第24話 カーストトップ≠リア充




 朝。教室の扉を開けると、多くの視線が集まるのを感じた。

 おはよう、その言葉を言う前に、多くの言葉が掛けられる。


「おお! 北川おはよう!」

「おはよ、田中」

「おはよ! あはは、寝ぐせついてるよ!」

「マジか、後で治すわ、サンクス佐藤」


 自分の席に向かうまでの間に、次から次へと挨拶の声をかけられる。

 それに一つ一つ返事をしていると、東野と西田の視線を感じた。

 人気者は大変だな、と二人の眼が語り掛けてくる。思わず苦笑した。

 ようやく自分の席に着き、鞄を降ろす。

 新学期に入って席替えが行われた結果、俺の席はクラスの中心近くになってしまった。

 教師の目に入りやすく、ろくに居眠りもスマホ弄りもできない位置だが、少しだけ良いところもある。


「おはよ、マロっち」


 例えば、四之宮さんが隣なところとかだ。


「お、おはよ、北川君」


 四之宮さんと話していた牛倉さんが、少しだけ気恥ずかしそうに挨拶をしてくれる。

 俺も若干気まずい想いをしつつ、それを隠して笑みを浮かべた。


「おはよう、四之宮さん、牛倉さん」

「おう、師匠、今日はちょっと遅かったやん。なんや、夜遅くまで変な動画見てたんか?」


 怪しい似非関西弁で馴れ馴れしく話しかけてきたのは、小太りの男……小野だった。


「見てねぇよ。つか誰が師匠だ」


 俺は顔を顰めてこの一週間言い続けたセリフを言った。

 新学期になった途端、小野は俺を師匠と呼び気安く話しかけてくるようになった。

 俺の試合を見て感動したとのことだが、それが建前であるのは一目でわかった。

 最初、そう呼ばれた時は思わずポカンとしてしまったほどだ。なんという面の皮の厚さだと。

 だが、容姿に優れているわけでもなく、勉学運動に秀でているわけでもない小野が、今もこうしてクラスカースト上位に居続けられるのはこの抜け目のなさ故になのかもしれない。

