第12話 誰が北島だ
クルリ、クルリとペンを回しながら、俺はその時を待っていた。
もうすでに出来ることはやり尽している。見直しは何度も終え、残された数分という時を静かに過ごしていた。
未だ最後の瞬間まで足掻いている奴らは一握り。机に噛り付くようにしてペンを走らせている。
……あんなに書くことあったっけ? 同じ教室で勉強してきたはずなのに、俺は不思議でならなかった。
そこで、チャイムが鳴った。担当教師が声を張り上げる。
「はい、そこまで。ペンを机の上に置きなさい」
途端、教室中からため息が漏れた。俺もグッと背伸びをする。
今日は中間テストの最終日。俺たちはテストという地獄から解放されたのだ。
「あ〜、終わったぁ」
「マジでいろいろ終わったわ。半分もわからんかった」
教師が教室からいなくなるなり、東西コンビが声をかけてくる。
「マロは今回どうだった?」
「俺はいつも通りだよ。6〜70点ってところじゃねぇの?」
俺の答えに西田が顔を顰めた。
「ってことは今回の平均点はそんぐらいか。赤点は平均からマイナス20点だっけ? 俺、数学ちょっとやべぇかも」
「人の点数を指標にすんのやめてくんない? 平均以上かもしれないじゃん」
……まあ多分平均点だろうけど。なぜか中学の頃からずっとテストは平均点なんだよな〜。この高校も偏差値普通だし。どこまでも平凡なわが身が恨めしいような、そうでもないような。
「とりあえず、どっか遊びに行くか〜」
「マロもさすがにテスト期間中はバイトないだろ?」
「おう、今日はさすがにな」
「うし! じゃあどこ行く? 久々にカラオケでも行くか〜」
そんなことを話しながら俺たちが教室を出ようとしたその時。
「っと……」
「あ」
ちょうど教室に入ろうとしていた誰かとぶつかりかけた。……南山だ。両手が濡れている、トイレにでも行っていたのだろう。
南山が俺たちの存在に気づき、眉を上げる。東野たちも笑みを消した。
…………気まずい空気が流れる。
これが他のクラスメイトだったら、多分俺たちはすぐに道を譲っただろう。あるいは、相手が譲ってくれるか。そこに他意はない。
だが相手が南山と分かった時、俺たちはどうしてか道を譲りたくないと思ってしまった。
一方で、南山もまた、俺たちに道を譲りたくない、と思っているのがなんとなく分かった。
奴は今やクラスカーストのトップグループだ。本来なら、俺たちが譲るべき力関係。
しかし俺たちの中では、コイツが自分たちより上という認識はなかった。
それは、あっさりと友人関係を破棄された意地みたいなものがあったのかもしれない。
————あのさ、気軽に話しかけてくんなよ。俺とお前らじゃもう、ほら、わかるだろ?
かつて、それまでと同じように遊びに誘った俺たちに、コイツが言い放ったセリフが脳裏に蘇る。
東西コンビもその時のことを思い出しているのだろう、顔が険しい。
そんな俺たちを見た南山がフンと鼻を鳴らした。
「……邪魔なんだけど」
「……ッ!」
それに西田が何かを言おうとした時。
「南山くん? どうしたん?」
後ろから小野の声がし、振り返るとそこには高橋たちリア充グループと数名のクラスメイトがいた。当然、四之宮さんと……牛倉さんの姿もある。
「どうした? なんかあったのか?」
高橋が爽やかな微笑みを浮かべ尋ねてきた。
「あ、もしかして南山を遊びに誘ってたとか? あー、悪い! 俺らが先に誘っててさ。こういうのは早い者勝ちってことで、な?」
「あ、いや……」
片手を上げて謝る高橋に気勢が削がれる俺たち。南山とは違う真のリア充オーラに完全に気圧されていた。
「そう言うわけじゃねぇって。悪い悪い、今荷物取ってくるわ」
