第5話 人生で最も長い一日⑤

 

「ふぅー……」


 敵の正体を知った俺がまず行ったのは、深い深呼吸だった。

 体内の焦りや恐怖を空気ごと吐き出して、体中の酸素をリフレッシュする。

 相手が浦島太郎ならば、最初のうちは敵は出て来ない。ある意味では安全だ。

 だから、まずは冷静になれ。浦島太郎との戦いにおいて最大の敵は、焦りと時間なのだから。

 新鮮な酸素に、頭がクリアになっていく……。


「ずいぶん、落ち着いてるんだな? もっと焦るかと思ってたぜ」


 蓮華が、ニヤリと笑いながら問いかけてくる。

 俺は答えた。


「焦ってもしょうがないからな」


 そう、敵が浦島太郎だろうがなんだろうが、やることは決まっている。

 一刻も早くこの敵を倒し、愛たちの元へ駆けつけ、ハーメルンの野郎をぶっ殺す……それだけだ。

 元々、可能な限り早く敵を倒す必要があったのだ。そこに俺の寿命と言う時間制限が加わったところで、大した違いはない。

 せいぜい、愛に会った時に俺自身と一目でわかってもらえるのか不安なくらいか。


「ふふ、覚悟の決まった良い顔です。英雄とは、そうでなくては。それで、敵の攻略法は検討がついているのですか?」

「ああ、だいたいはな」


 アテナの問いに、俺は頷いた。

 冒険者にとって最悪の敵ということもあって、浦島太郎の情報は比較的詳しく知れ渡っている。

 浦島太郎は、死神どもの中でも珍しい、逆順のストーリーで構成されているイレギュラーエンカウントだ。

 すなわち、本来は「亀を助ける」「亀に竜宮城へ連れて行ってもらう」「乙姫らの歓待を受ける」「玉手箱を開けて一気に老人になってしまう」という流れなのに対し、「玉手箱を開けて老人になってしまう」という結末から冒険者たちに押し付けてくるのが、このイレギュラーエンカウントのやり方なのだ。

 故に、まずはここのどこかに隠されている玉手箱を見つけてその箱を閉じなければならない。


「問題は……」


 俺は、周囲をぐるりと見渡した。

 砂浜にポツリポツリと立つ粗末な家屋。全部で二十戸のこの家々のどこかに、玉手箱は隠されている。

 普通に総当たりで調べていけば良いじゃないかと思うかもしれないが、死神どもの謎かけは、そんなに甘くはない。


 浦島太郎の老化効果は、誰かが家の中に存在している間、さらに加速するという性質がある。


 その速度は、通常時の十倍。およそ一分間に十年の老化がその身を襲うことになる。

 カードたちと手分けして調べたとしても、一つの家を調べるのに最低一分。この一分という数字は、十枚のカードで一つの家を調べた際の最短の速度であり、召喚できるカードが少なければ少ないほど必要な時間は増える。

 つまり、一つの家を調べるたびに最低でも十年の寿命を支払う必要があるというわけだ。

 正解の確率は、わずか5%。総当たりでは、すべてを調べる前に確実に寿命が尽きてしまう。


 ギルドが推奨する【フェイズ1・宝探し】の攻略は、大きく分けて二つ。


 一つは、力技。単純に人海戦術で一気に調べてしまうというもの。

 人数が二十名もいれば、最小のコストですべての家を調べることができる。

 だが、そんな大人数で攻略するチームはプロでも珍しいし、何より俺は一人だ。

 眷属召喚で穴埋めするにしても、自我を持たない中位以下の眷属体は、こういう繊細な作業には向いていない。最悪、玉手箱を破壊してしまう可能性すらある。そうなれば、次の獲物がやってくるまでここに閉じ込められることになる。ジ・エンドだ。


