第2話 亀裂

「みんな揃ったことですし、始めましょうか」


 ひとしきり再会を喜び合い、皆が席に着いたところで、アンナが言った。


「まず、お互いの情報共有からとしましょう。先に、色々と重要そうな情報が多そうな先輩の方から話していただいてもよろしいですか? カードギアで簡単に聞いてはいますが、先輩の口から聞いておきたいので」

「わかった」


 俺は頷くと、学校を飛び出してからのことを、順に話し始めた。

 ハーメルンの笛吹き男の罠によって、まんまと釣りだされてしまったこと。

 そこからのハーメルンの笛の喪失と、ホープダイヤの代償による因果率の歪み。

 浦島太郎との遭遇。その最中でのアテナの幼体化の解除。

 そして、ハーメルンの笛吹き男との戦い……。


「……なんとまぁ、何といえばよいのか」


 黙って俺の話を聞き続けていた三人だったが、ハーメルンの笛吹き男との戦いが終わって一段落着いたところで、アンナがポツリと呟くように漏らした。


「勝つためとはいえ、イレギュラーエンカウントの一撃を生身で受けるとはね……」

「本当に、良く帰ってこれたものだ」


 織部と師匠の二人も、呆れと感嘆が入り混じったような口調で言う。

 アテナのアイギスが使えるようになったことや、ハーメルンの笛がイライザのスキルと化したことなど、重要な事項についてだけは旅の間に伝えてはいたものの、俺が具体的にどうやって二体のイレギュラーエンカウントを倒したのかについては特に話していなかった。

 そのため、敵の切り札を空振りさせるために身体を真っ二つにされたことなどは、三人にとっても初耳の情報であった。

 俺が我が身を危険に晒すような真似をしたことに、三人は露骨に顔を顰めてはいたものの、しかし三人も冒険者としてそれ以外に方法がなかったことは理解しているのか、怒りの御言葉を貰うことはなかった。


「……それで、ハーメルンの笛吹き男を倒したら、カードを落とし、イライザさんがイレギュラーエンカウントのスキルを得た、と」

「ああ」

「その……先輩の大切なカードには申し訳ありませんが、イライザさんは大丈夫なんでしょうか? イレギュラーエンカウントを取り込んだことによる副作用的なモノは……」


 おずおずと問いかけてくるアンナに、俺は腕を組んで唸った。


「そこは俺も心配しているんだが、もう信じるしかないだろう」

「そう、ですか……」


 たとえハーメルンの笛スキルに思わぬ罠が仕込まれていたとしても、イライザを手放したり、使わないようにするなんて選択肢はない。

 ならばもう開き直って、大丈夫だと信じる以外に道はなかった。

 俺の答えに、アンナは難しい顔で腕を組んで少し考えていたが。


「……まあ、一月の間何もなかったのなら、大丈夫でしょう」


 ため息交じりにそう言った。


「話の腰を折ってしまい申し訳ありません。続きをお願いします」

「ああ」


 俺は頷くと、ここまでの旅路について話始めた。 

 空間の隔離と、階段の存在。『人類に対する試練とそのご褒美』から解き放たれた門番とその領域のモンスターたち。真スキル化の危険性について。呪いのカードによって人間同士で争うように仕向けられていた島民たち。そして、地域ごと時間差の発生……。

 これまで簡単に報告を送っていただけのこれらの事項について、それに至るまでの経緯を含めて、なるべく詳しく語っていく。

 Bランクの門番だけではなく、ヴァンパイアのようなCランクまでが真スキル化を得て、しかもそれが人間をモンスター化させていたと話した時は皆が驚愕に眼を見開き……。

 島での争いが、呪いのカードによって仕向けられたものであり、その際に見せたオセの能力を語った際には、小鳥ちゃんまでが顔を恐怖に強張らせていた。

 そして、話が聖女との出会いについてまで進み、アンゴルモアが星母の会によって引き起こされたという所まで来ると――――。


「……馬鹿なッ! じゃあこれは人災だったと!? 第二次アンゴルモアも!?」


 バンッと師匠が、机を叩いて立ち上がった。

 

「こ、これを……人間が……? 嘘でしょ……?」


 織部もわなわなと唇と震わせながら言う。

 そんな二人とは対照的に、無言で腕を組み、瞑目しているのがアンナだった。

 彼女にはカードギアのメッセージで予め教えてはいたが、この分だと他の二人にはまだ伝えていなかったようだ。

 そんなことを思いながら、俺は織部へと言った。


「人間の手によって、というのは疑問だがな。なんせ、聖女様はネフィリム……モンスターと人間のハーフらしいからな」

「それにしたって……これほどの災害を人為的に引き起こせたというのが信じられん。……いや、待て」


 そこで織部がハッと何かに思い立ったような顔をする。


「迷宮が不幸の回収装置で、ハーメルンの笛吹き男が語ったという全ての始まりの『滅び』の話が本当であれば、意図的に大量の不幸を一度に叩きこめば、オーバーフローを……アンゴルモアを起こすことはできる?」


