第6話 一枚くらいは使いやすいのいないのかよ


 ————キンコンカンコーン。


「……はぁ」


 授業の終わりを告げるチャイムの音に、俺は無意識にため息を吐いていた。

 ついに、この時間が来ちまったか……。

 別に、休み時間が嫌いなわけじゃない。そんな学生は一人もいないだろう。

 嫌なのは、次の授業だ。

 女子たちが教室を出ていくのを確認した俺は憂鬱な表情で、体操服へと着替えだした。

 いつからだろう、この体育の時間が嫌いになってしまったのは。

 言っておくが、運動は苦手じゃない。得意でもないが。

 俺が嫌いなのは、体育の時間に高確率である「はい、二人組作って」という奴だった。


「……マロ、わかってるよな?」

「恨みっこなしだぜ?」


 着替え終わった俺のところへ東西コンビがやってきた。

 その表情は二人とも硬い。


「ああ、わかってる」


 俺たちは拳を差し出すと、同時に言った。


『最初グー、じゃんけんポン!』


 俺、グー。東野、パー。西田、パー。


「ファァァァッッック!」


 俺は吠えた。


「へへっ、んじゃ今回一人なのはマロってことで」

「悪いな。頑張ってパートナーを探してくれ」


 ホッとしたように笑う東西コンビを俺は恨みの籠った眼で見た。

 これだ、これが体育の時間が嫌いになったわけだった。

 二人組を作るという構造上、いつも三人でつるんでいる俺たちは、一人あぶれることになる。

 あぶれた奴は、パートナーを探すためにクラス中をうろつくことになるのだが、その時の心細さとみじめさと言ったら……。

 おまけに相手も大抵友達の少ない奴だから、どうしても授業中負のオーラが漂うことになる。

 糞、こんなことになったのも南山のせいだ。

 アイツがいた頃は四人組だったから2-2で分けやすかったのに、奴が突然抜けた所為で三人組になってしまった。

 こういうのを避けるために、四人組でつるみ始めたというのに。

 学校生活において四人という数字はいろいろとイベント上都合が良いのだ。

 授業ごとのペア決め、修学旅行や体験学習の班決め、麻雀、大富豪、etc.……。

 それが、奴の裏切りによって崩れてしまった。

 おのれ、南山……。

 しかも奴はちゃっかり小野とコンビを組んでやがるのがさらにムカつく。

 そうしてコンビを探し始めた俺だったが、今日は間が悪かったのかなかなか見つからなかった。

 こういう時大抵あぶれている奴と言うのは決まっているのだが、そういう奴らがすでに埋まっていたのだ。

 気づけば俺はグラウンドに一人でポツリと立っていた。

 オロオロと周囲を見渡す。

 ど、どういうことだ? うちのクラスの男子は偶数のはず。余るなんてありえない。もしかして、今日は一人休んでいるとか?

 クラスの奴らが、俺を馬鹿にした眼で見ている……気がする。アイツ、組む奴いねぇの? もしかして友達いないんじゃね? ボッチとかだせぇ。そんな幻聴が聞こえる……。

 ち、違うんだ。友達はちゃんといるんだ。今回はたまたまじゃんけんで負けただけで……。

 そんな風に心の中で言い訳をしていると、グラウンドに駆け込んでくる影があった。


「あぶね〜、あぶね〜。トイレ行ってたら遅刻するところだったぜ。おーい、誰か余ってるやついねぇの? 俺が組んでやるよ」


 到着するなりそう大きな態度で言ったのは、クラスメイトの金成だった。

 その容姿は、一言で言えばチャラ男だろうか。ロン毛の金髪をがっちり整髪料で固め、右耳にだけ二個も三個もピアスをつけている。顔立ちは普通で、面長の顔と酷薄そうな眼つきが蛇っぽい。

 その姿を見た俺は盛大に顔を顰めた。

 うわ、最悪……ナリキンかよ!

