第9話 合宿一日目

 

「お待たせしました〜」


 後ろからの声に、ハッと我に返る。

 振り返ると、そこには水着に着替えたアンナと織部の姿があった。

 アンナは、黒のワンショルダービキニ。白い肌と年の割にボリュームのある胸部が強調され、とても魅力的なことになっている。腰の括れと、足の長さは、さすが外国の血が入っていると言った感じだ。

 一方の織部は、股下まである大きめの白いTシャツを着ていて中身は良く見えないが、微かに透けた部分からおそらく中身は赤色のビキニタイプと思われた。


「どうッスか? もしかしてぇ、悩殺されちゃいました?」


 腰に手を当て、挑発的に問いかけてくるアンナに、俺はしみじみと頷き、答えた。


「いや〜、良いわ! スゲ〜良い。控えめに言って、最高」

「えっ!? ……あ、ありがとうございます。なんかそこまで褒められるとなんかアレですね」


 俺の手放しの賞賛に、照れ臭そうに頬を赤らめ、前髪を弄るアンナ。

 これはイケるかも、と思った俺はちょっとリクエストしてみた。


「ちょっとポーズとか取ってみてくれよ」

「え〜? ……こうッスか?」


 半身で前かがみになって右膝に右手を当てるポーズを取るアンナ。うーん、胸の谷間が強調されて、素晴らしい。

 俺は上着のポケットにしまっていたスマホを取り出し写真を撮りながら言った。


「うーん、いいね! 顎をちょっと引いて、目線はこっちで。そうそう、上目遣いで。うん、バッチリ! じゃあ次はグッと背伸びしてみようか」

「こ、こうッスか?」

「いいね! いいね! 流し目で、こっちを小馬鹿にする感じで。そう! それじゃ、腕組みしてみて」

「こんな感じッスか?」

「良いよ〜、そのままちょっと前かがみになってみようか。……そうそう! じゃあ次はちょっと水着を緩めてみようか!」

「は、はい……ってするわけないでしょ! 何をやらせるんスか!」


 ……チッ、ここまでか。俺は内心で舌打ちをすると、写真を消せとか言われる前にさりげなくスマホをしまった。


「セクハラ! これはもう完全にセクハラですよ!」


 眉を吊り上げて憤慨するアンナ。……ノリノリだったくせに。


「マロ、凄いね。モデルの少女をだましてエッチな写真を撮るカメラマンみたいだったよ」

「というか、アンナもちょっとチョロ過ぎるだろう。友人として将来が心配になったぞ……」


 師匠と織部が感心と呆れが混じったような表情で言う。


「小夜は、そのTシャツを脱がないのか?」

「今の流れを見て脱ぐと思うか……?」


 チッ、先に脱がせてからにすべきだったか。まあ良い。この先いくらでもチャンスはあるだろう。

 話題を逸らすためにも、そろそろ本題へと入ることにする。


「それで、これからどうするんだ?」


 俺の問いかけにアンナは顎に手を当て。


「……そうですね、今日は初日ということで、みんな公平に一位を目指して勝負してみましょうか。条件を色々変えてやるのは二周目からで良いでしょう。……せっかくなんで賞品とか決めてみますか?」

