第7話 エロゲみたいな美人の保健室の先生って実在すんの?
「ふぁぁ、あ〜〜〜」
昼休み、教室にて。俺はいつものメンバーと飯を食いながら込み上げる眠気と戦っていた。
「……なんだよ、マロ。随分眠そうだな」
俺の大きな欠伸を見た東野が言う。
「最近いつも眠そうだよな。そんなバイト忙しいん?」
「あ〜……」
少しだけ心配そうな西田の言葉に、何と返そうか少しだけ迷う。
スーパーのバイトは、冒険者になる少し前に辞めている。あのスーパーには、シフトがたくさん入れるという以外に何の魅力もなかったからだ。
だが、それを正直に言ったらどうして眠いんだよ、という話になる。
「最近新人の指導をすることになってさ。しかも一気に三人。それでちょっといつもと違う疲れ方してるかも」
「なるほど、そりゃ大変そうだな。俺には無理だわ」
と東野が顔を顰める。そこへ西田がいやらしい笑みを浮かべて言った。
「でも可愛い女の子かもよ?」
「お、確かに。そこらへんどうなのよ?」
「む」
確かに、三人の新人さんは可愛い女の子ではあった。ただし一人は生意気ロリ、一人は死体美人、最後の一人に至っては人間の形すらしていなかったが……。
「確かに女の子ではあるな」
「おお! 顔は? 可愛い?」
グッと身を乗り出す絶賛彼女募集中の東野。なお、募集はしても勧誘はしていない模様。
「外見は……まあ可愛いよ。一人は美人系でもう二人は可愛い系かな」
嘘はついていない。
俺の言葉に二人は眼を輝かせた。
「なにそれ、最高じゃん!」
「可愛い後輩バイトを指導するとか、エロゲかよ」
なんでもエロゲやギャルゲーに繋げるのはやめようね、西田くん。
「そんな良いもんじゃないんだってマジで。一応仕事だぜ? 仕事」
俺はうまく冒険者の仕事をぼかして二人に愚痴った。
一人は俺のことを舐めていてまるで言うことを聞いてくれず、一人は言ったことはちゃんと覚えてくれるのだが自分で考える力はゼロ、最後の一人は真面目で素直なのだがプレッシャーに弱くチャレンジ精神に欠ける……。
そんな俺の説明に、二人はちょっとだけ同情したような顔をした。
「なかなか癖のある人材みたいだな」
「欲しいもんいろいろあるからバイトしてみようかなと思う時もあるけど、マロの話聞くと大変そうで二の足を踏むんだよなぁ」
腕を組みながら悩む西田に、俺は一応フォローを入れることにした。
「いやあ、うちのところは普通のところより大変だから参考にならないと思うぞ? 一週間のほとんど入ってるし、それだけ入れるってことは普通に人が足りてないってことだしな。週二日か三日で入るなら全然大丈夫だと思うぜ」
「うへ、そんな入ってんのか。そりゃ最近付き合い悪いわけだ」
「そんなに稼いでなんか欲しいもんあんの? バイクとか?」
「あ〜……」
東野の何気ない質問に、俺は少し言葉に詰まった。
「まぁいろいろだな。バイクの免許といい感じのバイクも確かに欲しい」
バイクがあれば冒険者としての活動範囲も広がるしな。
「なるほどねぇ。バイクちょっと俺も欲しいな。うちの高校、バイクで登校できるし」
「その辺うちの高校緩いよな。駅からちょっと離れてるからだろうけど。俺もコミケに向けてちょっと短期バイトでもやってみるかな」
無事話題を流せたことに内心胸をなで下ろしていると、クラリと眩暈が俺を襲った。
「やべぇ、眠すぎて眩暈するわ。ちょっと保健室で寝る。悪いけど先生に言っといて」
「大丈夫かよ、気をつけてな」
二人に手を振り保健室へと向かう。
わが校の保健室の先生は、妙齢の色っぽいお姉さん……などでは当然ない。三十年ほど前はもしかしたら美人だったのかもしれないおばちゃんだ。
……ラノベやギャルゲーのような美人でエロい保健室の先生なんて実在するのだろうか。いるのならぜひ教えて欲しい。
「すいません、ちょっと眩暈がするんでベッド貸してもらっていいですか?」
保健室に入った俺は真っ先にそう言ったが返答はなかった。部屋を見渡すと、誰もいない。
どうしよう、勝手に寝てもいいんかな?