 実際、自分側につけてみれば小野はなかなかに使える奴ではあった。

 俺がこうして平穏に学校生活を送れている裏には、急激に成り上がった俺に対する妬み嫉みを小野が誘導しコントロールしてくれているという背景があった。

 つまり、この男は決して友人ではないが、ビジネスライクな関係を構築できる程度には仲間ではあった。


「うひぃ、ギリギリ間に合った! おう、みんなおはよう」


 高橋が、冬だというのにうっすらと汗を掻きながら教室へと滑り込んでくる。

 今日も、野球部の朝練が忙しかったのだろう。

 同じグループになってわかったことだが、野球部のエースという奴は並大抵の努力じゃあなれない存在のようだった。

 朝も放課後も、時には休日ですら野球漬けの毎日。華やかに見えたのは、精々休み時間くらいで、あとは汗と泥にまみれた生活を送っている。

 それが、光り輝いて見えた野球部の天才エース高橋の等身大の姿だった。

 高橋が、ニカリと爽やかな笑みを向けてくる。


「おう、マロ。昨日のTV見たぜ。天才高校生冒険者が、新たなカードの可能性を発見! だってよ」

「ちょ、やめてくれよ」


 俺はその言葉にカッと頬が熱くなるのを感じた。

 最近、どのニュース番組を見ても俺の試合のシーンが一度は流れるのだ。

 アムリタを飲ませる前の俺と蓮華のやり取りから蓮華が変身するまでが何度も何度もTVで流され、俺はそれを見るたびに憤死するかと思うくらいの羞恥心を毎日味わっていた。


「あはは、そう言うなよ。あの試合、マジで感動したんだぜ? なんつーの、本当の冒険者とカードの絆って奴?」


 高橋がそう言うと、四之宮さんまでもが俺を揶揄ってきた。チェシャ猫のような笑みを浮かべて言う。


「そうそう、恥ずかしがることないって。知ってる? 今、アマチュアの冒険者の中でカードに名付けするのが流行ってるんだってさ」

「私も蓮華ちゃんのファンになっちゃった。今、北川君のTwitter、凄い勢いでフォロワー増えてるんでしょ? 蓮華ちゃんとメアちゃんのやり取り、私も好きだな」


 牛倉さんが言う様に、俺のフォロワー数は凄まじい勢いで伸びつつあった。

 あの試合が放送されてから、わずか一週間で三万近く増えている。

 そしてそのお目当ては、大体が蓮華だった。

 過去のお菓子レビューも掘り起こされ、軽くバズってすらいた。


「ま、これも有名税の一種って奴やな」


 ポンと俺の肩を叩く小野の顔は、可笑しくてたまらないというようなニヤニヤ笑いであった。

 この野郎、と睨みつけていると、担任が扉を開けて入ってきた。


「おう、お前ら席に着けー、朝のHRの時間だぞ」


 生徒たちが慌てて席に戻り始める。

 一気に慌ただしくなった教室に、俺は何となく周囲を見渡した。

 何の変哲もない朝の風景。

 その中に、南山の姿はなかった。





 大会が終わって、俺を取り巻く環境はがらりと変わった。

 それは、大会の優勝によるもの……ではなく。

 あの戦いの中で見せた蓮華の変身にあった。

 まず、現在の蓮華のステータスをお見せしよう。


【種族】座敷童(蓮華)

【戦闘力】650(240UP!)

【先天技能】

 ・禍福は糾える縄の如し

 ・かくれんぼ

 ・初等回復魔法→中等回復魔法(CHANGE!)

【後天技能】

 ・零落せし存在→霊格再帰(CHANGE!):一時的に上位ランクにランクアップできる。一度使用すれば一日から数日のインターバルが必要となる。戦闘力が100上昇する。

 ・自由奔放

 ・初等攻撃魔法→中等攻撃魔法(CHANGE!)

 ・詠唱短縮(NEW!):魔法系スキルの工程を省くことが出来る。熟練度により効果上昇。

 ・魔力回復(NEW!):魔力の回復速度が上がる。

 ・友情連携

 ・初等状態異常魔法




 ————霊格再帰。


 それが、蓮華の目覚めた力の正体だった。

 一時的とはいえ、上位のモンスターを用意せずともランクアップできるという事実は、世界に衝撃を与えた。

 迷宮が現れ、カードの使用方法が判明し二十年。ここ最近は新たな使用方法が発見されることもなく、カードの可能性はおおよそ暴き切ったと思われていたところに、このニュースだ。