 もう一つは、正攻法。ちゃんと謎解きをして正解の家を見つけ出す。

 しかし、当然のことながらギルドの資料には、謎解きの解法は記されていなかった。

 リドルスキルは、挑戦者の知識量によって問題が変動する。下手に解法を教えることで、難易度のさらなる上昇を防ぐための措置なのだろう。

 謎解きに掛かる時間は、早い者で凡そ十分から二十分ほど。常人は、その数倍がかかるのが普通らしい。


 さて、どうするか……。

 まず思いつくのは、運命操作を応用した予知で正解の家を見つけ出してしまうことだが……。


「…………駄目か」


 可能性の道は見える。だが、その先の結果は、黒い靄で覆われて見えなかった。

 今がアンゴルモア中だからか、あるいはイレギュラーエンカウントによる妨害か……。

 この分では、幸運操作も無駄だろう。


「アテナ、お前の知の権能で答えはわからないか?」


 知の女神の権能は、人類の集合知へのアクセス権。これまで人類が蓄積してきた知識という名のインターネットを検索し、これまでロストした同種の記憶を記録として参照することができる。

 集合知はこれまで死んだ人間の知識の蓄積なため(生きている人間の知識はスタンドアローン化している)、古くて多くの人が知り得る知識ほど調べやすく、新しく一部の人間しか知り得ない情報ほど調べにくいという性質はあるものの、世界的に情報が共有されており、大量の被害者のいるイレギュラーエンカウントについての情報ならば、検索できる可能性が高い。

 期待を込めて見る俺に対し、しかしアテナは首を振り。


「おそらく知の権能で解答を得ることは可能でしょうが、リドルスキルの『ズル』に引っかかる可能性が高い。やめておいた方が無難でしょう」

「そうか……」


 こちらの事前知識で出題が変わるだけでなく、出題中のカンニング行為に対しても途中で出題が変わる可能性があるというわけか。

 知識ではなく、純粋な知恵や勇気を試してくるリドルスキルの性質から考えて十分にあり得る話だった。


「イライザ、直感やフィンの親指ならどうだ?」

「申し訳ありません、マスター。家々の微妙な違いや違和感はわかるような気がするのですが、正解の家までは……」

「そうか……イライザとアテナはすべての家を見て回って、外観から正解が導け出せないか試してみてくれ。みんなもそれを手伝ってやってくれ」


 各々の家に散らばっていくカードたちを見送りながら、俺はその場に残って次なる打開策を探る。

 謎解きの方はあの二名に任せるとして、眷属召喚による人海戦術は本当に使えないだろうか?

 ……そうだ、鬼子母神! 羅刹たちならばどうだ!?

 最高位眷属体ならば、オリジナルと同等の自我を持つ。手持ちの眷属召喚持ちにガンガン眷属を召喚させてから、全部で200体ほど召喚すれば、一気に捜索できる!

 この後に控える闘いで、鬼子母神の子殺しの権能が使えなくなるのはかなり痛いが、やむを得ん!


『蓮華、鬼子母神に変身してくれ。羅刹たちを召喚して、人海戦術で一気に片付ける!』

『む……うーん』


 俺のテレパスに、しかし蓮華は悩まし気な意思を返してきた。


『……何か問題でも?』

『いや、羅刹どもって、いわゆる修羅の道の住人なんだよな。年がら年中戦いに明け暮れて、それを苦にも思ってない連中なわけだ。だから戦いに関しては頼りになる奴らなんだけど、なんつーかガサツというか、ぶっちゃけ物事を力で解決する傾向があるというか……』

『もういい、わかった……』


 つまり、宝探しには不向きというわけか。玉手箱を破壊されるのは、さすがにマズイ。

 チッ、やはり正攻法、謎解きで挑むしかないか。


『……ところで、歌麿。ここに入ってから何分経った?』


 蓮華の問いに、俺はカードギアを見た。


『正確な時間はわからないが、たぶんまだ五分は経っていないはずだ』

『少なくとも、二~三分は経ったんだな?』

『ああ……それがどうかしたか?』


 俺がそう問い返すと、蓮華が目の前にふわりと降り立った。

 そして俺の顔をマジマジと眺め……小さく嘆息した。


「やっぱりな……」

「どうした?」

「お前、ここに入った時とまるで見た目が変わってねーぜ」

「なに?」


 俺は思わず自分の顔を撫でた。

 見た目が変わっていない? 少なくとも二年か三年は老化しているはずなのに?

