第六章

第1話 隔離



『マスター……? 大丈夫ですか?』


 変わり果てた生まれ故郷……。

 その光景に衝撃を受けていると、おずおずとイライザが問いかけてきた。

 俺は深呼吸を一つして、頷き返す。


『ああ……大丈夫だ』


 実のところ全然大丈夫ではないが、俺はそう強がった。


『そのまま学校に向かい、着いたら教えてくれ』

『いえ、お待ちください、マスター』


 短く指示を出してテレパスを切ろうとした俺に、珍しくイライザから待ったが入った。

 そこでようやく俺は、彼女が単に外の光景を見せるためではなく、何か異常があって連絡して来たことに思い至った。


『なにがあった?』


 もしや、もうAランクモンスターが地上に現れだしたか……!?

 と表情を険しくする俺に、イライザは地上の一角を指差して言った。


『あちらに、糸に巻かれたビルがあるのが見えますでしょうか?』


 彼女が指さした先には、蜘蛛か何かのモンスターによって繭のように包まれたビルの姿があった。


『あ、ああ、見えるが……』


 彼女が何を言いたいかよくわからずに首を傾げる俺を他所に、イライザは立川方面へとスピードを上げて一直線に飛びだした。

 そのまま、しばし飛行し……。


『ん!?』


 その先に見えた光景に、思わず目を見開いた。


『お分かりになられましたか?』

『……ああ』


 再びスピードを緩め、上空へ滞空した彼女が指さす先には、先ほどの繭に包まれたビルの姿があった。


『これは……』


 たまたま似たようなだけのビルがあった……? いや、違う。周囲の光景も、まったく同じ。どういうことだ? なぜ、一方向に飛んでいるにもかかわらず、同じ場所に出る? 方向感覚を狂わされているのか?


『イライザ、一度戻って来て地上部のダンジョンマートから方位磁石を手に入れたら、もう一度試してくれ』

『イエス、マスター』

「……ふぅ」


 小さく嘆息する俺を見て、それまで腕の中でじっとしていた愛が話しかけてくる。


「お兄ちゃん……なにかあったの?」

「ああ、いや、何でもない」


 不安そうな妹に、俺はそう誤魔化すと、彼女を傍らへやってきていたアテナへと預けた。


「ちょっと外の様子を探るから、悪いがアテナと一緒に大人しく待っててくれ」

「さあ、行きましょう、愛。大丈夫ですよ、妾がついていますから」

「……うん」


 愛は何か言いたげではあったが、俺に迷惑をかけるわけにもいかないと思ったのか、大人しくアテナと共に奥へと去って行った。


『マスター』

『イライザ、どうだった?』

『やはりダメです』

『他の方向はどうだ?』

『試して見ます』


 その後、方向や速度を変えて何度か試して見るも、どうやら八王子駅周辺を起点に数キロの範囲をグルグルとループさせられていることがわかった。


『空間が隔離されている、のか?』


 だとすれば、そんなことができるのは……。

 俺は、もはや絶望を通り越して虚無的な気分で確認のためにアンナたちへと連絡を取った。

 しかし、当然通信は――――。


『先輩ッ!? 大丈夫ですか!?』

「な、に……?」


 通じた……。

 イレギュラーエンカウントじゃ、ないのか?

 そう驚きつつ、俺はとりあえずアンナへと答えた。


「ああ……無事だ。ハーメルンの笛吹き男は倒した」

『おお~! さすが先輩! それで、どれくらいで戻ってこれそうッスか?』

「いや、それが、変なことになってて、なんか帰れそうにないんだが……」

『……どういうことでしょう?』

「それが――」


 最初はキャッキャと子供のようにはしゃいでいたアンナであったが、俺が色々あってハーメルンの笛の座標データがリセットされたこと、八王子駅周辺を起点に空間がループし出られないことを伝えるとその声音は徐々に険しいモノとなっていった。


「なるほど……」


 俺の話を聞き終えたアンナは、しばし考え込んでいたが、やがて。


『一つ確認したいんですが、八王子駅は見えているんですよね?』

「ああ」

『でしたら重野さんギルド側と連絡を取って、転移門で立川ギルドに出られないか試して見てください』

「おお!」


 その手があったか!