 しかもそれはTVによって全国放送されたのだ。

 すぐさまニュースの取材が俺に来たし、国の研究機関が俺にコンタクトを取ってきた。他国の記者からも取材を受けた。

 今の世界が、どれほど迷宮とカードによって回っているのかを、実感させられる日々だった。

 俺が冒険者になってからあの大会までの経緯を何度も何度も説明させられ、それもTVに流された。

 そうして世界中で、カードの再研究が行われた結果、霊格再帰の詳細が徐々に明らかになっていった。

 まず、霊格再帰を得ることが出来るカードは零落せし存在のスキルを持つカードだけだということ。

 次に、霊格再帰の覚醒にはそれぞれのカードによって異なったアイテムが必要になるということ。

 最後に、覚醒にはカードの好意と名付けが必要だということ。


 特に最後の条件が、霊格再帰の発見が今まで遅れた最大の理由であった。

 各国にはカードの研究を専門に行っている機関が数多く存在する。

 その中には当然、零落スキルを持つカードに、アムリタのような高価なアイテムを与える実験を行っている場所もあっただろう。

 そのカードに関係しそうなものならなんでも与えたところもあったに違いない。

 だが、その中にカードに愛情をかけて名付けを行ったところは一つもなかった。

 実験の一環として名付けを行ったところは当然あっただろうが、モルモットに愛情を持つ研究者や、実験動物とされて好意を抱くカードは存在しない。

 一般人の中には、零落スキルを持つカードに愛情をかけて名付けを行った者もいただろう。だがそういった者たちは逆に高額なアイテムを実験的に与えると言った資金がない。

 俺が偶然発見できたのは、それがアムリタという回復アイテムであったことが大きい。

 それにしたって、普通の人は一度ロストさせてからまた座敷童を買って復活させる方法を選ぶだろう。

 つまり、霊格再帰のスキルは損得計算が出来ない愚か者だけが見つけ出せるものだったのだ。

 これじゃあ、頭の良い学者たちがいくら集まっても見つからないわけである。


 多くの零落スキルを持つカードを愛用している冒険者たちが集められた結果、実験は多くの成果を生んだ。

 その中で特に大きいとされたのは、Bランクカードの覚醒である。

 リリムが“創世の土”でリリスへと、ハヌマーンが“緊箍児”にて斉天大聖へと、護法童子が“神便鬼毒酒”で酒呑童子へと覚醒した。

 これは、冒険者業界では天地がひっくり返る様な衝撃であった。

 なぜならば、現在Aランクカードは世界で数枚しか確認されておらず、そのすべてが国に管理されていたからだ。

 つまり、一般の冒険者が手に入れられる限界がBランクカードであり、そこにようやく一時的とはいえAランクカードが加わったのである。

 加えて、これらの実験により用途不明とされていたアイテムの使い道が判明したこともカードの研究を大きく加速させた。

 創世の土や緊箍児などは、それまで高ランク迷宮で時折出現するがいまいち使い道のわからないアイテムとして研究所の片隅に転がっていたものだったからだ。

 これまでは用途不明としてはした金で売られていたアイテムが再評価され、この数週間大きく市場が揺れ動いたと聞く。

 霊格再帰を持つカードたちは、ランク以上の力を持つカードとしてアドヴァンテージカードと呼ばれるようになった。表記としてはC+、B+となる。


 とは言え、多くの冒険者たちはこのアドヴァンテージカードに冷めた目を送っていた。

 霊格再帰のスキルはあくまで一時的なもの。

 C+ランクカードと、Bランクカードを比べると後者の方が当然優れているように見える。

 霊格再帰を得るにはアムリタのような高額アイテムが必要なこともあり、それなら高額アイテムを売ってBランクカードを買った方が良いのでは? というのが多くの冒険者の見方だった。

 だが、トップクラスの冒険者たちの意見は違った。アドヴァンテージカードの本来のランクは変わらないという点に目を付けたのだ。

 すなわち、ロストした際の復活に掛かるコストの低さである。

 高ランク迷宮の最前線では、Cランクカードなど使い捨て、Bランクカードでも低くない確率でロストするという魔境と化しているらしい。

 Cランクはともかく、Bランクカードをロストすればトップクラスの冒険者でも大きな痛手だ。

 その点、アドヴァンテージカードならばコストは大きく下がる。

 主力とはなりえないが、戦場に欠かすことのできないカード。それがトップクラスのアドヴァンテージカードに対する評価であった。

 こうしてアドヴァンテージカードは、賛否両論ありつつも大きな反響をもって人々に受け入れられ。

 俺はそれをわずかなキャリアで発見した新進気鋭の冒険者として広く知られるようになった。


 当然、学校の奴らの俺を見る眼も変わった。

 今では、俺は校内においてちょっとした有名人である。

 朝、教室の扉をあければみんなが向こうから挨拶をしてくれる。

 四之宮さんらリア充グループと普通に話すようになり、東西コンビとの友情もそのままだ。

 人生で初めてラブレター……というかファンレターのようなものも貰ったりもした。

 俺は誰もが認めるスクールカーストのトップとなり、……そして南山は転校した。


 新学期になると、すでにアイツの姿はなく、担任から淡々と転校したことを連絡された。

 それに対するクラスのみんなの反応は淡白なもので、あいつを惜しむ声や陰口すらも聞こえてこなかった。

 まるで、初めからあいつがいなかったかのように振る舞うクラスメイト達をみて、俺は複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

 それは東西コンビも同じようで、俺たちは意図的にアイツの話題を避け続けている。

 あの日、なぜ南山はあそこまで俺を憎み、殺そうとしてきたのか。

 大会が終わってから考えてみて、一つの答えが出た。

 南山は、俺が冒険者となって自分を蹴落とそうとしていると思ったのではないだろうか。

 せっかく冒険者になってリア充グループに入れたのに、小野や俺が冒険者となってアイツは内心焦りを感じていたに違いない。

 それでも小野に関しては元々リア充グループだったから……と自分を納得させていたのかもしれないが、俺については完全に許容できなかったのだろう。

 考えてみれば、俺が冒険者の肩書でリア充グループに入れば、南山の居場所は無くなる。

 そうなればどうなるか。リア充グループではなくなり、俺や東西コンビといった元々のグループに戻ることもできず、他に親しい友人もいなかったアイツは孤立したに違いない。

 一気に、クラスカースト底辺に都落ちだ。

 一心不乱に成り上がりを目指していた時は、そんなことにも思い至らなかった。

 かつて一方的に切り捨てた友人が、自分に仕返しに来た、そう南山が考えても不思議ではない。

 結果、アイツは大会に出るという形で俺の排除に動いた。

 ……その結末は、知っての通りだ。

 南山のやらかしたことはTVには放送されていない。あの日観覧に来ていたお客たちも、試合の様子を撮ることは番組側から禁止されていたため、SNSなどでも奴の醜態は流れていない。

