第211話 持ちつ持たれつ
それから数週間にかけて、時間を見つけてはアタルデセルに立ち寄った。
今では水樹さんのお店を手伝えるほど回復していた。
失声症の症状は相変わらずだったが、
彼女とは筆談を交えながら何度も会話をしていたので、
今では簡単な雑談ができるほどの関係を構築できたと思う。
ちなみに、仕事終わりにアタルデセルへ寄ると
どうしても帰りの時間が遅くなってしまうため、
ねぎしおの夕飯も普段より遅れてしまうことが多々あった。
もちろん、その度に嫌味を言われるのだが、
最終的には冷凍食品の唐揚げを買っておき、
ねぎしおにチンして食べる方法を伝授した。
結果、自分が帰宅するまでの間、唐揚げで腹を満たしてもらうことで
なんとか納得してもらった。
また、今回の件でねぎしおは冷凍食品に興味を持ったようで、
次は焼きおにぎりを買ってこいとの命令が既に下っている。
当初の予定では自分もここまで頻繁にアタルデセルへ通うつもりはなかったのだが、やはり彼女の依頼内容をこなすには、
話を聞き出さないことには始まらないという結論に至ったので、
今日も今日とてアタルデセルのドアを開く。
時計の針は十六時を回ったところで、
休日ということもあり、店内は普段よりも賑わっているような気がした。
ドアの前で
「中道君、ちょうどいいタイミングで来たね」
とカウンターに立っていた水樹さんが声をかけて来る。
「実はちょっと買い出しをお願いしたいんだけど……」
右手にメモのような紙をもった彼女が申し訳なさそうな表情をして、こちらを見る。
「わかりました。このくらいなら三十分で戻れると思います」
買い出しメモを受け取った火月は、
記載された購入品リストに目を通すと手短に答える。
過去に何度か買い出しを頼まれることはあったし、
いつも飲み物をご馳走になっているので断る理由はなかった。
「ありがとう、本当に助かるよー」
「それじゃあ、行ってきます」
そう言って
「そうだ、できれば伊紗ちゃんも一緒に連れて行ってくれない?」
「それは構いませんが、このくらいなら自分一人でも大丈夫ですよ?」
「あー……。
実は、今後伊紗ちゃんに買い出しを頼むことがあるかもしれないから、
今回は中道君も一緒に行ってサポートしてあげて欲しいんだ」
水樹さんが耳元に顔を近づけてきたと思ったら、
「今の状態だとやっぱり一人で行かせるのは不安でさ」と小声で付け足す。
確かに、声が出せない以上何かトラブルがあったら、
彼女一人で対応するのは難しいだろう。
「なるほど、わかりました」
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
久城 伊紗を呼んでくると言って、
カウンターの奥へ姿を消した水樹さんを見送った火月は、何気なく店内を見渡す。
テーブル席で談笑しているカップルもいれば、
カウンター席で本を読んでいる初老の男性もいて、各々休日を楽しんでいるようだ。
『たまには早く帰って身体を休めるとか、
自分の好きなことを楽しんでみたらどうだ?』
以前、北大路に言われたことを思い出した火月は、
自身の休日の過ごし方について少しだけ思案するのだった。
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