 俺らぐらいの年頃は、ほんの一年、二年の時間で大きく変化する。それが、まったく見た目がまったく変わっていないということは……。


「……パーフェクトリンクの副作用か?」

「たぶんな。今のお前は、常人とくらべて何倍か老化が遅くなってるんだと思う」

「つまり、寿命も……」

「ああ、おそらくその分長くなってるはずだ」


 それを聞いた瞬間、俺はニヤリと笑った。

 そういうことなら、話は早い!


『みんな集まれ! 謎解きはもういい! すべての家を片っ端から調べていく! ユウキとアテナは、シロクロとニケの召喚も!』


 寿命と言う枷が外れたならば、わざわざ時間のかかる謎解きに付き合っている暇はない。

 総当たりで、正解の家を見つけ出す!


「ま、そうなるわな……ところで、あのケルトの神どもは召喚しなくて良いのか?」

「む……そうだな」


 蓮華の問いに、俺は若干迷った。

 ケルトの三女神を手に入れてすぐ、俺はその召喚を試していた。

 そのうち、ネヴァンに関しては、ドレスのランクアップに使ったから問題なかったが、残りの二柱に関しては違った。

 案の定というか、なんというか神のプライドがマイナスに働き、俺に従うことを拒否してきたのだ。

 曰く「戦士でもない者に祝福を授けるつもりはない」「這いつくばって請えば命くらいは守ってやるが、我らに命令するな」とのこと。

 それからなんとか関係を改善しようと何度か呼び出してみたものの、手ごたえはゼロ。それどころか、呼び出すたびに徐々に対応が冷たくなっていくのを感じた。

 最近では、アンゴルモア前にそれ以上関係を悪化させることを懸念して召喚するのは控えていたのだが……この状況ではそうも言っていられない。


 ――――何故ならば、浦島太郎の戦闘力は、Aランク相当の可能性が高いからだ。


 イレギュラーエンカウントは、迷宮の主を乗っ取る形で出現する。それは、アンゴルモア時でも変わりはない。

 故に、本来はフェイズ相当のランクで出現するのが道理。

 だが、アンゴルモアは、奴らにとっての祭だ。

 過去の記録によれば、死神どもの戦闘力は、そのフェイズにおける最大ランクの敵よりも、明らかにワンランクほど戦闘力が高かったと記載されている。

 迷宮の主が、その迷宮のランクよりもワンランク高く出現するように、イレギュラーエンカウントどもは、アンゴルモア時はワンランク分の補正が掛かるのだろう。

 つまり、たとえ乗っ取ったのがCランク迷宮の主であろうと、アンゴルモア中はAランク相当の戦闘力となるというわけだ。


 一口にAランクと言ってもその戦闘力はBランク以下よりもさらにピンキリで、噂によればその初期戦闘力は低いもので1000台、ネイティブカードで最高クラスの存在ともなると3000を越えるカードと聞く。