そう迷っていると。
「——先生、今いないよ、勝手に休んでいいんじゃない?」
不意に奥のベッドのカーテンがシャッと開かれ、一人の女生徒が顔を出した。
「し、四之宮さん」
そこに居たのはリア充グループの一人で、学年一の美少女とも言われている四之宮 楓だった。
噂では読者モデルをやっているという彼女は、毎日メイクをバッチリと決め髪をアッシュゴールドに染めた完全なギャルだ。髪型はその日の気分で結構変わっているのだが、背中まで届くフワフワの髪をシュシュでお洒落に纏めていることが多い気がする。
友達も垢抜けた派手目の娘が多く、うちのクラスのギャル系女子のトップでもあった。
普段はまとめてリア充グループと言われる高橋らだが、彼らの多くは他に友人グループを持っておりそのトップを努めている。例えば高橋は野球部系グループを、牛倉さんは吹奏楽部の大人しめの女の子グループをそれぞれ持っている。
親友で幼馴染らしい四之宮さんと牛倉さんだが、女子としてのグループは完全に別なのだ。
そんなギャル系派閥のトップである四之宮さんに、俺のような陰キャ系モブは若干の苦手意識を感じていた。
理由はいろいろと上げられるが、あえて一言でいうなら「童貞だから」と言ったところか。
俺が蛇に睨まれた蛙のように身を硬直させていると、四之宮さんは微笑みを浮かべ隣のベッドを指さした。
その笑みは思いのほかあどけないもので、俺は不覚にも一瞬見惚れてしまった。
「体調悪いんでしょ、休みなよ」
「あ、うん。ありがとう」
おずおずと隣のベッドへと入り、体を横にする。
それからしばし無言の時間が流れた。俺は隣に天敵であるギャルがいることで寝付くことができず、かといって何かを話しかけるわけでもなく、悶々とした時間を過ごしていた。
「………………」
コッチコッチと時計の音だけが妙に部屋に響く。
なんか……情けねぇな。ふと思った。
四之宮さんみたいな可愛い娘ともビビらずに話せるよう冒険者を目指したってのに、今もこうして意味もなく苦手意識を持っている。
結局、俺は根っからのモブってことなのだろうか……。冒険者なんて肩書を得たってリア充になんて到底——。
「……ねぇ」
「ひゃい!?」
無言でスマホを弄っていたはずの四之宮さんに急に話しかけられ、物思いにふけっていた俺は思わず変な声を出してしまった。
それに彼女はプッと噴き出して。
「なにそれ、ウケる。えーと、名前たしかマロだっけ? 変わった名前だよね」
「あ、いや、それはアダ名。本名、北川歌麿だから」
アタフタとしながらなんとか答える。
「あ、そうなんだ。でも本名も変わってんね。つか、きたがわうたまろってどっかで聞いたことあるかも」
「……一応クラスメイトだしね、一回は聞いたことあるでしょ。まあ四之宮さんが言ってるのは江戸時代の絵師の喜多川歌麿のことだと思うけど」
「あー、それだそれだ。もしかしてそれが名前の由来?」
「良く言われるけど、違う。母親が愛歌(あいか)で親父が昌磨(しょうま)だから一文字ずつとって歌麿。役所に届けた後、江戸時代の絵師みたいって気づいたらしいぜ」
「アハハハ、それウケる!」
会話を続けるうち、俺は徐々に自分の肩の力が抜けていくのを感じた。
ケラケラと笑う四之宮さんには、いつもクラスで感じる『違う生き物』を見る感じが無く、すごく話しやすかった。
「でもマロって言いやすくていいね。ウチもマロって呼んでいい?」
「え、う、うん」
「ありがと。でさ、マロっちってもしかしてバイトでもしてんの?」
「え?」
思わぬ質問に一瞬呆気にとられた。
「あー、一応」
「やっぱり! ウチがよくいくスーパーでよく見かけた気がするからさ。なんか見覚えあるなーと思って」
「へ、へぇ、そうだったんだ」
マジかよ、全然知らなかった。バイト中は仕事でいっぱいいっぱいで周りなんて全然目に入ってなかったからな。
「なんか汗だくになって働いてるから声もかけ辛くてさ。いつも大変そうだなーって思ってたんだよね。週どれくらい働いてんの? 行くといつも見るけど」
「あー、スーパーは週五日かな。土日は、他のバイトもしてるから」
「ヤバ! 毎日じゃん。そりゃ眩暈もするよ。そんなに働いてなんか欲しいものあるの?」
「それは……」
最初は、東野たちと同じように誤魔化そうかとも思った。だが、四之宮さんのキラキラとした瞳を見た時、俺の口を出てきたのは全く違う言葉だった。
「ちょっと目標があってさ。その投資のためかな」
「……目標?」
「ああ」
俺は寝返りをうつとぼんやりと天井を見つめた。
……これまでの人生で、俺がクラスの中心に立ったことなんて一度もなかった。小学校も、中学校も、クラスの人気者たちがワイワイと騒ぐのを教室の端の方で眺めて生きてきた。
それに不満を思ったことは、実は……ない。人には持って生まれた性質があり、自分は人々の中心に立つ人物じゃあないと子供のころから悟っていたからだ。
だから南山がリア充グループの仲間入りをしたのを見た時は、本当に衝撃を受けた。
アイツは間違いなくモブキャラだった。顔も良くない、勉強も振るわない、運動神経もない、話だってそんな面白いわけじゃないし、性格も実は悪い。
それが冒険者になった途端リア充グループの仲間入りをした。
正直、すごいと思った。
それを見て東野たちは南山に嫌悪感と怒りを覚えたようだったが、俺は逆に尊敬を覚えた。
怒りはもちろん感じたが、一方で持って生まれたモブキャラという性を打ち破ったアイツに、敬意を抱いたのだ。
それで、気づかされた。
モブキャラであったことに不満はない。だが、リア充に対する憧れはあったのだと。
だから、挑戦してみることにした。
自分が変われるかどうかを、人生で初めて限界まで頑張ってみて、試してみようと思ったのだ。
その試みはまだ途中だ。
そんなことを考えていると、瞼がどんどん重くなっていった。
なんとか堪えようとするが、どうにも耐えられそうにない。先ほどからフッフッと意識が点滅している。
四之宮さんがなにかを言っていたが、俺はそれに反応することもできず深い眠りへとおちていった。
————なんかそう言うのってカッコイイね。
夢の中で四之宮さんがそう言ってくれたような、そんな気がした。
【Tips】美人の保健室の先生
実在しない。昔は美人だったのだろうおばちゃんな保健室の先生はいるにもかかわらず、その若い頃に遭遇した学生はなぜか存在しない。アニメや漫画、映画の中にはかなりの頻度で存在するため、日本には美人の保健室の先生が存在すると思っている外国人もいるが、実在しない。ファンタジーの生物が実在するようになったこの世界においても、美人の保健室の先生はファンタジー性を保ち続けている。
正確には、養護教諭というらしい。
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