第10話 頼むから絵本から出てくんな

 


「そう言えば、お前好きな女とかいんのか?」

「なんだよ、突然」

「いいから言えよ。まさか男の方が好きとか言わねぇよな?」


 森の中を進むうち、どちらともなく雑談をし始めていた。

 決して気を抜いているわけではない。

 クーシーは常に鼻で敵を索敵し、座敷童も見つけた鼠を一匹残らず倒している。俺も装備をしっかりと身に着け、催涙スプレーを手に持っていた。

 こうして無駄口を叩いているのは、強すぎる緊張感に心をやられないためだった。


「んなわけあるか。一応、いるよ。片思いだけどな」

「へぇ! どんな奴なんだよ。可愛いのか?」

「ん、クラスの中でもかなり可愛い方だよ。全国レベルでも顔面偏差値60以上はあるな。性格は大人しい感じで、グループの中でも静かに微笑んでる感じ。誰かの悪口とか言ってるところとか一度も見たことない娘だよ。そしてなにより……」


 まただ……。俺は視界の隅に子供の死体を見つけ歯を食いしばった。

 まだ小学校にも入っていないだろう金髪の幼い少女が、喉下からへその下まで切り裂かれて死んでいた。中は綺麗さっぱり抜き取られていて、周辺の木に杭で打ち付けられている。血と糞便がまじりあった臭いが、酷い……。

 俺は無意識にその光景に自分を照らし合わせてしまい、慌てて目を逸らした。

 大丈夫だ、俺はああはならない。ラッキーガールがついてるんだからな。


「なにより?」

「小柄でほっそりしてるのにめちゃくちゃ胸がデカイ。全学年で多分一番デカイ」

「……結局そこかよ。スケベが。しかし聞いてる限りかなりの上玉じゃねぇか。お前に脈あんのか?」


 座敷童が呆れ顔で、俺の足元に忍び寄っていた鼠を無造作に蹴り殺した。ドブ水を煮詰めたような悪臭が周囲に飛散する。


「そんなんあるわけねぇだろ。ぶっちゃけ数えるくらいしか話したことねぇんだぞ」

「ええ? それなのに好きなのか? それ、おっぱいだけを好きになってるんじゃ……」

「ああ、いや……。好きってのはちょっと違うかもな。憧れに近いかも。こんな娘と付き合えたら最高だろうなって感じ」

「ああ、なるほど。そう言う感じか」


 全身の皮を剥がされた少年。お腹に自分の頭を詰め込まれた少女。自分の腕に食らいついた状態で死んでいるやせ細った少年。元の長さの三倍近くまで手足を引き延ばされた少女。

 狂った死体の博覧会。

 ああ、糞……!


「うるせぇな! 誰だよ、笑ってんのは!!」


 さっきからキャハキャハキャハキャハ、耳元でうるせーんだよ! 糞糞糞クソクソクソくそくそ……!!!


「ご、ご主人様……?」


 クーシーの戸惑いの声でハッと我に返った。

 座敷童が静かな眼でこちらを見つめている。誰も笑ってなどいない。だが、聞こえる。無数の子供たちの嗤い声……。

 幻聴か? ……いや、俺はまだ正常だ。ならばこれはこの迷宮のギミック。座敷童たちに聞こえてはないということはマスターだけに作用するトラップか。おそらく、捕らわれているらしい子供たちの魂を利用しているんだろう。

 ……よし、冷静に考察できてる。俺はまだクレバーで、クールだ。



「あー、どこまで話したっけ。……そうそう、一応何にもしてないわけじゃないんだぜ? こうして冒険者やってるのもその一環だしな。ここだけの話、クリスマスに一度勝負をかけたいと思ってんだ」

「へぇ、なるほど危険に身を置いて男を上げようってのか。お前もなかなかやるじゃねぇか。まあそれでクリスマス前に死んじまったら世話ねぇけどな」

「それ、この状況じゃ笑えねぇからな? マジで」

「冗談だよ、アタシがついてるのに死ぬわけねぇだろ」


 気が狂いそうになるこの空間で、座敷童との何気ないやり取りが俺の心の平穏を守ってくれていた。

 死体から目を逸らし馬鹿話をすることで、教室で友達としゃべっているかのような錯覚を得る。

 一種の現実逃避だと自分でもわかっていた。

 映画や漫画の中じゃあ、キャラクターたちは危機的状況でもジョークを飛ばし合ってる。俺はそれを見て、実際こんな状況でこんな気が利いたことを言えんのかな? と思っていた。演出のためとはいえ、リアリティーが無さ過ぎると。だが、今ならわかる。

