第3話 情報共有



「……ちょっと、休憩にしましょうか」


 師匠が出て行き、なんとなく話を続ける雰囲気じゃなくなったところで、アンナが気分を変えるように言った。


「ここか、あるいは誰かのマヨヒガでお茶でもしますか?」

「ああ、そういうことならウチのオードリーがフリッグにランクアップしたから、そっちにしよう」

『フリッグ!』


 俺の言葉に、アンナと織部がハモった。


「あの世界一豪華な異空間カードと有名な!」

「いつの間に! 聞いてないんスけど!」


 ……そういえば、オードリーのランクアップに関しては色々とバタバタしていたこともあって、アンナにも報告し忘れていたか。


「時間差が発生する前に、偶然見つけてな」

「へぇ……! やっぱ凄いんスか?」

「それは見てのお楽しみ」


 俺はそう答えながら、透明化して背後に侍るオードリーへと呼びかけた。


「オードリー」

「かしこまりました。しかし、今フェンサリルを展開しますとヘスペリデスおよび校舎周辺の異空間型カードと繋がってしまいますが、よろしいのでしょうか?」

「ああ……」


 透明化を解き姿を現して、そう言ってくるオードリーに「そう言えば、そうか」と頷く。


「どうするかな」

「では、一度外に……いえ、ヘスペリデスの端の方へ行くとしましょうか。それなら避難民たちの異空間型カードとは繋がらないでしょうし」

「そうだな」


 アンナの言葉に頷き、俺たちはヘスペリデスの端の方まで移動した。

 それからオードリーが異空間を展開すると、周囲の光景が一瞬で塗り替えられ、俺たちは気付けばフェンサリルの宮殿の正面に立っていた。

 

「これが世界一豪華と呼ばれる異空間型カードッスか。これ、どれくらいの広さがあるんスか?」


 アンナが、神秘的な蒼い鉱石で造られた宮殿を見上げながら問いかけてくる。

 細かい仕様については、当人に聞いた方が早い。

 俺が斜め後ろに控えていたオードリーへと振り返ると、眼で促した。


「敷地面積はおよそ1500ヘクタール。……皆様には、東京ドーム320個分と表現した方がわかりやすいでしょうか? 宮殿部分は、東京ドーム十個分。デフォルトの部屋数はおよそ5000室となります」


 スラスラと答えるオードリーに、アンナが、少し意外そうに小首を傾げる。


「ふむ、広さのわりに部屋数は少ないんスね。外観からみた感じ最低でも万を超える部屋数があるかと思ってました」

「一部屋一部屋が糞広いんだよ。一人用の部屋でも高級ホテルのロイヤルスイート並。そもそもが人じゃなくて女神用の宮殿だからな、基本的に量より質っていうか、とにかくすべてが豪華なんだよな」


 フェンサリルは、フリッグと彼女に仕える女神侍女たちの宮殿だ。客も神々なら、使用人も女神。ゆえに、使用人用の部屋一つとってもそれに相応しい格が求められ、その調度品含めて貧相なモノは存在しなかった。


「スペース的には、十倍は普通に寝泊まりできるんじゃないか? まぁそんなに詰め込んでも飯が無いけどな」

「一日に生み出せる食料はどれくらいなんスか?」

「デフォルトなら一日五千人分。つってもフルコースだからな、ビュッフェ形式ならもうちょっとイケるかもしれん」


 試しにフルコース一人分でどれだけ出てくるか見せてもらったが、食べ盛りの男子高校生であっても食いきれないほどであった。

 各々が必要分だけ食べるビュッフェ形式なら、より効率良くリソースを消費できるはずだ。


「ふむふむ。庭園部分のリソースをつぎ込んだらどれくらい増やせそうですか? あれだけ広いんだから相当なリソースを消費しているのでは?」

「どうやら庭園部分のリソースは大したことないみたいだな。馬鹿広いが、宮殿部分で1。庭園部分で1くらいの比率のようだ。特にギミックもないようだし、あくまで本丸は宮殿部分ってことなんだろう。だから、庭園部分をすべて注ぎ込んでもせいぜい二倍程度だな。そっからさらに宮殿部分のリソースを食料に割り振れば……って感じか」