 成長限界もBランク以下とは異なるらしく、浦島太郎がどの程度の戦闘力かはわからないが、最悪戦闘力一万越えも想定された。

 そんな怪物相手に、三相女神ほどの戦力を遊ばせている暇はない。

 まずは誠心誠意頼んでみて、それでも断られるならやむを得ない。リンクで強引にねじ伏せるしかない。


 ――――シンクロの応用、マリオネット。


 強制的にカードを動かすことができるこのリンクならば、反抗的なカードであっても一時的に使うことができる。

 もちろん、その分カードからの心象は悪化し、最悪の場合一発でマイナススキルが芽生えることもあると聞くが……今回ばかりは、仕方がないだろう。

 そんな覚悟を決めつつ、俺はヴァハとモリガンの二柱を召喚した。

 燃え盛る焔のように紅い髪を靡かせた怒りと破壊の戦女神と、妖艶さと勇ましさを兼ね備えた支配と殺戮の戦女神が姿を現す。


「ふん、このヴァハを不躾に呼びつけるとは、不敬であるぞ小僧……む?」

「これは……なるほど、死神に囚われたか」


 現れるなり、即座に現状を把握した二柱へと、俺は言った。


「端的に状況を説明させてもらう。ハーメルンの笛吹き男に家族と子供たちが攫われた。それを助けに向かってる途中、別のイレギュラーエンカウントに捕まっちまった。おそらくは、浦島太郎だろう。一刻も惜しい、俺のことは認めがたいだろうが、ここは従ってくれ」


 二柱の女神は、じっと俺の顔を見ている。

 ……どうだ? 俺はドキドキしながら彼女らの返答を待った。

 頼む、頷いてくれ!


「……ふん、ま、よかろう。モリガンよ、汝はどうする?」

「ひとまず、従ってやろう」


 思いのほかあっさりと頷く二柱の女神に、俺は思わず拍子抜けした。

 前回呼んだ時は、取り付く島もないって感じだったのに……。

 俺は、つい問いかけた。


「いいのか……?」

「まあ、な。今の汝は、民のために戦場へ向かう男の顔をしている。守るべき者のために手段を選ばぬ……戦士の貌よ」

「武の気配がないのはちと残念だが、武だけが戦士の条件ではない。戦士であるならば、その行く末に祝福を授けてやるのが、このモリガンの役目……」

「そうか……助かる」


 俺は、ホッと胸をなでおろした。

 これで、ケルトの三相女神の運用に対する不安は消えた。

 この後に控える戦いもそうだが、玉手箱探しの人員が増えたのも地味に大きい。

 これで人手は、蓮華(吉祥天と黒闇天)、イライザ、ユウキ(+シロ、クロ)、メア、鈴鹿、アテナ(+ニケ)、オードリー、マイラ、ドレス(+ヴァハ、モリガン)の9枠15名。

 残りの召喚枠は、三枚。これを遊ばせるのはあまりに惜しい。……そうだ!

 俺は、かつてカードパックで引き当てたシルキーズを取り出した。

 今までは家族に預けていたシルキーズだったが、みんなのカードが充実したことにより、使い辛いマイナススキル持ちのこのカードたちも、再び俺の手元に戻ってきていた。

 ドジ、面従腹背、怠け者、能天気、忘れん坊……とメイドにあるまじき個性持ちばかりだが、その中でも守銭奴、メシマズ、無愛嬌と玉手箱探しに支障のなさそうカードを選んで召喚する。

 現れたのは、ツインテロリ(守銭奴)、ニコニコほんわかお姉さん(メシマズ)、爆乳ヤンキー系(無愛嬌)とバリエーション豊かなメイドたち。

 現れたシルキーズが、思い思いに口を開きかけ。


「静まりなさい!」

『ッ!』


 機先を制するようにオードリーが一喝した。

 メイドの中のメイド、メイドマスターたる彼女の一声に、マイナススキル持ちのメイドたちは一斉に直立不動となる。


「これよりご主人様から、状況説明があります。心して拝聴するように」

『はいッ!』

「では、ご主人様どうぞ」

「あ、ああ……」


 スッと一礼してくるオードリーと代わり、俺はシルキーズへと語り掛けた。


「あー……今、俺たちはイレギュラーエンカウント、浦島太郎に囚われている。この状況を脱するには、このどこかに隠されている玉手箱を見つけ出さなければならない。呼び出されたばかりでアレだが、協力してくれ」