 つまり、このクラスに奴の起こした事件を知る者はいないということだ。

 にもかかわらず南山は転校と言う道を選び、クラスメイト達も初めからいなかったようにふるまっている。

 結局のところそれが、俺が絶対のものと信じていたクラスカーストの実態という奴なのだろう。

 それに落胆も失望もないのは……自分でも少しだけ不思議だった。





『マロのターン。ドロー! マロは魔石を8使用し、座敷童を召喚した。座敷童の【禍福は糾える縄の如し】! プレイヤーは、魔石を2使用することで敵の攻撃を一度無効化するか、回避状態の敵に確実に攻撃を当てることができる!』

『イーストフィールドのターン! ドロー! リリスの特殊効果発動! このカードは毎ターン、魔石を一個消費することでリリムを一体呼び出すことが出来る! 魔石を使用し、リリムJを召喚! リリスの攻撃! 【禍福は糾える縄の如し】! 無効化されました。リリムAの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムBの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムCの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムDの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムEの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムFの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ。リリムGの攻撃! マロに1のダイレクトダメージ』

『マロのHPが0になりました。イーストフィールドの勝利です』



「ファァァァッッック!!!」


 俺は画面に表示された『YOU LOSE』の文字に吠えた。


 ——土曜日の休日。


 俺は東西コンビと久しぶりにゲームセンターへとやってきていた。俺たちがゲーセンに来た時もっぱら遊ぶのは、冒険者をモデルとしたアーケードゲーム『カードマスター』だ。

 本職の腕を見せてやるぜと意気込んで対戦を挑んだ俺だったが、先ほどからフルボッコにされていた。

 これで6連敗である。

 コ……コイツ、恐ろしく強くなってやがる。いつの間に、リリスなんてレアカードを……。トレーディングカードショップでも滅多に入荷されないレア中のレアカードだぞ!


「ハッハッハ、現役冒険者に勝ってしまったぜ。自分の才能が恐ろしい」


 ゲーム筐体の向こうから、得意満面の東野がやってくる。その顔は、憎たらしいほどにドヤ顔だ。

 ぐぬぬぬぬ……。


「相変わらずマロは対戦系のゲーム弱いなぁ。よくそれで大会を優勝できたもんだよ」


 西田が呆れたように言う。


「うるせー!」

「マロはデッキを浪漫に傾け過ぎなんだって。そんなんじゃガチデッキに負けるに決まってんじゃーん」


 ウケケケケと笑う東野。


「ウググググ! もう一回だ、もう一回!」

「いや、負けた奴が抜けるルールだろ。次は俺と西田だって」

「そうそう、負け犬はさっさとどきな」

「いやだぁぁぁ! 譲りたくない、譲りたくなぁぁい!」

「しょ、小学生かよ……」


 引きずり降ろされるように椅子からどかされ、西田と東野の対戦が始まる。

 東野負けろ。東野負けろ。東野負けろ。と祈りながら東野の後ろから観戦していると。


「なぁ、せっかくリア充グループに入れたのに、こうやって俺らと遊んでていいのか?」


 ポツリ、と東野が言った。


「あん?」

「せっかくの休日なのに、四之宮さんとかと遊びに行かなくていいのかなーってさ」

「誘ってきたのはお前らだろうが」

「いや、そうなんだけどさ」


 と東野は小さく苦笑した。


「リア充グループになるために冒険者にまでなったのに、いいのかと思ってさ」

「……な、何を言ってるんだい、東野君。ボクは将来プロになるためにだねぇ」

「いや、そういう建前とかいいから」


 動揺しながら誤魔化そうとする俺をバッサリ切る東野。


「高校入ってから毎日ツルんできたんだぜ? お前の考えてることぐらいすぐわかるっての。南山の奴が冒険者になった途端、急にバイト始めちゃってさ。バレバレ過ぎて吹いたわ。言っとくけど、小野にばらされる前に俺らは知ってたんだぜ」

「……そうか」


 そりゃ、バレるよな、と苦笑した。

 やっぱ、あのときはわざと知らないフリしてたのか。俺が冒険者なのを隠してたことを謝ろうとしたら、わざとらしく話を逸らしてきたからな。なんとなくそうじゃないかと思っていた。