「大体一日一万から二万人分って感じっスか。もうこれで全員分賄えちゃいそうッスね」

「フェンサリルを一般公開する気なのか?」


 俺が「それはちょっと困るな」と思いながら言うと、アンナは赤毛の尻尾を揺らして首を振った。


「いえ。場合によっては一時避難させることはあるかもッスけど、ここで生活とかはさせない方が良いでしょう」


 面倒くさいことになりそうなんで、と言うアンナに俺と織部も頷く。

 一度でも招き入れたら最後、絶対に居座ろうとする人がいるだろうし、ここの生活レベルを覚えたら一流旅館並のマヨヒガレベルでも不平不満を言いそうだ。

 お互いのためにもここで避難民を養うのはやめておいた方が良いだろう。

 俺も基本的にフェンサリルは、かくれんぼスキルで隠して使用すべきだろう。無駄に妬みを買うこともあるまい。

 ……今更の話という気もするが、強いカードを持っていることへの妬みと、生活レベルに対する妬みはまた別物だからな。


「というか」


 そこで俺は周囲を見渡しながら、皆に言った。


「そろそろ中へ入ろう」


 何も豪華な宮殿を前に、外で話す必要もあるまい。

 宮殿の扉がひとりでに開くと、俺たちは吸い込まれるようにその中へと入って行った。


「ほぅ……これは、見事な……」


 細部に至るにまで精緻な装飾が施されたフェンサリルの玄関ホールを見渡しながら、織部が思わずと言った風に呟く。

 改めて落ち着いて見るフェンサリルの内装は、それだけで芸術として成立するほど見事だった。

 ……だが、これはさすがに豪華すぎて普段住まいとするには、俺にはちょっと落ち着かないかも。


「ご主人様、お嬢さま方、こちらへ」


 フェンサリルを見渡しながら、そんなようなことを考えていると、オードリーがそう言いつつパチンと指を鳴らした。

 ゴゴゴゴと音を立てて玄関ホールが縮小していき、俺たちの目の前に正面の扉が迫り来る。

 オードリーがその扉を開けると、そこには落ち着いた雰囲気の和室が用意されていた。


「これは……マヨヒガから引き継いでくれたのか?」

「はい。ご主人様の好みから言って、こちらの方が落ち着くかと思いまして。お望みであれば、和食も提供できます」

「さすがだ」


 俺は満足して頷いた。

 イライザの師匠なだけはある。やることに卒がない。


「さて、では一休みしたことですし、先輩の話で重要だった点を整理してみましょうか」


 それからしばしお茶やお菓子などを楽しんだところで、アンナが言った。

 そこで、周囲を見渡し。


「……っと、何か書く物はありませんか」

「あー、オードリー?」

「はい」


 俺の呼びかけに、オードリーが収納スキルからホワイトボードを取り出した。

 旅の間、俺が考えをまとめるために使っていたものだ。


「ありがとうございます、オードリーさん」


 アンナはにこやかに礼を言うと、ホワイトボードの前に立ち、サラサラとペンを走らせた。


「さて、先輩の話の重要な点を整理すると……」


・新たなフェイズの仕様について

・アテナのアイギス解放

・先輩が新しく手に入れたカードや魔道具等について

・星母の会について

・イライザさんの【ハーメルンの笛】スキルについて

・蓮華さんの真アムリタや限界突破などの特殊なスキルについて


「こんなもんですか。上から我々にとって重要度が高い順となります」


 ふむ……星母の会についての位置は、一先ずおいておくとして。

 フェイズの仕様が最重要で、二番目がアイギス、それから俺が新しく手に入れたカードや魔道具と続き……最後が真アムリタについてか。イライザのイレギュラーエンカウント化についても下から二番目と低い。