南山は笑いながらそう言うと俺たちを強引に押し退けた。
東野がグッと唇を噛みしめる。
これが、今の俺たちのクラス内の力関係だった。
そのまま俺たちがリア充グループを見送ろうとしたその時、四之宮さんがふと思い出したように言った。
「あ、そうだ。よければマロっちも来る? カラオケなんだけど」
『!?』
その場に衝撃が走るのが分かった。全員が眼を剥いて俺を見る。
俺はエスパーではない……はず。だが今、俺は確かにみんなの心の声を聞いた。
すなわち、なんで四之宮さんがこのモブを!? だ。
「あ、いや……」
咄嗟のことにうまく舌が回らない。
すると小野が俺たちの間に割って入った。
「いやあ、どうも北……えっと、北島くん? は東田くんと西野くんらいつものメンバーと遊びに行くみたいだし、誘ったら迷惑掛かるんやないかなぁ?」
「お? なら三人ともくるか? 二部屋借りればみんなで行けるだろ。それかボーリングに変えるか?」
高橋の提案に顔色を変えたのは、南山と小野だった。
その他のメンバーも顔を引き攣らせている。
クラスメイト達も俺たちと南山の微妙な関係は知っている。誰も喜ばない提案だ。
高橋は俺たちの関係を知らないのだろうか? あり得る。高橋は自他共に認める野球馬鹿。クラス内の微妙な人間関係には疎いイメージがある。そもそも南山の存在を認識したことすら、冒険者とカミングアウトしてからだろうしな。
それまでの南山はただのクラスメイトA、その友人関係など把握してないだろう。
だがこの反応を見るに小野はそのことを知っていたらしい。コイツは結構クラス全体と付き合いがあるからな。
とにかく、この提案に頷くのはあり得ない。グループも二部屋で分かれることになるし、絶対に盛り下がる。他のメンバーからの絶対断れよという視線をヒシヒシと感じた。東野が慌てて言う。
「い、いや、俺たちはいいよ、うん。みんなで楽しんで来てくれよ」
「そうか? 残念だな……」
あっさりと引き下がる高橋に小野がすかさず便乗する。
「じゃ、北島くんたちもそう言ってることやし、今回は残念やけどってことで」
「う、うん」
小野の目配せに取り巻きのクラスメイトたちが慌てて頷く。
これで一件落着かと思われたその時、四之宮さんがポツリと言った。
「あのさ、小野」
「な、なに?」
名指しで呼ばれた小野が若干動揺しながら答える。
「さっきから思ってたんだけど、北島じゃなくて北川ね。北川歌麿、江戸時代の絵師と同じ名前。クラスメイトの名前くらい覚えてなよ」
「え……あ、ああ。そうやな、ごめん、北……川くん」
「あ、ああ……気にしてないから」
「うん。……じゃ行こか」
その言葉と共に教室を出ていく高橋たち。
あとには俺たち三人だけが残され。
「おいおいおいおい! どういうことだよ、マロ!」
「お前いつの間に四之宮さんと仲良くなったんだよ!」
東野たちが一斉に詰め寄ってきた。ガッと胸座をつかまれる。鬼気迫る表情。南山に向けていた以上の敵意、いや殺気を感じる……!
「いや知らない知らない知らない! え、どういうこと!?」
慌てふためきつつ弁明するも、二人は欠片も信用してくれなかった。
「知らねーわけねーだろ! じゃあなんであの四之宮さんがお前なんぞをカラオケに誘うんだ? ああん?」
「つかなんでお前の名前だけ訂正されんだよ! 俺らも間違われたのに!」
「いやそれは……あ、もしかしてあれか?」
俺が小さく漏らした言葉に、二匹のピラニアは俊敏に食いついた。
「やっぱなんかあったんだな! 吐け! この裏切者が!」