「ほう、例えば?」

「うーん、そうですね。一位が最下位に一つ命令できる、とかどうッスか?」


 ニヤリと笑うアンナ。俺は勢いよく挙手した。


「はい、質問です!」

「……なんスか、改まって」

「その命令はエッチなのもアリなのですか?」


 俺の質問にアンナは顔を真っ赤にして吠える。


「アリなわけないでしょ! 女子にメリットがないじゃないッスか! ねえ、小夜?」

「……………………………」

「……………小夜?」

「……えっ? ああ、そう、だな」


 織部は少しだけ頬を赤らめ、頷いた。


「……と、というわけで! 罰ゲームはエッチなのは無しってことで! これは部長命令ッス!」

「了解。でも、罰ゲーム有りとなると、審判が欲しくなるな。それにチェックポイントとか、星とかはどうするんだ?」


 もしアンナがチェックポイントを決めるとなると彼女だけ有利すぎる。

 それは彼女もわかっていたのか、思い悩む顔をする。

 これは自分が審判をやるべきだが、レースにも参加したいという顔だな。

 それを見た師匠が言った。


「そういうことなら僕が審判をやるよ。三ツ星しか出られない大会ならそもそも僕は無理だしね」

「すいません、神無月先輩お願いしても良いッスか?」

「うん」


 こうして師匠が審判をやることが決まった。

 審判の仕事は、各チェックポイントやそのヒントを決めることと、部員同士が遭遇した時の賭けの裁定などだ。


「星についてはどうする? 罰ゲームは一位と最下位にしか関係ないんだろ? 飴に意味がないとすれば単純に速さを競う勝負になっちまうんじゃねぇか?」

「星の代わりは飴玉で良いとして、上手く罰ゲームと絡めるのが思いつかないッスね……」

「先にある程度の罰ゲームのリストを作って、一位と最下位の飴の差額でリスト内から選べるってことで良いのではないか? もし最下位が一位を上回っていたら罰ゲームも無しということで」

「そういうことならみんながレース中に罰ゲームを考えておくよ」


 う、師匠が考えた罰ゲームか……ちょっと怖いな。


「遭遇の判定については?」

「それについてはルールリストを見ていた時に思ったのだが、10メートルで遭遇というのはカードの索敵範囲を考えれば近すぎる。これはほぼ確実に相手を見つけて接近していると考えて良い距離だ。だから互いに目視して声を掛けたら、で良いんじゃないか?」

「なるほど。星の賭け方については……同時に宣言して結果を師匠に連絡で良いか」

「闘争(とうそう)と逃走(とうそう)ではややこしいですし、デュエルとエスケープにしますか」


 ああ……確かに、と頷く。

 ということは本番のレースでは専用の魔道具かなんかを選手に配って、入力式にしそうだな。それなら後だしとかそう言うので揉めることもないだろうし。

 でもそうなるとグレムリンなんかが怖いが、そこらへんの対策はしてるんだろうか?


「その他、細かいルールは、まあ見つけ次第審判に連絡して、審判から全体にバッヂで通信してください。もしかしたらそれで新しい穴が見つかるかもですし」

「うん、わかった」

「ああ、それと、夜七時になったらそこでレースは中断で。みんなでご飯にして、一緒にキャンプしましょう」

「へえ、てっきり各自で済ますのかと思ってた」


 と俺が意外に思いつつ言うと。


「何言ってるんスか! それじゃいつもの迷宮攻略と変わらないでしょ! せっかくなんだから合宿っぽいことしないと! ……まあ最終日とかは他の冒険者の妨害とかを再現するために先輩だけ一人で寝泊まりしてもらいますけどね」

「俺だけかよ……まあ仕方ないけど」

「というわけで、朝と晩と寝る時は一緒ということで! レースの範囲も全階層だと広すぎますし、初日は十階層までとしましょう。タイムリミットは夕食まで。明日は、十一階層から二十階層まで。それからは二十一階から最下層までを範囲としましょう。これなら一日以内に模擬レースができるでしょう」