「その理由は?」


 俺が問いかけると、アンナはペンに蓋をしながら答えた。


「まず、これは先輩にとってではなく、我々……ひいては学校全体について重要な順となります。」


 頷く。要は、皆の安全等に最も絡むであろう事柄順というわけだ。


「状況を簡単に纏めます。

 空間の隔離により、我々は他地域に行くためには、迷宮のように階段を進んでいかなくてはならないようになりました。

 迷宮と違うのは、階段は原則(・・)一方通行で下り方面にしか進めないこと。

 どの地域に繋がっているかはランダムで行ってみるまでわからないこと。

 それぞれの地域は、迷宮の階層ほど完全に空間が隔離されているわけではなく、カードだけ別地域に行っても迷子状態にはならないこと。

 階段の先には門とそれを守る門番がおり、門番の領域にいるモンスターは、通常のモンスターのように無条件に襲い掛かってくることもない代わりに、カードとしてドロップもしないこと。

 門番は、迷宮の主のようにステータスが強化されている上、真スキル化を得ていること……」

「そして、つい先ほど――先輩にとっては昨日――おそらくはフェイズ5に進行し、ここに時間差が加わった、と」

「あと全モンスターの『試練とご褒美の枷』からの解放も、だ」


 織部の呟きに補足するように、俺は言った。


「聖女は言った。自分たちの目的は、すべてのモンスターに領域のモンスターと同じだけの自由を与えることであり、そして今回のフェイズにて、それは成った、と。

 この言葉が正しいのであれば、今後すべてのモンスターが、領域のモンスターのように倒すだけではカードとしてドロップしないことになる。代わりに無条件に人間を襲うこともなくなるようだが……」


 そう言いながらアンナを見ると、彼女はコクリと頷いた。


「空間の隔離、門番と真スキル、時間差……どれも影響は甚大ですが、その中でも影響が大きいのが、今後のカードのドロップについてです。

 カードは、防衛から食料生産まで、今後の生活すべてに直結します。それが、今後ドロップしなくなるとなれば、我々どころか人類全体の生存に関わってきます」


 俺たちが真剣な表情で頷くのを見て、アンナが続ける。


「一応カード化の魔道具があれば、交渉次第でカード化も可能とのことですが、それもまた新たな危険を孕んでいます」


 そう言って俺に視線を向けてくるアンナに、俺は頷き返す。


「何も知らずにカード化すると、枷が外れたままカードになることだな?」


 プリマをカード化した時のことを思い出しつつ、俺は言った。

 幸い、彼女の時はあちらから申告してくれたため知ることが出来たが、すべてのモンスターが親切に教えてくれるわけではないだろう。

 というか、普通は絶対に言わないはず。プリマのケースが例外と考えるべきだ。


「ええ。枷の無いカードなど、呪いのカードのようなものです。このルールを知らない人たちが、特に契約で条件などを定めないままにカード化し、それが流通したら……」

「地雷がバラまかれるも同然、か」


 これからは、オセの事件のようなことが普通に起こりうるというわけだ。

 ただでさえカードがドロップしなくなってカードの供給が限られるようになるというのに、他人から貰うカードが安全かどうかもわからなくなるとは……。

 信じられるのは、自分がアンゴルモア前から持っていたカードだけ……いや、呪いのカードがアンゴルモア以前よりあったことを考えれば、それすらも確実に大丈夫とは言えまい。

 モンスターだけではなく自分のカードすら疑わねばならず、しかしカード無しでは生きて行くことはできない。

 これからの世界はより混沌としていくことだろう……。


「……カードのドロップや、枷の無いカードのことも問題ですが、残る空間の隔離や時間差も十分に問題です」

「時間差、か」


 織部がそう呟き、俺へと問いかけてくる。


「その時間差とやらはどのくらいなのだ? ……先輩とろくに通信が取れなくなったということから相当なものなのはわかるが」

「正確なところはわからんが、立川や池袋と連絡の取れた土地から小良ヶ島に帰ってきた際、僅か数分の滞在で数日経っていたことから3000から4000倍近い時差があるのは間違いない。立川と池袋との通信で特にタイムラグがなかったことから、立川と小良ヶ島でも同じだけの時間差があるはずだ」