 冗談の一つも言っていないと気が狂いそうになるからだ。

 監督や脚本家だって馬鹿じゃない。軍人や戦場ジャーナリストたちに死の危険が迫った時のインタビューくらいしてるだろう。

 その時の人間の心理的な動きを研究して映画は作られてるに違いない。

 ……ああ、また思考が変に逸れてる。現実逃避が強まってきてるのか? 妙に冷静に分析してるのもそれの一種か? こういうのをなんて言うんだっけ? なんかの映画で見たぞ。ああ、思い出した。正常性バイアスだ。うん、確かそう。


「ご、ごご、ご主人様!」


 クーシーの泣きそうな声で我に返った。


「ど、どうした!?」

「ぬ、主の位置が近いです。もう数分もしないうちに着きます」

「そう、か……」


 ズン、と胃が重くなるのが分かった。震えてた足からさらに力が抜けていく。硬いはずの地面がフワフワしてきた気がした。


「ご、ご主人様、すいません!」


 突然、クーシーが自分の頭を地面に叩き付けた。這いつくばり、慈悲を乞う。


「ボ、ボクをもう戻してください。ボクじゃ、戦力になれない!」

「…………………………」

「あ、足がこれ以上前に行かないんです! た、戦わなきゃってわかってるのに……! そう思ってるのに、敵を前にしたらきっと、ボクは戦えなくなるッ……! それが、自分でもわかるんです!」


 全身の毛を逆立て、尻尾を丸めて嗚咽を漏らす……そんなクーシーの背中を俺はそっと撫でた。コイツの身体からはお日様の香りがする。ホッとする匂いだった。


「ご主人……?」


 今ならコイツの気持ちが本当に理解できる気がした。

 実のところ、俺は戦えないコイツを見てなんて使えない奴だと思っていた。グーラーと座敷童がいるからなんとかなってるが、もしコイツ一枚だったらと思うとゾッとする……とすら。

 座敷童には斥候として育て上げるといっていたが、お金が手に入ったら買い替えるだろうなと内心では考えていた。

 だがこうして自分の命が掛かった状況になって、ようやくコイツの気持ちが分かった。

 死ぬのは、怖い。そんなの人間もモンスターも一緒だ。

 そんな当たり前のことを理解せず、俺はコイツらを戦わせ続けてたんだ。


「今まで怖いのを我慢してよく案内してくれたな。戻っていいぜ」

「ッッ!!!」


 俺の言葉に、クーシーは胸を掻きむしり、頭を地面に擦りつけた。腹の底から、吠える。


「ボ、ボクは……自分が情けないッ!! 勇気が……欲しいッ!」


 彼女の嘆きに、俺はもう一人の自分を見た。

 俺がクーシーを臆病者と見下せていたのは、安全なバリアに守られて強いカードたちに代わりに戦わせていたからだ。

 TV画面越しに、怪物に襲われ怯える登場人物を嘲笑う様に。

 自分は安全を確保していながら、その身一つで恐怖に立ち向かう者を馬鹿にしていた。

 だが、こうして初めて死の恐怖を目の前に突きつけられて、俺の化けの皮は剥がされてしまった。

 そうしたら、そこにいたのは新米冒険者ではなく、怖すぎてゲロまで吐いたただのガキだった。

 勇気が欲しい。強い意思を持って脅威に立ち向かうことの出来る勇気が。


 ――だからクーシー。一緒に少しずつ勇敢になっていこうぜ。


 内心でそう告げて、俺は彼女をカードに戻した。


「お優しいこって」


 クスクスと背後から座敷童の笑い声が聞こえてくる。


「カードに気を遣ってお優しいマスター気取りか? どうせより強くて使いやすいカードが手に入ったら乗り換えるのに、時間と労力の無駄なんじゃねぇか?」


 内容とは裏腹に、彼女の声は酷く優しかった。

 俺は振り向くと言った。


「そんなことはない。俺はコイツをずっと使い続けるぜ。強化して、ランクアップさせて、ずっとずっとな」


 もちろんお前もな、とは口には出さなかった。

 口にする必要もなかった。




 敵に近づくにつれ、楽し気な笛の音色が聞こえるようになった。

 もう主の正体は予想がついている。鼠の眷属、少年少女たちの死体、笛の音色……間違いない、敵の正体は【ハーメルンの笛吹き男】だ。

 イレギュラーエンカウントの中では有名どころではない。アンゴルモアの際、それほどの被害を出さなかったからだろう。だがそれはイコール雑魚ということではない。むしろマイナーな分、情報に乏しいと警戒すべきだった。