『かしこまりました!』


 シルキーという種族特性か、あるいはオードリーの威光か。素直なシルキーズに俺は内心で満足しつつ、カードたちを二つのグループに分けた。

 この人数で一つの家を調べるのはさすがに勿体ない。二つに分けた方が効率的だ。


 グループAは、俺をリーダーとし、蓮華(黒闇天)、鈴鹿、アテナ(+ニケ)、マイラ、オードリー、シルキーズ(3)の十名。

 グループBは蓮華をリーダーとし、蓮華(吉祥天)、イライザ、ユウキ(+シロ、クロ)、メア、ドレス(+ヴァハ、モリガン)の九名とした。


 直感持ちのイライザと、智慧の女神であるアテナ。それとメイドマスターであるオードリーとドレスを、それぞれ別のチームに分けた形だ。


「それでは、捜索開始!」


 両グループが決まったところで早速動き出す。

 俺は、Aグループの面々を引き連れ、最寄りの家へと入った。


「チッ、やっぱ中はそれなりに広いか。それに、汚ねえ……」


 家の内部は、外観の粗末さに反して何倍も広く、嫌がらせのように鍋やら壊れた農具やら破れた網やらと無駄に物が散乱していた。


「むむむ、これは腕が鳴りますねー。ピカピカにしちゃいますよー」

「別に片付けなくても……いや」


 腕まくりしながら言うほんわかメシマズシルキーに、俺は玉手箱さえ見つけ出せれば良いと言いかけて、止めた。

 このゴミ屋敷状態の中、あるかどうかもわからない玉手箱を探すのに、片付けながら探すというのは良いアイディアかもしれない。

 一度探したところに、もしかしたら見落としがあるかもしれない……という不安から解放されるのは、かなり大きいだろう。

 問題は、このゴミの山を外に出すだけで結構時間が掛かってしまいそうなことだが……。


「ご主人様、それでしたら収納スキルが役立つかと」

「おお、そうか! それがあったな」


 オードリーからの提案に、俺はポンと手を打った。

 マヨヒガの上級収納スキルは、ウチの高校の体育館ほどの収納スペースを持つ。

 シルキーにしても、後天スキルに下級収納スキルを持つ個体が多く、この三枚にしても下級収納スキルを所有している。それにダミーのゴミ類を放り込めば、外に捨てに行く手間が省けるだろう。


「それに、ゴミ捨てだけならば召喚したブラウニーでも事足りるかと」

「そうだな、分別した後のゴミなら、眷属にも任せられるか。それじゃあシルキーで誰かグループBの方に行ってくれ」

「あー……じゃあ自分が行きますよ」


 そう手を挙げたのは、シルキーズの中でも屈指の豊かなバストを持つ、無愛嬌シルキーだった。

 現れてからずっと不機嫌そうな顔を崩さない彼女だが、愛想がないだけでシルキーとしての能力に最も問題がないのは、このシルキーだろう。


「頼んだ。……よし、みんなゴミを片付けながら玉手箱を探してくれ」


 各自バラバラに散っていく中、俺も手近なゴミの山に取り掛かると、スススと寄ってくる影が一つ。

 誰だ? と顔を上げて見ると、それは守銭奴ロリのシルキーだった。


「ヘヘヘ、旦那様。もし玉手箱を見つけたらボーナスなんか出たりします?」


 コイツ……状況分かってんのか?