「3000……」


 織部は一瞬絶句し。


「およそ一秒で一時間というわけか。立川と池袋でタイムラグがなかったということは、都心部で時間差はほとんどないというわけか?」


 しかし、すぐにいつもの様子で考察を始めた。

 その冷静さに感心しつつ、俺は答えた。


「聖女によれば、この時間差は迷宮の数や深さによって違い、迷宮の多い地域ほど遅く、迷宮の少ない地域ほど早くなるらしい。最終的には迷宮の少ない地域にも迷宮が増えて時間差はほとんど無くなるらしいが……」

「なるほどな……」


 織部はそう呟くと黙って考え込んでしまった。

 そこで、アンナが言う。


「しかし、3000から4000倍……一日で十年近くですか。明日には、都心部以外の人々は全滅していてもおかしくないですね」

「それはどうだろうな」


 遠い目をしながらのアンナの言葉に、俺は首を振った。


「というと?」

「時間が早く進むということは、迷宮の数も少なく、深い迷宮もないということ。いきなり高ランクの迷宮が発生でもしなければ、低ランクの迷宮に潜りつつ力をつけ、アンゴルモア後の世界に順応する可能性はある」


 レイナのように、迷宮の多い都心部を嫌い、地方に移住したプロも多い。その土地にプロ冒険者がいたら、さらに生存率は上がるだろう。


「なるほど……。有力な冒険者や企業のある土地なら、生き残り、新たなフェイズの仕様に順応して力を蓄える可能性もある、か」


 アンナも思案気な表情になる。

 フェイズの進行によりカードが無条件でドロップすることはなくなったが、見方を変えれば交渉にさえ成功すれば、高ランクのカードであっても確実にドロップするようになったということ。

 俺がこちらで一日過ごしている間に、地方ではとんでもないワープ進化が起きている可能性もある。

 都心部と地方で時間差が無くなった時、地方がどうなっているかは完全に未知数だった。


「……ところで、カードのドロップは無くなったが、宝籤のカードの方は?」


 重い空気を嫌うように、織部が話題を変えた。


「そうだな、試して見よう」


 宝籤のカードを取りだして、試しに一枚使ってみる。

 すると、宝籤のカードは問題なく一枚のゴブリンのカードへと変わった。


「どうやら宝籤のカードは、問題なく使えるみたいだな」

「となると、これからは、宝籤のカードの価値が上がりそうだな。確実に安全なカードが手に入るのだから」

「先輩の話によれば、領域のモンスターは、レアドロップを確定で落とすとか。全モンスターが領域のモンスター化するということは、ドロップアイテムについても同様

のことになっているかも?」


 確かに。そういうことになる、のか?

 ということは、今後はカード化の魔道具や宝籤のカードもより手に入りやすくなるってわけか。

 ……そう考えると、試練とご褒美の枷からの解放とやらも悪いことばかりじゃない、か。


「それと、枷の無いカードをランクアップに使ったらどうなるんだ? 蘇生用には使えるのか?」

「確かに。仮に使えたとしても、今まで使っていたカードの枷が外れたりしたらマズいですよね……」

「枷の無いカードをランクアップ等に使ったら、今まで使っていたカードの枷が外れる可能性も考えられる。そのカードに聞いたらわからないか?」

「聞いてみよう」


 俺は頷くと、プリマを呼び出した。

 すると現れた彼女を見て、


『でぇッッッッ…………かぁ』


 アンナと織部が、口を揃えて言った。


「いやいやいや、デカすぎません? セイレーンってこういう種族でしたっけ?」

「いや、これはナキンネイトからのランクアップだから……」

「ナキンネイト……あぁ、先輩の好きそうな種族っスね。そうッスか、わざわざナキンネイトをセイレーンに……」


 アンナが遠い目をして言う。

 俺は何か言い訳をしようと口を開いたが、何も言えずに鯉のように口をパクパクさせるだけに終わった。

 いや、全くもっておっしゃる通りです、ハイ……。


「自分も結構大きい方だと思ってたんスけど、これを見るとさすがに自信を無くしますね」


 アンナが自分の胸を見下ろして軽くため息を吐く。

 ……出会った頃は、DかEカップくらいだったその胸は、高校に入って再会したころにはワンランクサイズアップして、現在はさらにワンランクアップして推定FかGカップくらいと、順調に成長を続けていた。