 ただそれでも敵が【ハーメルンの笛吹き男】ならば、そのスキルもおぼろげに予想がついてくる。しないよりマシな程度の対策だが、一応は備えもしてあった。

 深呼吸を一つ。恐怖が振り切れたのか、思考がどんどん冷えていく。


「行くぞ」


 短くカードたちに告げ、歌の発生源へと突入した。

 座敷童は既に姿を消している。いろいろ話し合った結果、彼女にはいつも通り自由に動いてもらい、俺はグーラーの命令に専念することになっていた。


「……っ」


 そこは森のほとりだった。勢いよく流れる川の淵で、極彩色の縦縞模様の服を着た男が、一心不乱に笛を吹いている。周辺には無数の肉塊が転がり、それを鼠たちが貪っていた。

 そんな地獄絵図に一瞬だけ息を止めた俺だったが、すぐに気を取り直しグーラーへと指示を出した。


「放て、グーラー!」

「イエス、マスター」


 グーラーが引き絞ったスリングショットを笛吹き男へと放つ。高速で放たれたその弾を俺が目で追うことはできなかったが、弾が何かに防がれたということはわかった。失敗か。だが、確かに見たぞ。あの男の前に無数の音符で構成されたバリアのようなものが一瞬だけ現れたのを。

 まずはアレを剥がす必要がある。

 物理攻撃に対する防壁か? あるいは一定以下のダメージの無効化? あの音符だってただのデザインじゃないよな。音……、笛か?


「おやおや、これは気の早いお客さんだ! でもおひねりは演奏が終わってからでないとネ!」

「!?」


 ちょっとやそっとでは驚かない覚悟を決めていた俺だったが、正直度肝を抜かれた。

 それは敵が喋り出したから、ではない。話すというならうちのカードたちだって喋る。モンスターが喋るのは普通のことだ。それは敵だって変わりない。

 俺が驚いたのは単純に敵の容貌だ。目を閉じて笛を吹いていた時は気づかなかったが、奴の顔は化け物としか言いようのない醜悪なものだった。

 眼は横ではなく縦に配置され、その中に十数個もの小さな眼球がひしめいている。口は一見普通だが、開くと唇と歯が二重になっているのが見えた。

 臭いも酷い。最初は放置された死体たちの臭いかと思ったが――事実まき散らされた臓物からは糞尿と血の匂いが漂っている――この下水道の悪臭を数十倍に凝縮したような臭いは奴の身体自体から漂っているようだった。

 マスク付きのゴーグルをしてこれだ。外せば普通に思考することすらままならないかもしれない。


 笛吹き男が大仰な身振りで腕を広げる。何かをする気だ! そう思った俺はグーラーにスリングショットを放ち続けるよう指示を出したが、それは笛吹き男の前に現れた音符の壁に阻まれてしまった。

 ……笛を吹いている間だけ出てくるバリアじゃないってことか?

 そんな俺たちを他所に、笛吹き男は滔々と語りだす。


「これよりお聞かせするのは、とある街を襲った悲劇! あるところにとてもお腹の空いた男がいました。この餓えは普通に働くだけじゃあ満たせない。そう思った男はちょっとした悪巧みを思いつきます。それは手懐けた鼠に街を襲わせ、それを追い払うように見せかけて報酬を得ようというものでした。それではお聞きください。【蝗鼠(いなごねずみ)のカーニバル】」


 言い終わるなり、優雅に笛に口をつける笛吹き男。

 すると周辺一帯の鼠たちが一斉に牙を剥いた。同時に、森中から鼠たちの鳴き声が聞こえてくる。不快極まる多重奏。

 ちょっとした津波のように迫る鼠たちに、グーラーが俺を肩車のように持ち上げ避難させた。俺は高所から、手に持っていた催涙スプレーを周囲に噴射する。

 熊撃退用の刺激物を浴びた鼠たちは、耳をつんざくような悲鳴を上げてのたうち回った。良し、効いている!