「裏切者って……単純にこの前保健室に行ったとき、四之宮さんも休んでてちょっと自己紹介しただけだよ。それで覚えてたんじゃねぇの?」
「……それだけ?」
「それだけ」
その言葉で二人はやっと俺の胸座を離してくれた。
「ふーむ、ってことは単純にマロの名前は覚えてて俺らの名前は憶えてなかったってことか?」
「カラオケに誘ったのもただの気まぐれなのかね、あるいはちょっとからかってやろうと思っただけとか? あり得るな」
「……つかお前ら、お姉さんとかロリが好きだったんじゃねぇのかよ」
俺が首を擦りながら文句を言うと、二人は口を揃えて言った。
『それはそれ』
「つか常識的に考えてロリと付き合えるわけねぇだろうが。現実的な恋愛対象はやっぱ同年代になるっての」
「このクラスめっちゃ可愛い子多いよな。四之宮さんを初めて見た時マジでビビったわ。え、アイドルクラスじゃんって」
「マロだっておっぱい星人だけど、貧乳の美少女にコクられたら付き合うだろ?」
「……確かに!」
なんという説得力。
そりゃそうか。好みは好み、理想は理想。手の届きそうなところに美人がいたら普通に恋愛対象だよなぁ。
「つか彼女欲し〜」
唐突に東野が言った。西田が強く頷く。
「高校生になりゃ自然と彼女出来ると思ってたのに……全然その気配ないんだけど、どういうこと?」
「あー、俺も思ってたわ。っていうかさ、その延長で大人になれば普通に結婚して子供出来ると思ってたけど、この調子で行くと……」
「おいやめろ」
二人の会話を聞きながらふと思う。
彼女か、確かに欲しい。というか、リア充になりたい理由の半分がそれだ。
冒険者になれば巨乳で可愛い彼女が出来るかも、という儚い期待があった。
ハーメルンの笛吹き男との闘いで、死の危険を身近に感じた今となっても、その思いは薄れていない。
むしろ死にかけた分、何としてでもリア充になるという想いが強まっていた。
……命を賭けなきゃ彼女もできそうにないのが悲しいところだが。
「クリスマス、間に合うかねぇ」
俺は小さく呟いた。
月日の流れというものは早いもので、俺が冒険者となってから早一月が経過した。
俺はこの間、毎日のようにダンジョンに挑み続け計十個のダンジョンを踏破していた。
最初のダンジョンに一週間も掛けていたとは思えないほどのハイペースな攻略だが、これにはもちろん絡繰りがある。
まずは、学校がある日は数時間程度で踏破できる低階層のダンジョンを狙って攻略していったこと。
次に、あらかじめダンジョン内の地図とモンスター傾向を調べてあったこと。
最後に、何よりもハーメルンの笛吹き男との激闘が俺たちの絆を深め、大きく成長させてくれたことが大きかった。
これが、今の彼女たちのステータスだ。
【種族】座敷童(蓮華)
【戦闘力】305(55UP!)
【先天技能】
・禍福は糾える縄の如し
・かくれんぼ
・初等回復魔法
【後天技能】
・零落せし存在
・閉じられた心→自由奔放(CHANGE!):何にも囚われないありのままの心。自由行動への+補正、精神異常への耐性、一部の拘束スキルの無効化
・初等攻撃魔法
【種族】グーラー(イライザ)
【戦闘力】140(30UP!)
【先天技能】
・生きた屍
・火事場の馬鹿力
・屍喰い
【後天技能】
・絶対服従
・性技
・フェロモン
・奇襲
・虚ろな心→静かな心(CHANGE!):感情を抑制し冷静さを失わない心。精神異常への強い耐性、思考能力の向上。
・庇う(NEW!):仲間の元へ瞬時に駆け付け身代わりになることができる。使用中、防御力と生命力が大きく向上。
・精密動作(NEW!):より正確な動作を可能とする。
【種族】クーシー(ユウキ)
【戦闘力】175(25UP!)