 金成は、いつもリア充グループに纏わりついては授業中や放課後に積極的に絡みに行くも、リア充グループからは仲間と見なされていない……俗に言う一軍半と呼ばれる奴らの一人だった。

 ファッションや流行には気を遣っているが、ルックスに優れているわけでも一芸があるわけでもない。その癖、リア充グループ以外のクラスメイトを見下すような言動があることから若干皆から煙たがられている、そんな奴らの一人だ。

 金成は一軍半グループのリーダー格で、名前をもじってナリキンと陰で呼ばれていた。

 ナリキンは余っているのが俺なことに気づくと露骨にがっかりした顔をした。


「なんだ、お前かよ。ツイてね〜。まあ出遅れたししょうがねぇか……ハァァ」


 いきなりの言いぐさに、ツイてないのは俺の方だと俺は顔を引き攣らせた。

 そんな俺を見て、東西コンビをはじめとしたクラスの大体は同情的な顔をしていたが、一部はニヤニヤと見下した視線を向けてきた。

 それは、ナリキンたちのグループと……南山だった。

 アイツは、自分が抜けた後の元友達がみじめな思いをしているのを見て愉悦を感じているようだった。

 ……糞、誰のせいでこんな思いをしていると思ってんだ!

 俺が後ろ手に拳を握り締めていると。


「よし、みんな組み終わったな! 今日はダブルスのテニスだ。勝ち抜き戦にするからこっちにきてくじを引いてくれ」

「……足引っ張んなよ」


 体育教師の指示を聞いたナリキンが、ぼそりと呟いて俺の肩を強めにド突いてきた。

 こ、この野郎。お前だってそんなに運動神経良くないだろうが! つか、感じ悪すぎんだろ!

 頭の中にいくつもの罵詈雑言が浮かんできたが……。


「あんだよ?」

「……………………なにも?」


 俺は、結局一言も言い返すことが出来なかった。

 そんな自分が、一番苛立たしかった……。





 その日の放課後。

 東西コンビに気分転換のカラオケに誘われた俺だったが、それを断り迷宮へとやってきていた。

 ナリキンとの体育の授業は、最悪の時間としか言いようのないものだったが、そんなことは迷宮探索を休む理由にはならない。

 むしろ、このクソみたいな現状を変えるには冒険者として成功するしかないとやる気が湧いてきた。

 ナリキンが俺にあんな態度を取ってよいと思っているのは、相手がカーストの下にいると思っているからだ。奴は、下には強いが上には逆らうことができない典型的なタイプなのだから。

 現に、とても喧嘩の強そうに見えない小野はもちろん、成り上がりでカーストトップになった南山にすらナリキンたちは媚び諂(へつら)っている。

 それはつまり俺がカーストトップになった時も同じだということで。

 そう考えるとやる気がメラメラと湧いてきた。


 迷宮へと足を踏み入れた俺は、さっそくカードを取り出した。

 今日のメンバーは、グーラーと昨日は呼ばなかったクーシーだ。


「出てこい、クーシー!」


 俺の呼びかけと共に現れたのは、牛ほどの大きさもある一頭の犬だった。

 エメラルドグリーンの綺麗な毛並みと渦巻く大きな尻尾を持つ、なんとも神秘的な犬だ。

 大きさ的には犬と言うよりも太古の狼といった感じだが、愛嬌のある顔つきが狼よりも犬のイメージに近かった。


「は、はじめまして、ご主人さま」


 クーシーはオドオドと耳を伏せながら俺へと挨拶をした。

 なんだか頼りない印象だが、挨拶をする分他のカードたちより好印象だ。


「ああ、よろしくな。クーシー」


 ポンポンと腕を叩き、俺はグーラーを呼び出した。

 現れたグーラーは、ぼんやりと宙を見つめている。

 そんな彼女を見ながら、俺は懐からメモを取り出した。


「グーラー、昨日俺がした命令は覚えてるか?」


 コクリと頷く。ん、どうやら記憶力自体は悪くない、と。だが念のため確認しておこう。


「じゃあ、ちょっと命令の内容を言ってみてくれ」

「……マスター、の、後を、ついていく。起き、上がれる、なら、起き、上がる。敵に、反撃、する。使える、スキル、は全部、使う」

「お、よしよし。ちゃんと覚えてるな。それじゃあそれらの命令は一度全部リセットだ。わかったら頷いてくれ」


 コクリとグーラーが頷くのを確認して、俺はメモの内容を読み上げ始めた。


「それじゃあ新しい命令を言う。理解したらその度に頷くこと。命令その一、迷宮内では基本的には俺についてくること。命令その二、迷宮内では常にフェロモンのスキルを使って匂いを消すこと。命令その三、迷宮内では常に敵の気配を探り続けること。命令その四……」