 だが鼠たちは次から次へと無尽蔵に森から湧いてくる。俺は必死になってスプレーを撒き続けた。


「現れた鼠たちは街中の食べ物を食い荒らし、病をまき散らします。街の人々は色んな罠を仕掛け、武器を持って鼠を追い回しますが鼠たちは全く減りません。人々が困り果てていると、男がふらりと現れ言いました。

『私はこの鼠たちを退治する方法を知っています。しかるべき報酬を頂けるならこの鼠たちを一匹残らず退治してしまいましょう』

 報酬の話を聞いた市長はとても悩みましたが、背に腹は代えられないと男を雇うことにしました。

『わかったやってみるがいい。ただし一匹でも残っていたら報酬は渡さない』

 それではお聞きください。【レミングの行進曲】」


 その曲と共に鼠たちの援軍はピタリと止まった。それだけではない。スプレーを浴びていない鼠たちまでもが水を引く様に森へと帰っていく。なんだ? なぜ自ら兵を退く? ……もしかして、物語に沿った攻撃しかできないのか?


「男が笛を吹くと、街中の鼠たちが男の元へとやってきます。男がそのまま街の外に流れる川へと向かっていくと鼠たちは自ら川に飛び込んで死んでしまいました。それを見た街の人々が歓声を上げます。街に戻ると男は市長へと言いました。

『さあ約束は果たしたぞ、今度はそっちの番だ』

 ところが市長はなかなか報酬を渡そうとはしません。鼠たちがいなくなり、安心した彼は報酬を渡すのが惜しくなったのです。

『うちの娘たちは渡さない』

 約束を破られた男は激怒し、街全体に響くほどの音で笛を吹きました。その楽し気な音色に釣られた街中の子供たちが家から出てきます。それではお聞きください。【サーカスへの誘い】」


 それを聞いた俺は身を強張らせた。来る、来るぞ! ハーメルンの笛吹き男で最も有名なシーンが!

 笛吹き男が高らかに笛を吹く。戦闘中とは思えないほどに楽し気な曲調。それを聞いた俺たちに…………特に何も起こらなかった。

 ここで初めて奴が怪訝そうな顔を見せる。それを見て、俺はニヤリと笑った。


 ……どうやら対策は上手くいったようだ。

 敵がハーメルンの笛吹き男なのではないかと予想した時、俺が真っ先に警戒したのが音による攻撃だった。ハーメルンの笛吹き男は報酬を払わなかった街の子供たちを笛の音色で連れ去っている。ならば、笛による状態異常や攻撃手段を持っているのではないかと予想したのだ。


 その対策として、俺はカードたちにあらかじめインカムを付けさせていた。遮音性のしっかりしたそれは、外部の音声を完全に遮断し、かつ俺のマイクからの指示は明瞭に通す。もし聞こえようが聞こえまいが影響を与えてくるようなら不味かったが、どうやら耳に入らない限りは無事のようだった。


 ちなみに、俺に関してはカードが場に存在する限りマスターは敵の攻撃の影響を受けないため問題ない。

 俺たちの耳に嵌まったインカムに気づいた笛吹き男が激怒する。その不気味な歯を剥き怒鳴った。


「貴様ら! なんだその耳栓はァァァ! それが人の音楽を聴く態度か!!」

「知るか!」


 俺はそう言い返し、おひねり替わりに催涙スプレーを投げつけてやった。

 それは当然バリアに阻まれたが、狙い通り奴のすぐそばへと転がる。今だ。


「グーラー! スプレーを狙撃だ!」

「イエス、マスター」


 マイク越しに俺の命令を聞いたグーラーが、スリングショットでスプレーを打ち抜く。

 その瞬間中に入ったガスが破裂し、薬剤が周辺にまき散らされた。その中心にいるのは、笛吹き男。

 スプレーの中身は攻撃とみなされなかったのか色のついた空気がバリアに防がれることなく笛吹き男を取り囲むのが分かる。

 どうだ? ……クソ、駄目だ! まるで効いた様子がない。

 どうやら奴は状態異常への強い耐性があるようだった。


「おのれ! もはや許せん! この私自らその首を刎ねてやる!」


 激怒した笛吹き男が笛をクルリと一回転させると、笛は一瞬にして死神を連想させる大鎌へと姿を変えた。

 近接戦闘へ切り替えるつもりか!