 そんなこと、謝る様な事じゃない。友達なのだから。

 敢えて言葉にするなら……そういうことなのだろう。


「でさ、ぶっちゃけマロが冒険者になりたかったのってリア充グループに入って牛倉さんとお近づきになるためだろ?」

「ぶっ!」

「ハハ、やっぱそうか」

「いやいや、そんなことは。……ちなみに、どうしてそう思ったかお伺いしても?」

「いや、わからいでか。お前、筋金入りのおっぱい星人じゃん。牛倉さん、学年どころか学校で一番デカイ説あるし。まあ最近はロリコン説もあるけど」

「いや、別におっぱいだけ好きになったわけじゃないから! あとロリコンもない。つか誰だ、それ言ってるやつ」

「ええ、ホントでござるかぁ? ぶっちゃけあの試合の動画見てると、蓮華ちゃんとデキてるようにしかみえないでござるよ?」

「いや、ないから。女神モードなら全然ありだけど」

「女神モードだと、恋人どころかただの信者にしか見えねーから。まあそれはそれとして、話を戻すけど。せっかく冒険者になって、大会で優勝して、人気者になったのに牛倉さんにアタックしなくていいの? って話だよ」

「………………………………」

「もし、さ。俺らに遠慮してんなら別にいいんだぜ? 南山の時は、俺らもちょっと失敗したけどさ、お前なら……」

「バーカ」


 軽く東野の頭を殴る。


「イテ」

「いいんだよ。俺はこうしてお前らとツルんでるほうが気楽なんだから」

「マロ……へへ、なんだよ、お前ホモかよ〜」

「殺すぞ!」


 もう一発東野を殴りながら、俺は内心で謝った。

 ごめん、東野……。



 実は俺、もう牛倉さんにアタック掛けてフラれた後なんだ……(´・ω・`)



 あの後、試合が終わってすぐ、俺は牛倉さんのラインへとアタックをかけた。

 クリスマス、俺と一緒に過ごしてくれませんか? という奴だ。

 その返信はこうだった。


『え、ごめんなさい。クリスマスは楓ちゃんと遊ぶから。その、急に言われても予定入ってるし……』


 残念でもないし、当然の話であった。

 むしろなんでイケると思ったのか、小一時間あの時の俺を問い詰めたい気分だ。

 おかげで、教室で顔を合わせるたびに気まずい気まずい。

 ああああ、なんであの時ライン送っちゃったんだろう。大して親しくもない奴がクラスのライングループから急に個別ライン送ってくるのもキモイし、クリスマスの前日に誘いをかけてくるのも非常識過ぎてヒく。きっと大会の優勝でハイになったせいだ。

 マジで過去に戻れるならあの時に戻りてぇ……!

