第9話 合宿一日目②
「アンナに一人勝ちさせるのも面白くない。ここは互いに飴一つを賭けるとしよう」
いざカードを召喚しようとしたところで、機先を制するように織部がそう言った。
そう言えば、先に飴を賭けてから戦うんだったな……、とルールを思い出す。
うっかりしてた。確かに、ここで全部賭けたところで喜ぶのアンナだけか……。
俺は頷くと、バッヂの通信機能を使って師匠へとデュエルの選択と、飴一つを賭けることを伝えた。
すると……。
『マロ、飴一つベット。織部さん、飴三つベット。マロはカード三枚、織部さんは四枚召喚してください』
「んな!?」
愕然として織部を見ると、彼女は意地悪そうにクツクツと笑った。
「おいおい、これは模擬レースだぞ? いくら可愛い後輩相手とはいえ、当然こういうことも警戒しないとな」
クソ〜やられた。だが、織部の言う通りだ。こういうことを本番にされないように気を付けるための模擬レースなわけだからな。
……まあ、それでもしてやられた感は否めないわけだが。
「ま、これはあくまでこういうこともあると先輩に教えたかっただけだ。先輩の実力を知りたいのは本当だ。我も三枚で戦うよ。それと、なぜ我が二つではなく三つ賭けたのか、あとでちゃんと考えておくように」
俺の顰めっ面を見た織部はそう言うと三枚のカードを召喚した。
一枚は、俺も持つデュラハン。プロクラスでは必須と言えるカードであり、ホラー映画をこよなく愛する彼女が手持ちに加えるとしたら極めて自然なカードだ。
二枚目は、和服を身に纏った妙齢の白髪の美女だ。これは一体何のカードだろうか? 雪女……にしては雰囲気が婀娜っぽい。和服をはだけて豊満な胸元の谷間を露出する様は、江戸時代当たりの夜鷹を連想させる。
俺が二枚目のカードをジロジロと観察していると、彼女がニコリとこちらへとほほ笑んできた。
「お久しゅうございますな、北川殿」
「ん? ……まさか、土蜘蛛か!?」
その古風な喋り方と久しぶりという発言に、相手の正体を察した俺は、思わず驚愕の声を上げた。
「そうか、女郎蜘蛛にランクアップさせたのか!」
「正解だ。さすが、女の子カードには詳しいな」
それ、もしかして皮肉ですか……?
しかし……あの不気味な土蜘蛛が、ランクアップでここまで変わるとは……。
まあ、今の姿は男を誘うための擬態みたいなもんだろうが。
そんなことを考えながら最後のカードへと目を向ける。
三枚目のカードは、また織部らしいカードだった。
人型の黒い靄……おそらくは雨雲に絡みつくように纏わりつく八ツの雷。
「火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)か。こっちはもしかして黄泉醜女(ヨモツシコメ)のランクアップか?」
「またまた正解だ」
しかし、女郎蜘蛛と火雷大神とはね……。
俺もその詳細をよく知るわけではないが、両方とも眷属召喚スキルを持つ強力なカードだ。
……こりゃちょっとキツイかもな。織部は増殖パーティーを好むのか。
特に火雷大神は強力な雷のスキルを操る、Cランクでも最強レベルのカード。その価格は女の子カードでもないのに一億近いと言えば、その強さも伝わるだろう。
デュラハンで防御を固められつつ、延々と眷属召喚され続けたら相当厳しいことになるだろう。
これを打ち崩すには、無理やり速攻で決めるか……こちらも眷属召喚で対抗するかだ。
思案の末に俺が召喚したカードは、イライザと蓮華、……そしてアテナだった。
それを見た織部の顔が驚愕に歪む。
「あ、アテ……ナ!? 一体、どうやって……!?」
「へへ、実は……ギルドのパックで当たったんだよね」
「まさか、あの1パック1千万の狂ったパックですか? 一体いくら買ったんですか?」
「え、えへへ……よ、四億」
それを聞いた織部はクラリと立ち眩みを起こしたように上体を揺らし。
「先輩……さすがに、ちょっと、引きます……」
「………………………………」
「しかし、そうですか、ギルドのパックで。それでこのタイミングで出してくるとは……。それにその姿……なるほど」
う、なんかすでにアテナがろくにスキルを使えないことがバレてそうな予感。
これ以上考察の時間を与えるのはマズイな。
「アテナ、ニケを召喚してくれ」
「うっ……せ、戦闘ですか……」
俺の言葉に、傍目にも狼狽えて織部のカードと俺の顔を交互に見るアテナ。そんな彼女に、俺は優しく語りかける。
「……アテナは戦わなくて良い。ニケを召喚してくれるだけで大丈夫だ」
「わ、わかっています! 別に臆していたわけではありません! 歌麿よ、やるからにはこのアテナに勝利を捧げるのです! 良いですね!?」
俺の言葉が戦の女神としてのプライドを傷つけてしまったのか、顔を真っ赤にしつつも彼女はニケを召喚してくれた。
こちらがニケを召喚するのを見て、織部も素早く動き出す。デュラハンを身に纏い、大きく距離を取ると、女郎蜘蛛と火雷大神に眷属の召喚を命じた。