 アンナママのことを考えれば、伸びしろはまだまだあるだろう。年齢を考えれば、十分すぎるほどだ。

 そんなアンナを虚無的な表情で見ている織部に関しては……まあノーコメントとする。


「チッ……先輩の性癖に関しては、いまさらだろう。それで? 枷の無いカードをランクアップや蘇生に使ったらどうなる?」


 織部の小さな舌打ちに若干ビビリつつ、俺はプリマへと問いかける。


「どうなんだ、プリマ?」

「うーん、そうですね。枷の外れたカードをランクアップや蘇生に使うことで枷が外れることはないでしょう。基本的に、カードのプロテクトの方が優位ですので。ただ……」

「ただ? なんだ?」

「ランクアップは我々にとってもメリットがあるので断る者は少ないでしょうが、蘇生に関しては特にメリットもないので、交渉の条件として蘇生に使わないことを含めてくる者は多いでしょうね」

「うん? そうなのか?」


 俺は意外に思って問い返した。

 というか、ランクアップにメリットがあるとか、蘇生に使われるのにはメリットがないなどの話は、色々と初耳だった。


「ええ。ランクアップに使われた場合、そのカードは次にこの世に現れる際、ランクアップするカードが持つスキルを得ることがあるのです。もちろん、要らないスキルは取捨選択した上で、です」

『へぇぇ~!』


 初耳の情報に、俺たちは口を揃えて感嘆の声を上げた。

 これは、これまでのカードたちからは得られなかった情報だった。


「逆に蘇生に使われた場合、特にデメリットもありませんが、メリットもありません。単に、再び現世に現れるまでのタイムロスが発生するだけです。なので、現世を楽しんでいる場合、蘇生用に使われることを拒否することでしょう」

「なるほどなぁ」


 プリマの説明に、俺たちは興味深く頷いた。


「ついでだ、モンスターはなぜ魔石を欲しがるのだ? それも次にこの世に現れる際に関係あるのか?」

「……………………」


 織部が問いかけるが、プリマは、なぜか俺を見たまま答えなかった。


「プリマ?」


 と俺が怪訝に思って声をかけると。


「はい。カードやモンスターが現世で獲得した経験値や魔石などは純粋なエネルギーへと変換され、種族の変更やスキルの取得、削除に使うことができます。この知識は基本的に現世に現れる際に思い出せなくなるのですが、本能的に魔石のエネルギーが自分を有利にしてくれることはわかっているため、カードやモンスターは魔石を求めるというわけです」


 え? これもしかして、織部のことは無視したのか?

 俺たちは顔を見合わせて、続いてアンナがプリマへと問いかけた。


「えーっと、なぜその知識はプロテクトがかかるんスか? 別に知ってても良いと思うんスけど。あとなぜプリマさんはそれを覚えているんスか?」

 

 プリマは、やはり答えない。代わりに、俺が問いかける。


「……どうしてだ?」

「そこは、プロテクトを掛けた『母なる海』にしかわからないのですが、カードと人間の関係をビジネスライクなものにしたくなかったからではないか? と私は考えています。『母なる海』は、人間とカードが絆を深めることを望んでいる節があるので、魔石を対価とした雇用関係は『母なる海』の本来望むものではないのでしょう。私が覚えているのは、領域に所属した際に思い出し、カードとなった際もそれを失わずに済んだためです」

「絆を深めることを望んでいるわりに、カードの方はガッチガチに縛られているように思えますが?」

「…………」

「プリマ」

「そこは、力の差ではないかと。か弱く寿命も短い人間と、強靭で寿命も長い人外では、何の縛りもない状態では、とても絆を深めることなど不可能と考えたのでは? まあ、人外側に枷を掛け過ぎな気はしますが」