 織部の独り言のような呟きに、俺は内心で頷いた。

 それは、ここまでの間で俺がたどり着いた結論と同じだった。

 冒険者が迷宮内でモンスターを倒すことによって、迷宮の集めた不幸が処理されるのならば、人間がモンスター(あるいは罠によって)に殺されることで、逆に不幸の回収装置としての迷宮に負荷が掛かる可能性が高い。

 そして、迷宮内の人間の死が及ぼす負荷は、人間がモンスターを倒すのよりも遙かに大きいのだろう。

 ……猟犬使い事件の被害者たちは、アンゴルモアを起こすエネルギーを貯めるための生贄だった可能性が高い。

 直接手に掛けなかったのは、人間の手で人間を殺してもノーカウントなどのルールでもあるのかもしれない。

 だから自衛手段であるカードを取り上げて、モンスターに殺されるように仕向けたのだ。


「あの事件が星母の会の仕込みだったとすれば、猟犬使いの敗北も想定済みだったはず。猟犬使いが落としたカードも……。だとしたら、自衛隊の機能不全は……」

『……………………』

 

 織部の呟きに、重い沈黙が落ちる。

 猟犬使いが落とした『狼と七匹の子ヤギ』のカード。あれが、もしも呪いのカードに近い性質を持っていたとすれば、迷宮外での実体化……はさすがにないにしても、持ち主を操るくらいのことはできてもおかしくない。

 国に引き取られたカードが、自衛隊の上層部(あるいは大臣)に渡っており、上層部の中に『狼と七匹の子ヤギ』に操られた者がいたとすれば、アンゴルモア前に日本中の自衛隊員を集めて『処理』することは容易いことだろう。

 自衛隊と言っても、カードさえなければ、ただの人なのだから……。

 すべては、アンゴルモアでの人類の間引きを効率的に行うための策略だった。そう考えると腑に落ちる。

 さらに言えば、ギルドの転移門からモンスターが溢れた件もおそらくは……。


「……星母の会の目的は一体なんなんだ? これほどの大虐殺を起こした、その目的は?」


 師匠の独り言のような問いかけに、俺は答えた。


「聖女曰く、一つは、モンスターに領域のモンスターと同じだけの自由を与えること、そしてもう一つは……世界救済のためらしい」

「世界、救済……?」


 それに、師匠は一瞬ポカンと呆気に取られたような顔をして――――。


「ふざけるな! よりにもよって、世界救済だと!? 世界をこんなに無茶苦茶にしておいて……!」


 バンッと、強く机を殴りつけた。

 これほどまでに怒りをあらわにした師匠を見るのは、これが初めてだった。

 一方で、織部はと言うと顔を蒼白にして、恐怖の表情を浮かべていた。

 そんな二人へと、俺は『アンゴルモアの大王』の存在について語った。

 この世界は、本来迷宮の出現した年に滅んでいるはずだったこと。それを、この星の生命そのものである『母なる海』が、不幸の吸収装置である迷宮を産み出すことで防いだこと。その代償として巨大な因果律の歪みが発生し、それが『滅び』と結びついて、一体のモンスターが生まれてしまったこと……。


「……星母の会の真の目的は、この『アンゴルモアの大王』を倒し、『母なる海』を救うことだそうだ。アンゴルモアを起こしたのは、人類を効率的に間引きし、『アンゴルモアの大王』を弱体化させるため……」


 『母なる海』は、この星そのもの。

 この星が滅びれば全生命が滅びるのだから、聖女の言っていることが正しいのであれば、星母の会の行いにもある種の正当性があることになる。


「……先輩は、星母の会に仲間になるように言われたんですよね? どうするおつもりなんですか?」


 重い空気の中、アンナがポツリと問いかけてきた。

 それに、師匠と織部が弾かれたように俺の方を見る。

 俺は、一瞬瞑目し……答えた。


「受ける、つもりで考えている」

「なっ!?」


 師匠が、椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。


「何を考えているんだ!? こんな、こんな大虐殺を引き起こした奴らの仲間になるなんて!」


 今にも掴みかからんばかりの剣幕の師匠が、俺にさらに何かを言いつのろうとした、その瞬間。


「――――うるさい。黙れ」


 ピシャリ、と鋭くアンナが言った。


「落ち着いて話が出来ないのでしたら出て行ってください。邪魔です」

「ッ!」


 威厳すら感じるアンナの言葉に、師匠はグッと唇を噛んで静かに腰を下ろした。

 それを冷たい眼差しで一瞥すると、アンナは俺へと微笑んだ。


「受ける、といった理由を教えていただいても?」


 俺は、小さく嘆息し答えた。


「それ以外に選択肢がないからだ」

「……お義父さんか」

  

