第159話 スタートライン

【俺の名前は、式島 要。

 何処にでもいる平凡な大学生……って言いたいところなんだが、

 俺には一つコンプレックスがある。

 それは今まで一度も彼女ができたことがないということだ。


 中学時代も高校時代も好きな人はいたが、

 結局告白してもふられて、誰とも付き合うことなく今に至る。


 だからこそ、失われた青春を取り戻すため

 俺は大学で彼女を作り、大学生活を満喫することを目標にしていた。


 ちなみに今日は大学の入学式なのだが、この大学を選んだ明確な理由……

 それは所謂クラス制度というものがあったからだ。


 大学ってのは自分が興味のある科目を選択してカリキュラムを作り、

 授業を受けるのが一般的らしいが、

 この大学は高校のようにクラス分けされていて、

 そのクラスによって既にカリキュラムが固定化されているのだ。


 事前に自分のやりたいことがある程度決まっている人間にとっては

 有難い話である。


 ちなみに、大学生ってのはサークルとかバイト先で

 彼女を作ることが多いみたいだが、

 クラスがあるならそこで彼女を作れる可能性もあるわけで、

 とにかく彼女を作る確率が上がりそうだったから、

 この大学にしたと言っても過言ではない。


 おっと、もうこんな時間か。

 そろそろ家を出ないと入学式に遅れそうだ。

 これから俺のドキドキワクワクな学生ライフが始まる!】



要がマウスのクリックを終えると突然画面が暗転し、

アニメのオープニングムービーのようなものが流れ始めた。


「とりあえず、プロローグは終わったみたいだな」


「そうっすね……、今の時点で分かったことがあるとすれば、

 主人公を自分の名前にすると凄く恥ずかしいってことっす」


「要、お主彼女が出来れば誰でも良さそうなキャラじゃったぞ?」


「自分、そんなチャラい人間じゃないっす! 好きな人一筋っすから!」


ムービが終わり、再び画面が暗転したと思ったらゲーム画面に戻って来た。

先ほどとは画面の背景が異なっており、どうやらシーンが変わったようだった。



【俺は今、最寄り駅まで全力で走っている。

 理由は至ってシンプルで、家を出るのが予定より大幅に遅れてしまったからだ。


 まさか、朝食を食べた後に腹を下すとは思わなかった。

 結果二十分ほどトイレにこもってしまい、

 本来乗る予定だった電車に間に合わない可能性が浮上していた。


 だが、初日から遅刻するのだけは何としても阻止しなければならない。

 何事も最初の印象っていうのは大事だし、

 今後の大学生活に大きな影響を与えかねないからだ。


 息を切らせながら走り続けていると、前方にようやく駅が見える。

 最後の力を振り絞り、足に力を入れようとした次の瞬間、

 脇道から人影のようなものが突如飛び出してきた。


 その一瞬の間に俺が把握した情報は、

 その人影が同じ大学指定の制服を着た女性であるということ、

 そして口にフランスパンを加えているということだった。


 全ての動作がスローモーションに映り、

 このままだとお互いぶつかってしまうだろう……】



画面下のテキスト表示が消えたと思ったら、

画面中央に『奇跡的に避ける』『避けない』という二つの選択肢が表示された。


「これは、どちらかを選べってことっすかね」


「だろうな。要の好きな方を選ぶといい」


「そうっすね。

 やっぱり相手に怪我をさせたくないっすから、避けられるなら避けたいっす!」


「そうか、実は俺も同じ意見だ」


要が大きく首を縦に振ると、『奇跡的に避ける』の選択肢をクリックした。



【いや、この絶体絶命な状況でも俺なら回避できるはずだ。

 前方に飛び込むような形で咄嗟に転がりこみ、

 女性との衝突を奇跡的に回避すると、そのまま駅まで突き進んだ。


 無事、入学式にも間に合い、花の大学生活を満喫かと思っていたが、

 俺の大学生活は中学、高校と何も変わることなく過ぎて行った。


 一体、どこで間違えてしまったのだろうか……】



画面が暗転すると画面中央に白文字でバッドエンドと表示された。


「何じゃ、もう終わったのか? やはり何も得られないゲームじゃったのう」


「大学生活も恋愛も始まることなく終わったっす……」


「いやちょっとまて、今のは正しい選択肢を選ばなかったから

 ゲームオーバーになったんじゃないか?」


「どういうことっすか? 相手とぶつからないことこそ何より大事だと思うっす!

 こればっかりは中道先輩でも譲れないっすよ」


「要、俺もそう思う。

 相手とぶつからないで済むなら、それが一番だ。

 でもな、これはゲームだ。バッドエンドになったってことは、

 避ける選択肢が間違っていたってことになるんじゃないか?」


「ちょっと理解に苦しむっす。

 それなら、まずこのゲームを作った会社の人に

 人とぶつかりそうになったら避けるという常識を

 教えてあげないといけないっすね。

 例えゲームでも間違った行動を容認することはできないっすから。

 ちょっとゲーム会社の電話番号教えてもらってもいいっすか?」


「要、一旦落ち着け。

 とりあえずもう一回ゲームをやってみよう。

 次やったら選択肢が変わってるかもしれないし、

 何か見落としている部分が見つかるかもしれない。

 それに今電話してもきっと営業時間外だぞ」


「それもそうっすね。それじゃあもう一回やってみるっす」


ゲームを再開し、先ほどと同じ選択肢が表示されるところまで進めると、

要の手が止まる。


「やっぱり、同じ選択肢しかないっすね」


「そうみたいだな。要、今度は避けない方を選んでみないか?」


「中道先輩。

 この状況で避けないを選ぶっていうのは、

 避けることができる力があるにも関わらず、

 わざとぶつかる行為だと思うんすよね。

 それって衝突事故では無く、もはや衝突事件になるんじゃないっすか?

 もしこれが、避けれないっていう選択肢なら、

 この主人公に避ける能力がないと判断できるので、

 そっちを選ぶのもやぶさかではないっすが、

 この主人公は避ける能力をもっているんっすよ。

 ならば全力で避けるべきっす!」


「…………。そう、だな」


要の言っていることは正しい、だから何も言えなかった。

例えゲームであっても彼の信念を曲げることはできないのだと悟った火月は、

どうしたものかと頭を抱えたのだった。

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