 幸いなのは、牛倉さんがこのことを誰にも言いふらさなかったことか。

 おかげで、俺はクラスのみんなに『大会で優勝した途端に勘違いしちゃった君』と笑われずに済んでいる。

 牛倉さん、あなたは本当の天使です。これからはその見てるだけで幸せになるおっぱいを、遠目に見るだけで満足することにします。


 …………まあ、結局のところ。


 俺は冒険者となってクラスカーストでは上位となったが、夢であったリア充にはなれなかった、ということなのだろう。

 みんなに評価されることと、好きな女の子を振り向かせることは、似て非なることなのだとようやく学んだのである。


「あー、負けたー! 東野の増殖デッキ、ちょっと反則過ぎじゃね? リリスとエキドナは反則でしょ」


 俺同様、東野に敗北した西田がやってくる。


「そろそろダレてきたよな。次どこいく? カラオケかボウリングでも行くか」


 東野がそう背伸びしながら言う。


「お、いいね。つか、なんなら今日は徹夜で遊ぶか。誰かの家で泊まってさ」


 俺がそう言うと、二人も目を輝かせた。


「お、マロ今日は乗り気じゃん!」

「じゃあ街で遊び終わったらウチ来いよ。ドンキでお菓子とジュース買ってさ」


 そんな風に盛り上がりかけたその時、俺のスマホが震えた。ちらりと見ると、そこにはラインの着信が表示されていた。

 その文面に、俺の心臓が高鳴る。

 これは、いや、しかし、今東野たちと遊んでいる最中で……。

 俺の中の天秤に、二つの重りが乗せられる。片方に乗るのは東西コンビ。もう片方に乗るのは、ラインの送り主。

 天秤に重りを乗せた瞬間————後者がガクリと沈んだ。


 すまん、東野、西田。


「すまん! 俺、やっぱここで抜けるわ!」

「はぁ!?」

「突然なにごと!?」

「いや、ヘヘヘ、ちょっと四之宮さんから呼ばれちゃってさ」


 俺はそう言ってラインの文面を見せた。


『今、ウチの女友達4人でカラオケしてるんだけど、来る? PS、静歌もいるよ(笑)』


 東西コンビはその文面を見てあんぐりと口を開けた後。


「ふ、ふ、ふ、ふっざけんじゃねぇぞ!」

「ぶっ殺すぞ、オラァ!」


 鬼の形相となって拳を振り上げた。


「ちょ、タンマタンマ!」

「うるせぇ、この裏切りモンがぁ!」

「つか俺らも誘えや! なにさらっと自分だけ抜け出してハーレム作ろうとしてんだ!」

「冒険者になったからって調子こいてんじゃねーぞ!」


 うおおお、なんて殺気だ!

 ハーメルンの笛吹き男以上の圧力!

 に、逃げねば! 俺は慌ててゲーセンを飛び出した。


「待てコラ!」

「ボコボコにして女子の前に出られない面にしてやるよ!」




 ————悪鬼と化した友人たちから逃げながら、俺はふと思った。


 俺の人生で最も濃厚であったこの激動の数ヶ月。その中心にいたのは、実は俺ではなく蓮華だったのかもしれない、と。

 俺が一発で蓮華たちを引き当てたのも。

 ハーメルンの笛吹き男と遭遇したのも。

 アムリタを手に入れたのも。

 小野に冒険者バレして大会に出ることになったのすら。

 すべては蓮華が本来の力を取り戻すための流れだったのかもしれない。

 だとすれば、俺が大会に優勝してクラスのみんなに認められたのも、蓮華の幸運の御裾分けみたいなものだったのだろう。

 しかし……この一連の流れすら蓮華を取り巻く大きな流れのほんの一部だとしたら。

 これから先どんな幸運と災難が俺を待っているのだろうか。


 ……なんてな。さすがに考え過ぎか。

 ただ一つ確かなのは、俺がこれからも冒険者をやっていくということだけだ。

 クラスカーストでの成り上がりを目指す中で、俺の情熱は気づかぬ間に冒険者の方へと移っていたのだろう。

 故に、クラスカーストの実態を知っても落胆はなかったのだ。

 もはや、クラスカーストもリア充もどうでもいい。

 蓮華やカードたち一緒に迷宮を冒険していく。

 その方が、よっぽど面白くやりがいがあると……知ってしまったのだから。

 ………………あ、いや、やっぱ、リア充にはなりたい、かな?

 おっぱいの大きくて可愛い彼女が……欲しいです。


「オラ、隠れてないで出てこいよ!」

「真っ裸に剥いてラインで流してやる!」


 うおお、ヤベェ! 現実逃避してる場合じゃなかった。アイツらは本気だ。このままじゃ社会的に死亡する!

 街全体を舞台とした俺たちの鬼ごっこは、結局翌日の朝まで続いたのだった。



【Tips】蓮華

 カードの中には、迷宮の外であっても周囲に影響を及ぼす力を持つものが存在する。それらは“呪いのカード”とも呼ばれ、逆にマスターを操ってしまうものすらいる。

 蓮華は、そういった呪いのカードの一つである。


 座敷童のスキル【禍福は糾える縄の如し】は、いわば一種の運命操作の力を持つ。

 相性の悪いマスターにカード化されてしまった蓮華は、自ら閉じられた心のスキルを発現させることで自分を手放させるよう仕向けた。ギルドに売られた蓮華はそこで相性の良いマスターが自分を手に入れるのを待つことにした。カードパックへと入れられたのも、お金を持っていなくとも相性の良いマスターが自分を手に入れられるようにである。同じパックの中には、これまた自分と相性の良いカードたちが入れられた。歌麿が脅威の引きを見せたのも、自らの運によるものではなく蓮華による運命操作によるものである。

 だが、無理な運命操作は因果律に歪を生み、それがハーメルンの笛吹き男というイレギュラーエンカウントに繋がった。しかしそれも乗り越えたことにより、不運は幸運へと転換された。

 その幸運は、アムリタというキーアイテムの入手と、そしてそれを使わせるための舞台作りへと変換される。結果、蓮華は霊格再帰のスキルを取り戻すに至った。


 これらは、すべて無意識のうちに行われており、蓮華は自分の特性に一切気づいていない。

 むしろ歌麿のことを「なんて浮き沈みの激しい奴だ。アタシがついてないと、すぐ死ぬなコイツ。しょうがねぇ奴だ」とすら思っている。


 なお……余談ではあるが、電車の中でウンコを漏らす呪いはバッチリ効いた。


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