第24話 依頼

「こいつの世話を自分がするんですか?」

カウンター越しに立っている彼女に向かって、再度確認をする。


「そういうことになるかな……難しそう?」

仕事終わりにアタルデセルに立ち寄った火月が水樹から報告を受けた内容は

予想外のものだった。


どうやら組織に預けられた鶏は、数日間に渡って様々な検査を受けたそうだ。

結論から言うと『要観察対象』となり、

今後もこの怪物の調査を続けたいとのこと。


ただ、組織の本部に閉じ込めておくのは、怪物鶏にとって

良い環境とは言えないらしい。


なるべく鶏自身にストレスが少ない、自然な状態でいるのがベストだと考えた組織は

一番最初に出会った火月を傍に置き、

日々の調査レポートの提出を依頼することに決めたのだそうだ。


さながら絶滅危惧種の動物のような扱いに驚いたが、

こいつに関しては、何処にいようがストレスフリーな気がした。


「話の経緯は理解できましたが、直ぐに返事はできないかもしれません…」


「本当は私がお世話できれば良かったんだけど、

 お店があるからちょっと難しくてね…」

と困った表情で彼女が言うので

「そこまで気を遣って頂くわけにはいきませんよ。元々は自分が事の発端ですから」と答える。


小銭稼ぎが出来ればと軽い気持ちで考えていたが、

まさかこんな大事になるとは思ってもみなかった。


今更ながら過去の自分の軽率な行動を後悔する。


いずれにせよ、藪をつついたのは自分なので潔く依頼を受けようかと考えていると


「一応依頼料として、

 組織から毎月一定額の報酬が支払われることにはなっているんだけどね…」

と水樹が呟いた。


「…ちなみに、どのくらいの報酬が頂けるんでしょうか?」

と質問すると、

右掌を広げて火月の前に突き出し

「千じゃなくて万らしいよ」と水樹が情報を付け加える。


この鶏の世話とレポートの提出だけで毎月五万は破格の条件だった。

組織の人間がこいつに執着する理由は今のところ不明だが、

自分の懐が安定して潤うのならどうでも良い話だ。

扉の修復のリスクと鶏の世話のリスクは比べるまでもなかった。


「わかりました。その依頼、謹んでお受けいたします」


「即答だね、そう言ってくれると信じてたよ」

と微笑しながら言う彼女を見て、

ここまで想定通りなんだろうなぁとしみじみ思う。


先ほどからテーブルの上で仰向けになって寝ている鶏を見ると、

右足に黒いリングのようなものが着いていることに気づいた。


「これは?」と指をさしながら質問すると

「何かあった時のためのGPS発信機らしいよ」と教えてくれた。


確かに、いくら見た目が鶏だったとしても怪物という事実は変わらない。

実界に影響を与える可能性がゼロでない限り、

いつでも居場所を特定できる方が色々と都合が良さそうだなと思った。


「今回の件は色々とお世話になりました。あとは自分の方で引き取りますので」


「全然気にしなくて大丈夫だよ。

 中道君は今後の扉の修復活動をより一層頑張ってもらえればいいからさ」


少し含みのある言い方に、こいつが粗相をしたのではないかと不安に思ったが、

彼女に確認する勇気がなかったので

「…頑張ります」と小さく返事をすることしかできなかった。


眠っている鶏を掴んで、鞄の中に押し込む。


「また来ます」と水樹に挨拶をして店を出た火月は、

鶏の餌を探すため、近くのホームセンターへ歩みを進めた。

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