女郎蜘蛛が全長5メートル近い巨大な蜘蛛へと姿を変え、十数体の子蜘蛛を産み落とすと、それは瞬く間に二倍三倍と膨れ上がり、3メートル近い大蜘蛛へと成長していく。
一方の火雷大神が呼び出したのは、五体のヨモツシコメだった。呼び出されたヨモツシコメたちは、さらにそれぞれが十数体の黄泉軍を召喚していく。
瞬く間に、小広場には大蜘蛛と死霊武者の軍勢が姿を現した。
対するこちらが召喚するのは、英霊たちによる戦車隊だ。一度に呼び出される数は四体と少ないものの、おそらく戦闘力百数十程度と思われる大蜘蛛と黄泉軍よりも一体一体の質は高い。
アンデッド軍と、戦車隊がぶつかり合う。両軍の後方からは、各カードたちの魔法砲撃や支援が飛び交い、戦闘というよりももはや戦争の体を成してきた。
戦車隊が、縦横無尽に戦場を駆けまわり一方的に敵を屠っていく。だがアンデッド軍は空いた穴を一瞬で埋め、その数がまるで減っているようには見えない。
しかし、いくら無限に増えられると言っても空間には限りがある。そうなれば物を言うのは質の差だ。
爆発的な速度で増殖していくアンデッド軍に対し、こちらは数こそ少ないモノの敵にやられるペースが遅い。
反撃の機会は、空間内の敵戦力が飽和状態となった時だ。そこから蓮華たちの火力も高めて徐々に敵を削り、こちらの戦車隊の比重を増やしていく。
そこまでいけば、もはや俺の勝ちも同然だが……。
「……ふむ、頃合いか」
そんな俺の目論見を、織部が黙って見過ごすわけがなかった。
突然、彼女のいた辺りから黒い蒸気の柱が立ち上り、あっという間に巨大な雨雲が俺たちの上空を覆った。雨雲には無数の雷が走り、不吉な胎動を轟かせている。
これは……! と彼女の方を注視すると、火雷大神の姿が見えない。
だとすると、これは……! マズイ! 下は水場だ! やられる!
俺は咄嗟に蓮華に上空に引っ張り上げてもらいつつ、カードたちにプロテクションのマジックカードを使った。
同時に、空から雷の雨が降り注ぐ————ただし、敵に、だが。
「な、に……?」
落雷後の特有の臭いが鼻を衝く中、何が起こったのかわからず、思わず呟く。
俺にも、カードたちにも海水を通じて何の電撃も来ていない。
代わりに、雷撃を受けた黄泉軍たちは、その体を黒く焼け焦げさせつつも、身体に電流を纏わりつかせている。
自爆……? いや、そんな筈はない。そんな無駄なことを織部がするわけがない。
それを証明するかのように、痛みを知らぬ武者たちが落雷のダメージなど知らぬとでも言うように戦車たちへと切りかかる。
速い……! まるで彼ら自身が雷になったかのような速さ。
さらには、黄泉軍と接触した戦車隊には激しい感電が起こり、落雷を受けたような大ダメージを負っていた。それが二体、三体と続き、屈強な戦車隊たちが急速に数を減らしていく。
「これは……! 黄泉軍を雷の爆弾に変えるスキルか!」
特攻を終えた黄泉軍は役目を終えたとばかりに土へと還っていくが、元々あちらは雑兵。こちらの戦車隊と違い大した痛手ではない。
数の暴力をさらに自爆という方法で質の底上げをしてくる戦法。織部のヤツ、殺意が高すぎるだろ……!
『聞こえるか、先輩』
その時、バッヂ越しに織部の声が聞こえて来た。
思わず耳を傾けてしまう。
『火雷大神の八ツの雷は、それぞれ雷が起こす現象を司っている。
大雷神は雷の強烈な威力を、火雷神は雷が起こす炎を、黒雷神は雨雲の暗さを、咲雷神は雷が大木を引き裂く姿を、若雷神は落雷の後の地上の恵みを、土雷神は雷が地上に戻る姿を、鳴雷神は鳴り響く雷鳴を、伏雷神は雨雲に雷が隠れる様を。
火雷大神のスキル、八雷神のスキルはこれらを再現したものだ。さあ、どれがどの雷神の能力かわかったかな?』
『……最初の雨雲は、黒雷神。
黄泉軍に電流が纏わりついたのは、伏雷神。
雷のような速さは、鳴雷神。
黄泉軍が触れた戦車隊に激しい感電が起こったのは、咲雷神。
その威力は、大雷神と火雷神。
特攻を終えた黄泉軍が土へと還ったのは、若雷神と土雷神辺りで、スキルのデメリットってところか』
『ふふ、概ね正解だ。少し補足すると、使用後に土へと還ってしまうのはスキルの反動ではあるが、デメリットではない。土に還った後、火雷大神を若雷神で癒すという効果があるのだよ』
なるほど、無限に増える眷属を爆弾に変え、自己回復も図れるというサイクルなわけか。エコというかなんというか……反則的な強さだな。
『この八雷神の面白いところはだな、実は補助スキルではなく、呪いスキルということだ。まず眷属を呪い、さらにその呪いを敵に移すという流れなわけだな。……ところで、先輩は土蜘蛛のスキルについてはご存知かな?』
土蜘蛛のスキル? 知らないな……。特に強いカードでも無いし、自分で使う予定もなかったから。
俺が答えられずにいると、織部はちょっと不機嫌そうな声で答えを教えてくれた。
『……どうやら可愛い後輩の手持ちのスキルも知らないようだから教えてやろう。土蜘蛛のメインスキルは、毒を食らわば皿まで。周囲の呪いを自身に集め、凝縮するスキルだ。ふふふ、上手いことランクアップの時引き継ぐことができてな』
……まさか!