 俺が見ているメモは、俺が授業中に考えたグーラーへの命令リストだ。戦闘の際、命令が無くては全く動けないのでは使えないにも程がある。敵に襲われても自分では反撃すらしないのでは、俺の命の危険すらあるほどだ。不測の事態にいつでも俺が適切な対応が出来るとも限らない。


 そのため考えたのが、予め行動パターンを定めておけばある程度のパターンに対応できるのではないかとというもの。


 幸いにも、グーラーに知性はないがある程度の記憶力はある様なのでありとあらゆるパターンに対する対応をあらかじめ命令として仕込んでおけば、理論上は他のモンスター同様に自立的に動けるはずだった。


 例えば『常に敵の気配を探り続けろ』『敵が一体の時は奇襲をかけろ』『奇襲の時はスキルのフェロモンで気配を消せ』などの複数の命令を組み込んでおくことで、俺がなにも言わずとも敵を見つけた際は奇襲をかけてくれるようになるだろう……と期待したのだ。


 怖いのは命令と命令が矛盾を起こした場合で、このメモは俺が自分で命令を忘れないようにするためと矛盾を起こしていないか常にチェックするためのものだった。


 とりあえずの命令をし終え、グーラーにその内容を復唱させると、俺はメモをしまった。


「よし、それじゃあ早速探索をするぞ。……クーシーには索敵をお願いしたいんだが、できるか?」

「は、はい。ボクは鼻には自信があるので……」


 そう、これっぽっちも自信なさげに言うクーシー。……本当に大丈夫か?


「……頼んだぞ」


 俺は若干不安になりつつ道を歩き出した。

 クンクンと鼻を鳴らし歩くクーシーの後をついていくと、グーラーは無言で俺の後を追ってきた。

 ……うん、ついてこい命令は大丈夫と。

 俺はメモの命令その一に〇をつけた。


 しばし無言で迷宮を進む。

 じりじりと肌を焼く太陽の光。時折吹く心地よい風。木々のざわめき。小鳥の鳴き声。

 のどかな雰囲気に、ここが危険な迷宮であることを忘れかけた頃。


「ご、ご主人さま、て、敵の匂いです。こ、こちらへと向かっています」


 クーシーが声を震わせながら言った。


「むっ、そ、そうか。よし、戦うぞ」


 グーラーは新しい命令を仕込んだばかり、クーシーは臆病のスキルで戦闘力半減と心配はあるが、半減してなおクーシーには圧倒的戦闘力の差がある。

 Fランクモンスターの初期戦闘力は、50以下。一階層であるここならば、10から20と言ったところだろう。対して、クーシーは150。半減しても余裕の差だ。

 そもそも、迷宮のモンスターは同ランクのカードに比べて弱いと言われている。ランクが上であればまず間違いなく勝てるはずなのだ。それが、冒険者登録にDランクカードの所持を絶対条件としている理由なのだから。


「き、来ます!」


 まず感じたのは、プンと漂う卵の腐ったような臭いだった。吐き気を催すようなそれに思わず鼻をつまむと、匂いの主が茂みから姿を現した。

 それは、狼に乗った緑色の子鬼だった。黒ずんだ緑色の肌、皺くちゃの顔と、ガリガリに痩せた体に、ポッコリと出た腹部。どこか地獄の餓鬼を思わせる容貌……ゴブリンだ。それが、二組。

 歯を剥いてこちらを威嚇する敵の姿を見たグーラーが、素早く敵へと襲い掛かった。

 そのまま一撃を叩き込もうとしたところで、なぜか動きを止める。は? なんで止まった?

 なぜか敵を前にフリーズしたグーラーに、敵は容赦なく攻撃する。狼が足へと噛みつき、ゴブリンがこん棒で殴りつける。もう一組も加わって、グーラーはすぐに袋叩きとなってしまった。

 そこに至ってようやく、グーラーは反撃に移る。噛みついた狼を殴りつけ、その肉を噛み千切り、棒で殴りつけてくるゴブリンを殴り返す。自分を攻撃したモンスターへと、順番に反撃していった。

 その非効率な姿を見て、ようやく気付いた。グーラーは機械的に自分を攻撃したものに反撃を行っているのだと。最初に攻撃しようとした時動きが止まったのは、敵が二重に重なっており、どちらに攻撃すればよいのかわからなくなったため……。