 俺はアンナの提案にポンと手のひらを打った。


「わかった。ギルドへ行ってみる」

「はい。とりあえずこちらの方でも同じ現象が起きていないか確認をとってみようと思います」

「ああ」


 もしこの現象が八王子駅周辺だけだとすれば付近に原因が潜んでいる可能性が高く、逆に立川周辺もそうなっているのであればそのほかの地域でも同様の現象が起こっている可能性が高い。

 仮にそれが全国規模であるならば……すでにフェイズ4になっている。その懸念があった。


『それではまた後で。……くれぐれもお気を付けて』

「ああ、そっちも。母さんを頼む」

『お任せください』


 ……さて、じゃあ重野さんへ連絡を取るか。


「重野さん、いま大丈夫でしょうか?」

『おお! 北川さん! 無事でしたか!』

「ええ、なんとか」

『良かった……それで、その、子供たちは?』

「ほとんどは無事です。……ただ幾人かは」

『そう、ですか……。残念ですが、あのハーメルンの笛吹き男に攫われてそれだけの被害で済んだのは奇跡と言えるでしょう』

「…………。……ところで、一つ問題が」

『……なんでしょうか?』

「実は――」


 俺は、簡単に八王子駅周辺が隔離されている現状を伝えた。


『……空間が?』

「ええ。それで立川ギルドに繋がる転移門を使わせて欲しいんですが」

『それは……すいません、できません』

「……なぜです?」


 まさか、俺が部外者だからとか、そういう理由からか?

 思わず声に険が混じる俺に、しかし重野さんはため息と共に答えた。


『破壊したからです』


 俺は一瞬その言葉の意味が分からず、それを咀嚼する必要があった。

 破壊? 何を? ……まさか転移門をか!?


「な、なぜ……?」

「……北川さんがハーメルンの笛吹き男と戦っている間に、ギルドの転移門を経由してモンスターが侵入、拡散するという事件が発生しました。それを受け、我々ギルドは、これ以上の被害の拡大を防ぐため転移門の破棄を決定しました」

「…………」


 重々しく告げられた重野さんの言葉に、俺は絶句するしかなかった。

 ギルドの転移門からモンスターが侵入した?

 どこかのギルドが落とされて、モンスターが入り放題になったのか?

 あるいは、ギルドのシェルター内に迷宮が発生した?

 だとしても、そのギルドに繋がる転移門を破壊すれば、被害は最小限に留められたはず。

 ……人々の避難をギリギリまでやった結果、拡散の阻止に失敗したのか?

 それとも転移門の破壊が間に合わないほどモンスターの侵攻が早かった?


『そういうわけですから、転移門での移動はできません』

「そう、ですか……わかりました」

『とりあえず、子供たちを連れてウチのギルドに来ていただいても大丈夫でしょうか? 詳しい話はそこでゆっくりと』

「わかりました……」


 カードギアの通話を切り、俺は呆然と天を仰いだ。


「一体、どうなってんだよ……」







【Tips】アンゴルモア中の迷宮と主

 アンゴルモア中は、迷宮の主が迷宮外へ出てくることになるが、迷宮と主の繋がりは切れておらず、迷宮外においても主補正は健在であり、主が倒されるまで新しい主が生まれることもない。

 そのため迷宮外の主を倒したとしても迷宮の沈静化は起こり、また踏破報酬も通常同様に迷宮の最下層に発生する。


 なお、特殊型迷宮(通称、試練の迷宮)のように誰かが侵入して初めて主が発生されるタイプの迷宮は、アンゴルモア中においても主が勝手に発生したりしないことが確認されている。

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