 酷薄な笑みを浮かべて笛吹き男……いや死神が一歩踏み出したその時、どこからともなく光弾が死神を襲った。


「むッ!?」

「!!!!」


 咄嗟に身を翻し回避した死神はさすがのもの。だが、俺たちはその行動を見逃さなかった。

 躱した! 躱したぞ! つまり、あのバリアは笛を持っている時しか現れない!

 奴も自らの失敗に気づいたのか、顔を顰めた。


「おのれ、伏兵とは小賢しい!」

「流れが来てるぜ! グーラー、フェーズ3だ! 攻め立てろ!」


 命令を受けたグーラーが、死神に迫る。

 大鎌を構え撃退の体勢を取る死神だったが、そこへ座敷童の光弾が次々と襲った。


「こ、こんな……く、力さえ、力さえ制限されていなければ!」


 次々と居場所を変えながら攻撃しているのだろう、光弾は四方八方から放たれている。姿の見えない狙撃手に、死神は防戦一方となっていた。

 そこへ、グーラーがスタンロッド片手に殴りかかる。上半身を逸らし躱す死神。その右足を光弾が穿った。膝をつく。そこへグーラーのスタンロッドが振り下ろされた。首を傾け頭部への直撃を避けた死神だったが、肩へとスタンロッドが叩き込まれる。バチン、と放電の光。一瞬、ほんの一瞬だけ身を硬直させる死神。

 しかし電撃にも耐性を持つのかすぐさま大鎌を振り構え――――だが、座敷童にはその一瞬で十分だった。


「……バカ、な」


 光弾が死神の胸を穿つ。死神は信じられないと言った風に目を見開き、ぐらりと身体を傾け、そして消えた。


「………………………………………………………………」


 沈黙。俺の心臓の音だけがやけにやかましく響いている。

 しばし様子を見て何も起こらないのを確認し、ようやく理解した。


「……倒し、た?」


 それは独り言に近いものだったが、返事はすぐに返ってきた。


「ああ、アタシ達の勝ちだ」


 いつの間にか傍らに来ていた座敷童を見る。グーラーも、俺の方にゆっくりと歩いて来ていた。

 スッ、とのたうち回っていた鼠たちが姿を消していく。主の消滅により眷属たちもまたその命を失ったのだ、と遅れて理解した。

 それでやっと実感が湧いてきた。

 勝った。俺は、生き残ったんだ。


「……はぁぁぁぁぁ」


 どさり、と力なく地面に座り込んだ。

 まず俺の胸に湧き上がってきたのは、喜びではなく安堵だった。死なずに済んだ、その安心感だけがあった。俺のカードたちを失わなかったことを安堵した。

 やがて、達成感が湧いてきた。必死こいて勉強して、テストで百点を取った時の何倍もの達成感。

 自信も生まれた。あのイレギュラーエンカウントを、初の主戦で倒したのだ。

 しかも何の事前情報もなく。俺って結構才能あるかも、と自画自賛したい気分だった。

 俺のカードたちはこんなにすごいんだぜ、と誰かに自慢したくなった。


 最後に、それらすべてを吹き飛ばすくらいの感謝の気持ちが湧いてきた。


 もし俺のカードがコイツらじゃなかったら、まず間違いなく死んでいた。

 特に座敷童。こいつは道中も戦闘中も本当に俺を助けてくれた。この小さな少女が元気づけてくれなきゃ主と戦う前に俺の心は折れていた。戦闘中だって、ここぞという場面で光弾を討ち、バリアの謎を解いてくれた。トドメだってコイツだ。

 今の戦いを見て、誰がコイツをハズレカードだなんて思う? 相場の半額以下? 馬鹿言え、相場の十倍、百倍だってみんな欲しがるぜ。

 本当に、ありがとう。そうとしか言いようがない。

 そんな思いを乗せて座敷童を見て――――凍り付いた。


 死神が、彼女の背後で、鎌を振り上げていた。耳元まで裂けた口で残忍に嗤う。


「――――サプラ~イズ。エンターテインメントは意外性がなくちゃネ!」


 やめ――。

 そんな言葉が口を出る前に、鎌が、振り下ろされた。



【Tips】感想

作者のやる気に直結する栄養素。

人間は食べ物がなくても「感動」を食べるだけで生きていけるらしいが、作者は「感想」がなければ生きていけないか弱い生物なのである。

感想お待ちしております。

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