 チッ! 俺の命令の仕方が甘かったせいか。

 俺は小さく舌打ちすると、すぐに指示を飛ばした。


「クーシー! 何をしてる! グーラーを助けろ!」

「う、あ……ぼ、ボク、ボク……」


 ところがクーシーは、襲われるグーラーを見てもオロオロとするばかりでまったく動かない。

 なにしてるんだ、コイツは……! たまらず怒鳴りつける。


「クーシー!」

「ヒィッ……す、すいません、すいません!」


 俺の怒声に、クーシーは頭と尻尾を抱えて蹲ってしまった。

 思わず呆気にとられる。

 ……ま、マジかよ。臆病のスキルってここまで酷かったのか。

 戦闘力が半減するだけで、一応は戦えると思っていたのに……。

 頭を振って切り替える。仕方ない。今は、クーシーは諦める!


「クーシー、戻れ! 出てこい、座敷童!」

「あん? はぁ、出番かよ」


 クーシーの代わりに座敷童を呼び出すと、彼女は億劫そうな顔でオレを見てため息を吐いた。


「座敷童、グーラーを助けてくれ!」

「嫌だね」

「……はぁ?」


 愕然と、座敷童を見る。そんな俺の様子を見て、彼女はニヤニヤと楽しそうに嗤っていた。


「なんでお前の命令を聞かなきゃいけないんだよ。言っただろうが、アタシを戦力としてみるのは諦めなってな」

「う、く……。そ、そうだ。新しい菓子があるぜ? どうだ、欲しいだろ?」


 俺は、バッグから来る途中に買ってきた菓子を見せた。上のコンビニで売っていた、期間限定のパウンドケーキだ。


「む……」


 それを見て一瞬だけ悩んだ座敷童だったが。


「いや、やっぱ駄目だね。そんな気分じゃない」


 プイッとそっぽを向いてしまう。


「クソッ!」


 ここにきて、座敷童の反抗期が悪い方向に出てしまった。

 お菓子で釣るのも、こういった切羽詰まった状況ではむしろ逆効果か。


 ………………………………仕方ない。こうなったら、覚悟を決めるしかないか。


 俺は、バッグから警棒を取り出した。

 万が一の時のために用意したこれを、さっそく使う羽目になるとはな……!


「お、おい……?」

「うおおおおお!」

「んな、マジかよ!」


 座敷童の困惑の声を背に、俺はゴブリン集団へと突撃した。

 まさか俺が突っ込んでくるとは思っていなかったのか、ゴブリンたちがギョッと眼を見開き、わずかに硬直する。その隙に、俺は警棒でゴブリンの頭を殴りつけた。


「くっ……!」


 か、硬い! まるでゴムタイヤを殴りつけたような感覚。殴ったはずのこちらの手が痺れるようだ。


「グーラー! まずは狼の方を一体ずつ片付けろ!」

「イエス、マスター」


 グーラーが、自らに噛みつく狼へと喰らいつくのをしり目に、俺はゴブリンと対峙した。

 頭を殴りつけたことで緑の子鬼たちは完全に俺を敵と見なしており、黄ばんだ歯をむき出しにして唸っている。その本物の殺気に、俺は恐怖を覚えた。

 無意識に足が下がり、血液が急速に冷えていくのを感じる。

 落ち着け、大丈夫だ。こんな小学生並みのチビに、高校生の俺が負けるわけがない。リーチでも俺が勝ってる。カードのバリアもある。落ち着け、俺。

 ゴブリンが同時に殴りかかってくる。

 一体目の攻撃はなんとか躱したが、もう一体の攻撃は躱せない。警棒で受け止める。それが、失敗だった。

 ガツン、という衝撃が走り、手が痺れ、警棒を取り落としてしまう。

 なんて馬鹿力だ! 小さくてもモンスターということなのか。凄まじい膂力だった。

 カードのバリア機能により怪我はないが、衝撃は確実に俺の手を痺れさせている。

 それが、俺に死のイメージを明確に喚起させた。


「ヒッ!」


 こん棒の一撃を転がるようにして躱す。頭上スレスレ。金玉が縮み上がった。

 固めた覚悟が一瞬で砕ける。

 も、もう駄目だ、逃げよう。そもそも、生身で戦うもんじゃねぇって、これ!