俺は遠くに立つ元土蜘蛛の女郎蜘蛛を睨んだ。彼女の周囲には黒い靄が纏わりつき、不気味な髑髏を描いている。
『このスキルは強力なのだが、時間が掛かってな。時間稼ぎの雑談に付き合ってくれて、礼を言う』
『……………………』
『さて、戦車隊ももう一つも残っていない。こちらの自爆部隊はまだ半分ほど残っている。ここまで高めた呪いスキルを打ち込めば先輩のカードもタダでは済まない。——チェックメイトだ』
降伏勧告する織部に、俺は……。
『ふ、ふふふ……』
『……何がおかしい?』
突然笑いだす俺に怪訝そうな声を出す織部。
『いや、まさか、小夜“も”時間稼ぎしてたなんて。俺たちは互いに相手を間抜けだと思いながら話してたのかと思ったらちょっとおかしくなってな。「——チェックメイトだ」』
『なにッ!?』
最後の宣言は、バッヂ越しではなく、蓮華越しに彼女の背後から語り掛けてやる。
驚愕と共に背後へと振り返った織部は、吉祥天へと霊格再帰した蓮華を見ると、こちらへと振り返り俺の隣に立つ蓮華を凝視する。
すると、こちらの蓮華は……ついでにイライザも霞のように姿を消し、赤髪の女鬼が入れ替わるように姿を現した。
「ふぃ〜……さすがに同時に二人に化けるのは疲れるなぁ」
ふぅ〜と大きく息を吐いた鈴鹿がそう言って俺にしな垂れかかってくる。
そんな彼女を見た織部がチッと舌打ちをする。
『……なるほど、最初から騙されていたのか。これは一杯食わされた』
『吉祥天となった蓮華の一撃なら、デュラハンの防御もぶち抜いてマスターに大ダメージを与える。降伏しろ』
『ふむ……仕方ない。諦めるざるを得ない、か。————正攻法で勝つのをな』
『なに?』
俺が首を傾げるのと、背中を軽い衝撃が襲うのは同時だった。バッヂの防御用の魔道具すら発動しないレベルの軽い攻撃。しかし、それは確かに俺に対するダイレクトアタックだった。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには黒い靄が、Eランクモンスターのナイトメアがいた。
『ほぼノーダメージだが、これもダイレクトアタック。我の勝ちだな』
『な……四体目!? 反則……じゃない、のか。クソッ! やられた!』
『ふふ、そう、ルール違反ではない。我は四枚まで召喚して良いのだからな。尤も召喚していたのは、先輩がここに足を踏み入れる前からだが』
『完全にやられたよ……。最初から俺は負けてたというわけか』
『ま、こういうこともあるかもしれないということだ。本番でどういうルールとなるかはわからないが、まずカードを一度すべて送還してからよーいドンで召喚とはならないはずだ。なぜならモンスターとの戦闘中の乱入がセーフなのだからな。おそらく、賭けの結果に応じて召喚しているカードを送還する流れとなるはず。となればこのように最初からカードか眷属を忍ばせてくる者も出るはずだ。そしてそれはカードの召喚数の範囲なら反則とはならない』
『勉強になったよ……』
『こちらこそ、あそこまで追い詰めて逆転されるとは思わなかった。ま、ルール上の勝者は我だがな。一時間、ここで待機してくれ』
そう言うとニヤリと笑うと、織部はその場を立ち去っていった。
それを見送り、俺はドプンと海水へと身をゆだねた。
「はぁ〜、負けた! 負けた!」
プカプカと浮かびながら悔しさを吐き出す。
冷たい海水が熱くなった頭と心を心地よく冷やしてくれる。
……ちょっとここのところ連勝続きだから慢心してたな。
織部との勝負も、最後に一矢報いることができたが、内容は完全に負けていた。
この分だとアンナのヤツも一回り強くなってそうだな。
この合宿、思ったよりも手に入るモノが多いかもしれない。
そして一時間のロスをした俺は当然のようにレースでも最下位となったのであった。
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