【先天技能】
・妖精の番犬
・集団行動
【後天技能】
・忠誠:仕えるべき主を見出した証。忠誠心に応じてステータスの向上。
・小さな勇者:詳細不明。
・本能の覚醒:野生の本能を解放する。理性と引き換えに身体能力を向上させ、同時に精神異常への耐性を下げる。
・気配察知(NEW!):五感を強化し、隠密系スキルを見破りやすくする。
三枚とも大きく戦闘力が向上し、スキルを成長させた。
蓮華は、マスターへの不信感から持っていた閉じられた心のマイナススキルを、自由奔放へと変化させた。
もはや、彼女の中にマスターへの隔意はない。
戦闘にも積極的に参加するようになり、戦闘の補助から戦利品のドロップ率向上までそのサポート役の資質をどんどん開花させつつあった。
特に戦利品のドロップ率については、通常の三倍以上にもなっている。これほどドロップ率が違うともなれば、座敷童はプロ必需品となってもおかしくないはずだが、実際はそうでもないのが不思議だった。
まあ、単純にドロップ率を増加させるスキルが他にも多いだけなのかもしれないが。
次にイライザについてだ。
彼女は、虚ろな心を静かな心へと変化させ、ついに自我の確立を果たした。
今では少しばかり思考が鈍いものの、自分の意思でモノを考え行動が出来るようになっている。
もっとも、その心はまだまだ成長中で、本人の気質もあるのかもしれないがあまり喋らず表情も変えない。
それでも物静かな彼女なりに仲間を大事に思っているのは確かなようで、静かな心へのスキルの変化と共に庇うという援護用のスキルを手に入れた。
これは、目の届く範囲なら高速で駆け付け仲間の身代わりになるスキルで、ハーメルンの笛吹き男戦での経験が大きく影響していると思われた。
このスキルを知った蓮華とユウキたちも、イライザに庇われない様にと連携力の向上を目指すようになり、良い相乗効果が生まれている。
そして地味に、スキルの影響か目の充血がなくなってきたのが、俺としては嬉しい変化だった。
最後に、ユウキについて。
彼女については、ハーメルンの笛吹き男戦でのスキルの変化も交えて説明する必要があるだろう。
まず、彼女は従順スキルを忠誠スキルに、臆病を小さな勇者へ変化させ、本能の覚醒と気配察知というスキルを手に入れた。
このうち、忠誠、本能の覚醒、気配察知という三つのスキルについてはギルドで簡単に調べることが出来たのだが、あの戦いで大きな役割を果たしたと思われる小さな勇者に関してはいまいちよくわからなかった。
どうも、一部の特殊なスキルを無効化したり、自分や仲間のスキルの効果を向上させたりする効果があるらしいのだが、効果が発動したりしなかったりと不安定で、よくわからないというのが正直なところのようだ。
ある日突然消え失せていた……なんて報告も有り、謎と浪漫に満ちたスキルとしてその筋では有名なスキルらしい。
逆に残りの三つについては良く知ることが出来た。
忠誠は、そのカードが主に向ける忠誠心に応じてステータスを向上させることが出来る。
割合は最大で20%ほど。主が忠誠心を損ねるような行動ばかりしていると、スキルを失ってしまうこともあるらしい。
気をつけたいところだ。
本能の覚醒は、動物系のモンスターが良く取得するスキルで、理性と引き換えに身体能力を向上させるというシンプルな効果。
反面、理性を失えば失うほど精神異常への抵抗率も低下していってしまう、なかなかピーキーなスキルのようである。
……と言っても、精神攻撃をしてこないダンジョンを選んでいけばほとんどデメリット無しで使える上、どうやら小さな勇者の適用範囲に含まれるらしく、ユウキに関してはマックスまで強化しても理性を失う様子はなかった。
ちなみにステータスを向上と身体能力を向上という表記の違いだが、これはステータス向上が魔法攻撃力や状態異常耐性まで幅広くあげるのに対し、身体能力の向上は筋力や反応速度などの運動能力に限られるらしい。
最後に、気配察知の隠密系スキルを見破りやすくなるという効果についてなのだが……。
どれほどの察知力があるのか蓮華のかくれんぼで実験してみたところ、なんとなく居場所がわかるというふわっとした感じに落ち着いた。
時間をかければ匂いなどで追跡できるそうなのだが、当然移動するスピードの方が速く、また消えた姿を見破ることはできなかった。
とは言え、隠密系のスキルを持っていない敵ならば相当離れたところからでも感知できるようになった辺り、索敵要員として育て続けた甲斐があったというものだ。
さて、以上でカードの成長については終了。次はこの一月の戦果について説明しよう。
俺はこの一月で、ハーメルンの笛吹き男戦を含め十個の迷宮を踏破した。
その総階層数は、五十。Fランク迷宮の踏破報酬の魔石は階層数×一万円で計算されるため、魔石の金額だけで五十万円の報酬を得た形となる。
ここから、ギルドで買った迷宮の情報代九万円を差っ引いても四十一万のプラスだ。
