第121話 準備

「突然ですが、中道さんは何故修復者になられたんですか?」


いきなり修復者になった理由を聞いてくるとは思わなかったので、

どう返事をしたものかと考えていると、直ぐに元田さんが話を続ける。


「こんな質問をしてしまってすみません。

 でも修復者になる人は、何かしらの目的をもってこの仕事をやっているはずです。

 もちろん、中道さんも私も例外ではないでしょう」


「……それは、そうだと思います。

 ただの副業にしてはリスクが大きすぎる仕事ですから」


「ええ。私はこの仕事で得た報酬が、少しでも生活の足しになればと思っています。

 本業は別にありますが、

 妻と娘を養っていくのに、お金はいくらあっても困りませんから」


火月は独り暮らしなので、家庭を持っている元田さんの苦労は分からないが、

今の時代、お金を稼ぐ手段は複数持っていた方がいいだろう。


会社が社員をずっと守ってくれる保証なんて何処にも無い。

結局、最後に信じられるのは自分自身だ。


「修復者として仕事をするようになって、

 以前よりも将来のためにお金を貯めることができるようになりました。

 こればかりは紛れもない事実なので、

 仕事を紹介してくれた水樹さんには感謝しています。

 そして、私はこの仕事をする上で絶対に譲れないことがあります」

そう話す元田さんの表情は柔らかいものだったが、どこか強い意志を感じた。


「譲れないこと……ですか?」


「はい、それは生きて帰って来るということです」


「元田さんの帰りを待つ人がいるからですか?」


「そうですね。正確には、守るべき人なのかもしませんが……。

 だから私は基本的に、傷有り紅一の扉しか修復しません。

 報酬が少なくても、リスクが最小の仕事を取ります。

 中道さんには、私がとんだ臆病者に見えるかもしれませんね」


「いえ、そんなことは……」


元田さんの修復者としての在り方を誰が否定できようか。

仕事のやり方は、修復者の数だけ存在する。


「だから、中道さんが集めてくれる扉の情報は、

 私にとって非常に心強いものでした。

 もちろん、異界は何が起きるかわからない場所なので、

 予定通りに行かないこともありますが、

 今まで私がこの仕事を続けられたのは、

 中道さんのおかげといっても過言ではないでしょう」


「買いかぶり過ぎです。

 でも、今のお話を聞いた限りだと、

 今回は傷有り紅二の扉になるので修復対象外になるんじゃないですか?」


「仰る通り、普段の私なら絶対に手を出さない扉になりますが、

 そうも言ってられない事情がありまして……」


「差し支えなければ、その事情を伺っても?」


「ええ、実は扉の出現した場所が、自宅近くの公園なんです。

 週末によく娘と一緒に遊びに行く場所なので、どうしても放っておけなくて」


「なるほど」


確かに、怪物が出てくる可能性のある扉が自宅近くに出現したら、

気が気じゃないだろう。

いつ家族が被害者になってもおかしくないのだから、

早めに対処したい気持ちは理解できる。


「水樹さんに、中道さん以上に腕の立つ人がいるとは聞いているのですが、

 相手がどんな人なのかわからない以上、

 私にとっては共闘すること自体がリスクになり得ます。

 中道さんの事も私はほとんど知りませんが、情報屋としての仕事振りから、

 私が唯一頼れる人だと思ったので、今回扉の修復の依頼をさせて頂きました」


「事情はわかりました。でも、本当に私で良いんですか?

  自分で言うのもあれですが、戦力としてはお役に立てないと思いますよ」


「一緒に扉に入って頂けるだけでも十分です。

 それに、中道さんの事前情報通りの難易度なら、

 二人で修復可能だと考えています」


おそらく、元田さんは基本的に誰も信用しないタイプなんだろう。

情報屋としての自分を買ってくれているみたいだが、

話を聞いた限り消去法で自分を頼るしか選択肢が残されていなかったのだ。


修復者が生き残るためには、臆病すぎるくらいで丁度いい。

久々に、修復者らしい修復者に出会った気がする。


「最後に確認しておきたいんですが、

 もし私が命の危険に晒された場合、元田さんを見捨てる可能性もあると思います。

 そこのリスクについてはどうお考えですか?」


「そうですね。それはお互い様かと思います。

 きっと私も、身の危険を感じたら中道さんを見捨てるでしょう。

 だから、その時は恨みっこ無しでお願いします」


柔らかい口調で答えていたが、

おそらく相手に裏切られることも想定済みなんだろう。

こっちも変に気を遣う必要がないので、むしろ有難かった。


「……わかりました。今回のご依頼、お引き受けします」


「ありがとうございます。

 それでは、明日の午後十時に扉の前で落ち合う方向でいいですか?

 遅い時間で申し訳ないのですが、家族が寝静まった後に家を出たいので」


「問題ないです。

 ちなみに、明日の待ち合わせ前に

 他の修復者が扉を修復している可能性も考えられると思うのですが……」


「私としては願ったり叶ったりの展開なので、その場合は現場で解散としましょう。

 もちろん、中道さんには依頼料をお支払いさせて頂きます。

 今回の目的は、扉の修復が最優先事項ですので、

 我々が修復しないで済むのなら、それに越したことはないですから」


「わかりました。

 後は、お互いの能力について把握しておいた方がいいと思うのですが、

 まだ時間は―――」


「大丈夫です。異界では不測の事態も考えられますので、

 各々の役割、怪物との戦い方について

 事前に決めておきたいと思っていました」


壁に掛けてある時計を確認すると、午後十時三十分になるところだった。

備えあれば憂いなし……

お互いの為にも、事前に共有できる情報は共有しておきたい。


机の上に置いてあった烏龍茶を一口飲んだ火月は、

自分の能力について話し始めたのだった。

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