 ポツリと織部が呟く。俺は無言で頷いた。

 八王子からここまでの旅路で、俺は今の世界で目的の場所に行くことの困難さを思い知った。

 ここからまた偶然池袋にたどり着くまで、一体どれだけかかるか……。

 それでも他に選択肢がないならばやるしかなかったが、目の前に最短最速の道があるならば、それを選ばないわけにはいかなかった。


「……なにも本当に仲間にならずとも、フリをするだけで良いんじゃないか? お父さんと再会したら縁を切るとか」


 俺の事情を思い出してか怒気を沈めた師匠が、言い辛そうに提案してくる。

 それは俺も当然考えたが……。

 俺は首を振って答えた。


「初めからそのつもりでは、虚偽察知や読心で絶対に見抜かれる。少なくとも、最初は本当に仲間になるつもりじゃないと」

「…………」


 師匠もそれを分かった上での発言だったのだろう、難しい顔で黙り込んでしまった。

 それに……。


「それに?」


 誰に聞かせるつもりでもなく、ほとんど口の中だけの呟きだったのだが、耳聡く聞きつけたアンナが、問い返してきた。

 俺は、少し口籠ったが、じっとこちらを見つめる三人の眼に、諦めて答える。


「俺は正直、星母の会が、怖い……」


 相手は、目的のためならば世界規模の大虐殺すら厭わぬ連中だ。

 アンゴルモアの仕組みについても詳しいし、俺たちが知らないカードの力などにも詳しいのだろう。

 俺が切り札としている限界突破や真スキルなどの力も当然持っていると考えるべきだ。それ以上の力も当然……。

 下手に断って敵対したら……そう思うと、それだけで背筋が凍りつくような気分になる。

 それでも、俺だけならば意地を張ることもできた。だが……。

 俺は三人をチラリと見て、視線を伏せた。


『……………………』


 部屋に沈黙が落ちる。

 そのまましばし、誰も口を開かないまま時間が過ぎて……。


「良いんじゃないでしょうか」


 やがて、ポツリとそう呟いたのはアンナだった。

 皆の視線が集中する中、彼女は俺を真っ直ぐ見つめながら続ける。

 その眼差しは、いっそ優しいと言って良いほどで……。


「仮に星母の会の言うことが本当なのであれば、アンゴルモアの大王という脅威が存在することになります。星母の会と距離を取るにしても、その対処が終わってからで良いのでは? もしかしたら共倒れしてくれるかもしれませんですしね」


 アンナがそう言うと、織部も一つ嘆息して、口を開く。


「まあ、そうだな。敵対するのもリスクがあるのは確か。使い潰される懸念はあるが、ここは頷いておいた方が無難やもしれん。お義父さんのこともあるしな。

 ……ただ、星母の会がアンゴルモアを引き起こしたということは口外しない方が良いだろう。知られたら絶対に面倒なことになる」


 二人が話したことで、必然的に視線は残る一人に向けられる。

 師匠はしばし苦渋の表情で押し黙っていたが、やがて席を立ち上がり……。


「僕は……ごめん。ちょっと落ち着いて考えたい。このことは誰にも言わないから安心して」


 そう言って部屋を出て行った。

 その師匠の背を、アンナが能面のような顔でじっと見ていた……。



【Tips】現在の時点で判明している推定フェイズ4と5の仕様


・第四フェイズ

 Aランクモンスターが溢れ出し、空間の歪みにより地上が各エリアごとに隔離される。

 別のエリアには向かうためには、各エリアに現れた『階段』を下らなければならない。

 階段の先には、『門番』が守る領域があり、次のエリアへの『門』を通るには門番を倒すか、交渉で通行権を得る必要がある。

 門番の守る領域のモンスターは迷宮によって課された『人類への試練とご褒美』の枷を解かれている。そのため、人類に対し無条件に襲いかかることも無いが、倒してもカードを落とさない(代わりにランクにかかわらずにレアドロップを落とすようになる)。


 各エリアは人が多い場所を起点に形成され、エリア内の人口が一定数(一万人)に満たない場合、一定数を超えるまで隣接するエリアと併合される。

 そのため、人口の多い都心部ほどエリアが狭い傾向がある(ただし一番狭いエリアでも半径数キロメートルほどはある)。

 


・第五フェイズ

 時間の流れが歪み、アンゴルモアが永続化する。

 迷宮が多く、深い土地ほど時の流れが『遅く』なり、迷宮の少ない土地と多い都心部で数千倍もの差が発生する。

 また、全モンスターが『人類への試練とご褒美』から解放され、カードがドロップしなくなる。

 

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