さらには、道中の戦闘で手に入れた戦利品が、魔石にして六万円程度、カードにして六十四枚。Fランクのカードを使っていく気はないため、全部売却したところ約七万円程度となった。
忘れてはいけないのが、ガッカリ箱から出る魔道具だ。
Fランク迷宮から出る魔道具など大したものではないが、これがなかなか馬鹿にできなかった。
以下がその内訳だ。
・ミドルポーション×1 10万円
・ローポーション×3 3万円
・発火石×4 2万円
・臭い袋×2 2千円
なお、FからDまでのランクの魔道具の買取価格は市場価格の10%である。
当然売らず、自分で使うことにした。
軽い骨折や切り傷程度ならば瞬く間に癒してくれるミドルポーションは、いざという時の備えに。魔物寄せの臭い袋と、投げつけることで初等攻撃魔法一発分の威力になる発火石は日々の攻略に使い、ローポーションは妹と母にプレゼントすることにした。
怪我の治療には役に立たない最低ランクのポーションであっても、風呂に垂らせば美肌効果、手に振りかければ手荒れを一瞬で癒し、飲めば体調を瞬く間に整えてくれる効果がある。日常使いするには高級品過ぎるだけで、あればあるだけ便利な品なのだ。
だが、これらの戦果もハーメルンの笛吹き男で得た戦利品の前には霞む。
あの戦いで俺たちは赤い魔石と縦笛という二つの戦利品を手に入れた。
赤い魔石は、イレギュラーエンカウントだけが落とす特別なものらしく賞金込みで百万もの大金で売れた。これでもイレギュラーエンカウントの魔石としては最安値で、ランクが一個上がるごとに買取金額が十倍に跳ね上がっていくというのだから、金銭感覚が狂いそうだった。
そしてもう一つの縦笛。これは、ギルドで鑑定してもらったところ【ハーメルンの笛】という魔道具だった。
効果は、空間転移。ダンジョン内に限るが一度行った階層への転移を可能にするというものだった。
レアアイテム中のレアアイテムである。空間転移の魔道具は大半が一度切りの使い捨て、その上深い階層でなければドロップしないとあって、プロの冒険者たちに非常に高値で取引されている。
その空間転移がいくらでも使い放題な魔道具など国内でも数例しか発見されていない。
それこそ、殺してでも奪い取る、となってもなんらおかしくない代物だった。
ただし、これがイレギュラーエンカウントからのドロップでなければ、だが。
イレギュラーエンカウントからのドロップは、それを倒したものしか使うことが出来ない。
この事実が、俺の首を皮一枚でつないでくれた。
もしこれが誰にでも使える代物だったら、俺は即手放していただろう。
今はまだFランク迷宮しか攻略していないため実感が薄いが、これからも冒険者を続けていくならその恩恵を思い知ることになるに違いない。なぜなら、高ランク迷宮は数十階という階層で構築されているのだから。
なお、ハーメルンの笛の存在を言いふらして要らん恨みを買いたくなかった俺は、この笛をカード化してもらうことにした。
ギルドでは、物品のカード化というサービスを行っており、有料ではあるが個人では持ち運びできないような大量の物資も一枚のカードに収めてくれる。
一度カード化した物は何度でも出し入れすることが出来、また持ち主以外が取り出すこともできない。
これを利用して迷宮の遠征物資の運搬にも活用される他、貴重品の保管にも用いられている。
俺はこのカード化を利用してどうしても目立つハーメルンの笛を隠そうと考えたのだ。
誤算だったのは、その費用できっかり百万円掛かってしまったこと。
ハーメルンの笛吹き男の魔石が百万円で売れ、その笛のカード化がこれまた百万円。……何者かの意思を感じたのは俺の気のせいだろうか。
レアアイテムのハーメルンの笛、現金五十四万円とその他消耗品アイテム。これがこの一か月のリザルトだ。
おっと、それともう一つ。
これらの実績を持って俺は二ツ星冒険者への昇格試験を受けられるようになった。
試験の内容はギルド指定のEランク迷宮のソロ踏破。
そして、既に俺たちはその半ば以上まで攻略していた。
【Tips】カード化
冒険者ギルドでは、特殊な魔道具を用いて物品をカード化するサービスを行っている。小さな指輪だろうが一軒家だろうが一回百万でなんでもカード化してくれる。カード化されたモノは、モンスターカード同様所有者以外は召喚することができなくなるため、財産の保護などにも使われている。主人公のように転移の魔道具など持たない一般の冒険者たちは、このサービスで大量の物資をカード化し、泊まり掛けで深い階層へと潜っている。
なお、このカード化の魔道具を入手した際は絶対にギルドに報告し売却しなければならないという法律がある。もしも隠し持っていたことが発覚した際は、即逮捕されて公安の厳しい取り調べを受けることになる。
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