 厭らしい笑みを浮かべて、揉み手でそう言ってくる守銭奴ロリシルキーに、俺は怒りを越して呆れてしまった。

 さすが、パックに入れられるだけのことはある。

 視界の端で、オードリーが青筋浮かべてこちらに来ようとするのを手で制し、俺は守銭奴ロリシルキーに問いかけた。


「とりあえず手動かしながら話せ。……ボーナスって何が欲しいんだよ?」


 経験上、こういうマイナススキル持ちは、無理に抑えつけない方が良い。

 報酬次第でやる気を出してくれるなら、逆に扱いやすくすらあった。


「そりゃもうコレですよ、コレ」


 俺の問いに、守銭奴ロリシルキーは、指で輪っかを作って銭のジェスチャーをした。


「人間はお金さえあれば大抵のものを手に入れられるんですよね? お金サイコー!」

「お金貰ってもお前じゃ使えねーだろ」

「そこはホラ、私が受け取った報酬の分、旦那様に外で買い物してきてもらうってことで」

「メイドのくせにマスターをパシリにいかせんのかよ……まあ別にいいけど、人間の金なんて今は紙切れ同然だぞ?」

「えっ……!?」


 驚愕の表情で、ゴミを収納スキルに放り込んでいた手を止める守銭奴ロリシルキー。


「手ぇ、止めんなって。……常識的に考えて、モンスターが溢れ出してる状況で、買い物なんてできるわけねーだろ」

「あー、なるほど。アレ始まっちゃってたんですか。通りでたくさん召喚してるなーと思ってたんですよ。んー、そういうことなら、魔石ですね。魔石ください」

「魔石? 魔石ねえ……」


 魔石は、なにも人間だけに価値があるものではない。

 カードや……迷宮のモンスターですら魔石を本能的に欲し、モンスターたちの前にばら撒けば、人間をそっちのけでそちらに向かうことが判明している。

 どうやらカードやモンスターたちにとって、魔石というのは美味……というか快感に近いモノを得られる嗜好品という認識らしかった。

 もちろん、万能のエネルギー源たる魔石が、ただの嗜好品というわけもなく。

 勿体ないから普通はそういう使い方はしないが、カードに与えれば体力や魔力の回復や食材等を生み出せるカードの生産量を増やすなどの効果もあった。

 ウチのカードたちは不思議とあまり欲しがらないが、他の冒険者のところでは魔石を積極的に欲しがるカードも少なくなく、酷いのになると魔石を与えないとあんまり言う事を聞かないカードもいると聞く。

 故に、このシルキーが魔石を欲しがるのも不思議ではないのだが……。


「まあ、いいけど」

「やた! うおー! やる気がモリモリ湧いてきましたよー!」


 守銭奴ロリシルキーの動きが、目に見えて加速する。報酬を約束したことで、守銭奴スキルのプラス補正が働き出したようだ。

 みるみるうちに減っていくゴミの山に、俺も負けじと手を動かしながら、ふと考える。

 守銭奴のマイナススキルを持つシルキーが、金の代わりに魔石を欲した、か。

 これから先も金の価値が回復しないならば、あるいは魔石こそが……。

 いや、今はどうでも良いことか。

 俺は雑念を振り払うと、作業に集中することにした。



 ――――それから、俺たちは怒涛の勢いで家々の捜索を進めていった。


 最初の家でこそ、不慣れだったことと見落としが怖くて必要以上に丁寧に探し過ぎて三分も掛かってしまったが、次の家では二分。三件目以降は、一分ほどで探せるようになった。

 だが、肝心の玉手箱は中々見つからず、ようやく見つけ出したのは、両グループ合わせて十六軒目のこと。


 俺の身体が、百年分老化したころのことだった。





【Tips】浦島太郎 その1


 浦島太郎は、死神たちの中でも珍しい逆順のストーリーで構成されているイレギュラーエンカウントである。

 そのため、冒険者たちは浦島太郎の悲惨な結末から体験していく形となる。

 フェイズ1の玉手箱探しでは、一分ごとに一歳老化していくフィールドで、玉手箱を探していくことになる。

 この老化効果は、カードのバリアであっても防ぐことはできない。

 玉手箱は、二十軒ある家の中のどこかにあり、家の外観に隠された様々なヒントから正解の家を見つけ出すというリドルスキルであるが、襲ってくる敵もおらず、謎を解けずとも総当たりで調べていけばやがて正解にたどり着くことができると、リドルスキルの中では優しい部類の構成となっている。

 ただし、家の中に誰かが入っている間は、十倍の速度で老化が進んでしまうことを除けば、だが。


 その性質上、召喚枠の少ない低ランク迷宮ほど玉手箱を探すのに時間が掛かるため、たとえ五ツ星の冒険者であっても死にかねず、また浦島太郎を倒しても老化した身体は元に戻らないことから、冒険者から最も恐れられているイレギュラーエンカウントである。

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