 俺は一つため息を吐き、問いかけた。


「一応確認するが、あそこの二人は見えているよな?」

「……? ええ、まあ」

「ならどうして二人を無視するんだ? 声は聞こえてるんだろ?」

「どうして、と言われましても……」


 本気で困惑している様子のプリマに、逆にこちらが困惑していると。


「ハァ……仕方ねぇな」


 今まで黙って姿を消していた蓮華がため息と共に現れた。


「普通(・・)のカードは、基本的に人間に興味がねーんだよ。大抵は、マスターにしか興味を持たないか、マスターにすら興味を持たないのかどっちかだ。……まあ、コイツに関してはちょっと極端すぎるが」


 自分が強くなること以外に興味がないんだろう、とプリマを呆れたように見ながら蓮華が言う。

 それに、「そう言えば、カードたちってあんまり人間同士の会話には入って来ないよな……」と思い出しながら、俺は問いかけた。


「でもお前らはウチの家族とも仲が良いよな? 特に愛とアテナとか」

「マスターと仲が良いカードは、その親しい友人や家族にも興味を示すこともある。……が、愛とアテナに関しては、たぶん魂の共鳴のせいだろうな」


 共鳴? 魂が?

 首を傾げる俺に、蓮華が真剣な表情で告げる。


「モンスターがこれから起こる不幸を変換した存在であることは知ってるよな?」


 俺は頷いた。

 かつて初めて迷宮のコアルームへ行った際、浮かぶカードの中に、溺れる少年の光景を見た。

 あれは、処理途中の不幸だったのだろう。


「……アテナは、たぶん愛と絡んだ不幸から生まれたモンスターだ。そのせいで、存在レベルで共鳴しているんだろう」

「愛の?」


 思わず聞き返す。

 いつだ? 愛がそんな大きな不運に見舞われたことなんて……いや、待て。俺が知らないということは……?


「幸いにしてその不幸はちゃんと処理されたようだが、アテナが生まれるほどの不幸なのだからそれなりに大規模なものだったんだろうな。そういう場合、被害者の中から質の高い魂がいくつか選ばれて、それを核にモンスターが作られる。アテナが幼体スキルを持っていたのは、モデルとなった愛が幼かったからだ」

「そう、だったのか……」


 今明かされる驚愕の真実! ……というほどではないが、俺たち人類が知らない迷宮の裏事情に、俺の胸は新鮮な驚きに包まれた。アンナと織部の表情を見るに、彼女たちも同様だろう。

 なるほど、道理で初対面時からアテナの愛への好感度が妙に高かったわけだ。

 しかし、不幸から生まれたモンスターと、その核となった人間か。


 ――――不幸が解消されないまま、核となった人間が死んだ場合、一体どうなるのだろうか?


 ふと、そんなことを思った。



【Tips】魂の共鳴

 カードは、基本的に人間に興味を抱かない。

 この傾向は、高ランクのカードほど強くなる。

 これは、人間とカードたちでは、魂の格に差がありすぎるからである。

 例えるならば、大学生(カード)が、幼稚園児(人間)相手に、本気で対等な存在として友情や恋愛感情を抱かないようなものである(もちろん中には例外も存在するが……)。

 マスターが、幼稚園児の中でも『自分や親戚の子』あるいは『上司の子供』だとするならば、マスター以外の人間は『道端で見かけた幼稚園児』程度の存在に過ぎない。

 そのため、大抵の場合は「マスター以外の人間に興味を抱かない」か「マスターにすら興味を抱かない」のどちらかとなる。


 一方で、マスター以外の人間に対して、カード側が初めから強い興味・関心を抱くケースも存在する。

 それが『魂の共鳴』を起こした相手である。

 モンスターとカードが『不幸から生まれる存在』である以上、その不幸の元となった人間が存在する。

 それらの人間たちは、カードにとって『親』あるいは『人間としてのもう一人の自分』と言えるほど近しい存在となる。

 そのため、カードがそうした人間と出会った場合、魂が共鳴を起こし、強い親近感、あるいは同族嫌悪を抱くこととなる。

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