 そう思った時、グーラーの姿が見えた。ようやく一体目を食い殺したところで、まだもう一体の狼が残っている。ここで引けば、また袋叩きだ。

 俺はグッと唇を噛みしめると、落とした警棒へと飛びついた。

 あと十秒。あと十秒だけ時間稼ぎをしてやる……!

 半泣きになりながら警棒を構える俺に、ゴブリンたちが野猿のように飛びかかってきた瞬間。


「グッ!?」「ギャッ!?」


 どこからともなく飛来した光弾が、ゴブリンたちの頭を打ち抜いた。


「は、え?」


 脳漿をぶちまけ絶命する小鬼たちに、俺は混乱したが、すぐに何が起こったのか気づいた。

 そうか、座敷童が動いたのか。

 グーラーは……完全に狼を拘束して貪り喰らっている。直にあちらも倒せるだろう。


「はぁ〜〜〜〜〜」


 デカイため息をついてへたり込む。

 ……疲れた。マジでビビった。これが、迷宮、これがモンスター。

 正直、甘く見てた。もっと、楽して金を稼げる仕事だと思ってた。RPGをやるみたいにガンガン迷宮を攻略して、どんどん金を稼いで、女の子たちにはモテモテな夢のような職業だと……。そんな仕事が、あるわけないのに……。


「ふ、ふへへ……」


 しかし、Fランク迷宮の、第一階層の、誰もが知る雑魚カード相手に死闘かよ。

 思わず、自嘲の笑みが零れる。我ながら笑えるぜ。

 こんなんで、冒険者やってけるのか、俺?


「おい」


 見上げると、そこにいたのは座敷童だった。なぜか、酷く険しい顔をしている。

 えっと、なんだ? 頭が働かない。……ああ、そうか、お礼か。


「ああ、助かったよ。お菓子か、ちょっと待ってろ。今出す——」

「そうじゃねぇ!」


 懐をゴソゴソと漁ろうとする俺を、鋭い声が貫いた。

 ギョッと眼を見開く。な、なんだ、コイツ。なんでこんなキレてんだ?

 むしろキレたいのは、ギリギリまで助けてもらえなかった俺の方なんですけど!?

 理不尽なものを感じる俺に、座敷童が問いかける。


「なんで戦った?」

「なんでって……お前が戦ってくれなかったから」

「違う!」


 いや、違うって言われても……。


「アタシが言いたいのは、なぜグーラーのために自分の身を危険に晒したかってことだ。カードなんて消耗品だろうが。そんなもんのためになぜ、命を懸ける?」


 コイツ……何が言いたいのかさっぱりだぜ。

 だが、座敷童の顔は真剣そのものだった。

 仕方がないので、真面目に答えてやることにする。


「消耗品、消耗品とは言うけどな。俺にとってグーラーでも大事な財産なんだよ。それをこんな序盤も良いところで喪えるか。次に、別に命を晒したわけじゃない。カードのバリアもあったしな。俺がやりたかったのは、グーラーが持ち直すまでの時間稼ぎだよ」

「……………………」


 俺の説明を聞いた座敷童は、じっと何かを考え込んでいるようだった。


「もういいか? それじゃあそろそろ帰るぞ。今日はもう、疲れたぜ」


 今日も一回戦っただけで終わっちまった。なんつースローペースだ。だが、グーラーの命令を調整したり、クーシーの運用を考えないことには迷宮なんてとてもじゃないが攻略できん。

 俺が重い身体で立ち上がると。


「待てよ」

「……なんだよ、まだあんのか?」


 俺がウンザリと振り返ると、座敷童がニヤリと笑った。


「報酬のお菓子を貰ってないぜ」

「はああああああぁぁぁぁ〜〜〜〜〜……!」


 俺はその日最大のため息を吐いたのだった。




【Tips】ステータス

 カードにはそのモンスターのステータスが表記されているが、その詳細については判明していない。戦闘力についても、力・速さ・器用さ・魔力・頑丈などのさらに細かい能力に分けられているというのが有力な見方である。同様にスキルについても名前ぐらいしかわかっておらず、実際に使わせてみてその効果から考察するしかない。ギルドにはそう言ったデータが全冒険者から集められており、専用のアプリから情報を発信している。主人公もカードのスキルをそういったアプリなどから調べている。そのため、ハズレと思われているスキルにまだ見ぬ力が眠っている可能性は大いにある。

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