具の一つで、その名の通り、周辺の迷宮を感知してくれる人工魔道具である。
数ある人工魔道具の中でもかなり初期に発明された作品であり、人類がこれまで「新しく発生した迷宮を発見できずにアンゴルモアが起こってしまう」という愚を犯さずに済んだのは、この魔道具のおかげと言われていた。
……逆に言えば、この魔道具さえ誤魔化せるのならば迷宮を隠し持つことも可能なわけで。
「いや、止めよう……」
今はそんなことを考えても仕方がない。
頭を振って思考を切り替えると、改めて地図を見る。
新しく現れた迷宮を指す青丸は、赤丸の何倍も多い。これだけの迷宮を攻略しなければならないのかと思うと気が遠くなるが、実際には今の俺たちにはDランク以下の迷宮は無いも同然なので、重要なのはCランク以上の迷宮の数がいくつあるのか、となる。
現在、池袋エリアにあるCランク以上の迷宮の数は、Bランクが一つに、Cランクが四つ。この五つを沈静化できるかが、池袋エリアを沈静化できるかの鍵となる。
その最大の障害となるのが……。
「グガランナ……ワールドネイティブか」
家ほどの大きさもある、翼を背負った神々しい雄牛の姿を思い出しながら、俺は呟いた。
グガランナ。自分の求婚を断ったギルガメッシュを罰するために、イシュタルがパパにおねだりして地上に遣わした破壊と飢饉を齎す神獣である。
他国でBランクとして出ていないため断言することはできないが、翼の生えた神々しい雄牛となれば、メソポタミア神話における天の牡牛(グガランナ)ぐらいしか思い浮かばなかった。
だとすれば、結構マズいかもしれない。
メソポタミア神話は、ワールドネイティブとも呼ばれ、数ある神話の中でも迷宮から特別扱いされている神話だからだ。
ワールドネイティブと呼ばれる所以は、世界中どの国の迷宮で出現してもネイティブ並みの力を持つためである。
自国ではAランクでも他国ではBランク、Cランクとなるカードが多い中、世界中どこでもネイティブ扱いされるメソポタミア神話。
なぜメソポタミア神話が迷宮から特別扱いされているかは、世界中の学者が研究しているが、理由は定かではない。
メソポタミア神話に強い影響を与えたとされるシュメール神話が世界で最古の神話だからとか。ユダヤ教やキリスト教、ギリシャ神話など世界中の神話や宗教に影響を与えているからだとか。
色々な説があるが、真相は誰にもわからない。
わかっているのは、メソポタミア神話の神々は知名度によるマイナスを受けず、ネイティブと同じ力を持っているということだけである。
黄龍が日本ではいくらか力を落として出現したように、同じAランクであってもネイティブとそれ以外では大きな差がある。
その上、グガランナはメソポタミア神話においても決して端役ではない。
神話上においても、『ギルガメッシュ叙事詩』における強敵として登場し、その扱いは決して軽くない。
冥界の女王エレシュキガルの最初の夫や、ティアマトによって神々を滅ぼすために創造された獣の一つと同一視されることもあり、それらの逸話が能力に反映されているのであれば、間違いなく強敵だろう。
「まぁ、どちらにせよ、倒すしかないんだが……」
問題は、先に倒すか、後に倒すか。
この場合の先か後かとは、最初に地上のモンスターを一度掃討するか、一通りの迷宮を踏破寸前まで攻略してから地上のモンスターの掃討を行うか、という意味だ。
最初に地上のモンスターの掃討を行った場合でも、その後一通りの迷宮を踏破寸前まで攻略して、もう一度地上のモンスターの掃討を行わなければならないのには変わりない。
つまり二度手間となるわけだが、そのメリットは何かというと、一度地上のモンスターの掃討を行うことによって、どの迷宮の主が他所のエリアに行ってしまっているのかがわかるということだ。
地上のモンスターの掃討を行えば、その中に主がいた迷宮は沈静化される。その上で尚もモンスターを吐き出す迷宮があれば、それは主が迷宮内に籠っているか、他所のエリアに出た迷宮ということである。
ならば、あとはそれらの迷宮さえ攻略してしまえば、再び地上に出てきた迷宮の主を倒すだけで、エリア全体の迷宮の沈静化はなる。
つまり、迷宮の攻略の労力が格段に減るというわけだ。
デメリット……というかリスクとしては、グガランナを倒すことによってさらに強いAランクがリポップする可能性があることだが……。
「うーん、いや、やっぱ無意味か」
俺はしばし考えた上で、却下した。
迷宮の主が、全部地上に出てくるなら、この作戦も有りだったが、フェイズが進行したことによりモンスターの行動原理も変化した。
島に派遣した分身の記憶によれば、迷宮の主は迷宮内にいる限り、迷宮に対する若干の管理権限と、迷宮内のモンスターに対する弱い命令権があるらしく、それもあってか迷宮内の方が色々と快適なのか、迷宮主たちはほとんど地上に出てこないらしい。
恐らくはフェイズの進行と共に解除された枷の一つなのだろうが、それが池袋エリアも同様であるなら、迷宮主たちは迷宮内に籠っている者も多いはず。
であれば、地上の掃討を行ったところで、新しい迷宮主が地上に現れるとは限らず、地上の掃討を二度も行うのは、まさしく二度手間となるわけだ。
やはり、一つ一つの迷宮を踏破寸前まで攻略していくしかないだろう。
「……まあ、最大の難所であるBランク迷宮の主が地上に出ていることだけが救いか」
とはいえ、良いニュースがないわけではない。
それは、地上部分で結構な数のカーバンクルが発見できたことだ。
これは、新しく現れた迷宮の中にシークレットダンジョンがあることを意味していた。
シークレットダンジョンが一つでもあるのなら、池袋エリアの沈静化作業にある程度の日数がかかったとしても、見返りはある。
「さて、それじゃあ、頑張りますかね」
俺はパンと頬を叩いて気合を入れると、さっそく池袋エリアの沈静化を行うべく、ハーメルンの笛で転移したのだった。
【Tips】メソポタミア神話
メソポタミア地域において、4000年以上に渡って信仰され続けた神話体系。
世界最古の神話とも呼ばれ、その逸話は世界各地の神話に影響を与えたとされる。
アンゴルモアを旧約聖書の『ノアの箱舟』に例える者もいるが、これもメソポタミア神話の『大洪水』の逸話がベースと考えられている。
神話が『物語の原形』であるならば、ある意味では『すべての物語の原形となった神話』とも言えるかもしれない。
メソポタミア神話の神々もまた世界各地で名を変え信仰され、その中でもイシュタルなどは、フェニキアにおいてはアスタルト、シリアではアナト、エジプトではイシスやハトホル、インドではラクシュミー、ペルシャではアナーヒター、北欧ではフリッグやフレイヤ、そしてキリスト教においてはバビロンの大淫婦であり、聖母マリアと、各神話の女神たちと習合、同一視されることとなった。
またイシュタルを起源とする女神たちも、アスタルトは後にギリシャでアフロディーテとなり、アナトはアテナ、イシスはデメテル、アナーヒターはアルテミスと同一視された。
まさに、女神の源流と言えるだろう。
世界の神話に強い影響を与えたというその特殊性からか、メソポタミア神話由来のカードやモンスターたちは、どの国でも同一かつネイティブ並の力を持ち、ワールドネイティブとも呼ばれている。
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