 なるほど、確かに全階層だと模擬レースの回数も二、三回が限界となるか。十階層ごとに区切るのが一番良いかもしれない。


「審判、チェックポイントは決まりましたか?」

「うん、出来たよ。適当だけどね。何度かやれば、運営が選びそうなところを予測できるかもね。こういうのはパターンができるものだし」

「確かに、階段の付近にはあまり置かないだろうしな」


 師匠の言葉に織部が頷く。……プロファイリングが得意な織部なら、チェックポイントやヒントの場所を予め予想できるかもしれない。


「さて、それじゃあ誰からスタートするかジャンケンで決めるとしましょうか」


 そうして三回勝負の厳正なるジャンケンの結果、アンナ、織部、俺の順で一分毎の差をつけてスタートすることとなった。


「では、お先に失礼します!」

「先に行かせてもらおう」


 アンナと織部を見送り、一分後、俺も海中の通路へと入る。

 海辺型の迷宮は、その通路が深海へと続く海中トンネルとなっている。

 不思議なことに、その次の階層の入り口は、また砂浜と空のある安全地帯へと繋がっていて、砂浜の安全地帯と海中トンネルを交互に行き来する形となっていた。

 海中トンネルは、一見天然の水族館のようで面白いが、いつ水の壁の中からモンスターが飛び出してくるかわからないため気が抜けない仕様となっている。

 また、地面には常に膝下まで波のある水がたまっているため、水中対策が必須となっていた。

 もしもこれを怠るとかつての水虎との戦いのように動くだけで体力の消耗を余儀なくされることだろう。

 今回はカードたちにはマーメイドの水着があることだし、俺も空飛ぶ絨毯に乗るため、移動は問題ない。

 できればコシュタ・バワーに乗れたらそれが一番良かったのだが、まあ水場では使えない以上仕方がないだろう。


「さて、まずはヒントのある場所に行かないとな」


 スマホのマップアプリを起動し、師匠がマーカーしてくれたヒントポイントの場所を確認する。

 ルールブックによればヒントの場所はわかるようになっているとのことだったので、マップ上にポイントをマーカーし、そこに俺たちが到着したところで師匠が通信でヒントを教えてくれることになっていた。

 だが、問題はそのヒントポイントにはアンナや織部も向かっているということだ。

 彼女たちが向かう可能性が高いのは、入口付近と出口付近のヒントポイント。

 最初からバチバチやり合うのは避けたい。誰かが戦っているうちに他の一人が先に進んでしまうのはあまりに痛い。 

 これは、本番のレースにも通じることだろう。

 俺は多少遠回りになるものの、彼女たちが来なさそうなポイントへと向かうことにした。


 ————しかし。


「やはり来たな、先輩」


 そこにはすでに織部が待ち受けていた。

 ヒントポイントである小広場の真ん中で仁王立ちとなって不敵な笑みを浮かべている。

 やはり、か……。予想通りの光景に、俺は内心で頷いた。

 ユウキの索敵により彼女がそこで待ち受けているのはだいぶ前からわかっていた。

 回避することも可能だったが、わざわざこうして接触した理由は一つ。


 ——もしかしたらここまでの道中でTシャツが濡れて中の水着が透けてんじゃね?


 そう思ったからだ。

 そして、俺は彼女の姿を見て予想が正しかったことを知った。

 海水に濡れた白Tシャツは、彼女の肌へとぴったりと張り付き、その赤いビキニや体のラインを露わとしていた。

 残念ながらその胸元は、着痩せすることはなく慎ましやかであったが、くびれや腰から太もものラインは素晴らしいモノがあった。

 うむ、やはり回避せずに接触を選んでよかった、と思いつつ俺は彼女へと話しかけた。


「小夜か」

「ふふ、まずはカードを仕舞って話そうではないか」


 …………?

 俺はやや怪訝に思いつつも、彼女が一枚のカードも召喚していないのを見て、特に断る理由もないか、と一度すべてのカードを送還した。


「良く俺がここへ来るとわかったな」

「先輩は普段、リスクを回避する傾向がある。ファミレスでも新しいメニューではなく、一度食べたことのある美味しかったものを何度も頼んだりな。危機的状況ではその傾向が一気に反転したりもするが……こうして安全なゲームでは非常に読みやすい」

「なるほど……それで、一体なんの用事だ? わざわざこうして待ち伏せまでして」

「いや、単純な用事だよ。シンプルに……先輩と戦ってみたかっただけだ」


 それだけ? 俺は眉を顰めた。織部のヤツ、最初からレースを捨ててるのか?


「アンナも神無月先輩も、実際に先輩と戦い、その強さを肌で感じている。それを我も味わってみたくなったのだ」


 なるほど……。

 俺は深く頷くと、言った。


「そういうことなら、受けて立とう」


 実のところ、俺も織部の戦い方には興味があった。

 母山羊との戦いでヨモツシコメを使うのは見たが、あの時は土蜘蛛もロストしており、万全の状態ではなかった。

 彼女も五億の金でカードを更新しているだろうし、その実力は全くの未知数。

 いったい、この切れ者の後輩がどのような戦い方をするのか……自然と胸が高鳴った。


「そうこなくては……失望していたところだ!」


 俺の戦意に満ちた視線に、織部は牙を剥いて凶悪に笑うのだった。



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