第二話


 「1666(シックスティーンシックスティシックス)」


         堀川士朗


第二話 尾古伊沢(おこいざわ)



杉作村を離れて二十里。

仏教が盛んな町、尾古伊沢に到着した。

町の様子は変わっている。

いくつもの煙突が立ち並んでいるが、何を溶かし、何を作っているのかは外からは分からない。

ぷぺっているのかもしれない。


煙突からは黒い煙がもくもくと立ち込めている。

不吉なまでに。

すさまじいまでに。

狂おしいまでに。

空気が悪い。

鼻毛が伸びる。


間垣は一文銭をぴぃぃぃんと指で弾いて掌で蓋をした。

表か裏か。

今日の予定はこれで決まる。


用心棒を雇う事にした。

『をどあける』の少女たちの護衛用に。

または、見張り役に。

腕の立つ活きの良いのが良い。

立て札を立てるともう人が集まってきた。

その中から間垣は、一番腰の据わった眼光が鋭い若い男を雇う事にした。


祖土利一(そどりいち)。

数えで二十五歳。

居合いの達人。

背はあまり高くない。

目方は十五貫ほどの痩せた男だ。

だが、鋼のような筋肉をしている。

夏に相応しい浅黄の炉の着物で柄は千鳥格子。帯は夏紗の献上で七福神の根付がくくりつけられている。

金はかかっている。

それだけ用心棒として稼いでいるという事だろうか。

粋な男だ。

三尺二寸ほどの朱色の鞘の刀を一本だけ差していた。

武士の出ではないのだろう。

間垣は祖土のそういったところにも好感を持った。

武士の杓子定規で事を図られてはかえって迷惑である。

一方、祖土利一の方でも人間観察は怠っていなかったようで、間垣の首筋にきっすまあくがあるのを祖土は見逃さなかった。


「俺は祖土利一。天然痘流地擦りの剣、斜の太刀を得意にしているよ」

「そうか。頼りにしているぜ若いの」

「祖土と呼んで呉れ、明け鴉の旦那」


ゆうもあもあるようだ。

十日で三両で雇う事にした。目的地に無事着いたら更に五両の約定を交わした。

充分な報酬額だろう。


幾日か経つ。

間垣富三はまだ他の町へ出かけようとしない。

この町が気に入ったみたいだ。

お寺さん通いをしている。

特に萌燃寺の不感禅念正(ふかんぜんねんしょう)和尚の有難い法話にいたく感銘を受けて毎日通っているようだ。


乾麺が余っているので今日も饂飩(うどん)だ。

広い車中にて調理し、食らう。

祖土利一が間垣に文句をつける。


「こう長シャリばかりじゃあ力が出ねえぜ」

「文句を云うな三ピンヤッコ」

「トゥヘッ!誰が三ピンヤッコでぇ」

「夜郎自大ぢゃねえだろうな」

「見くびりなさんな」

「ともかく給金分の働きはしてもらうぜ祖土。荷を襲い奪う輩は全員斬り伏せって呉れい」

「応よ」


間垣富三は房楊枝で歯を磨いている。


煙突からは黒い煙がもくもくと立ち込めている。

不吉なまでに。

すさまじいまでに。

狂おしいまでに。

空気が悪い。

鼻毛が伸びる。


間垣が房楊枝で歯を磨きながら泣きそうな久松に意地悪く聞く。


「どした久松。何だてめえ、親に会いてえか」

「会いてえだ」

「そうか。親なんかいらねえけどな。吾の父親は、なんか『上級国民』とか云う高額な電気治療機器売り付ける変な健康宗教にハマったから、とうに親子の縁を切ったぜ」

「さいですか。まるで森川チロみたいですね。そりゃ災難でんしたね」

「なにをっ!このあほうがっ!あほうがっ!お前に何が分かるんだよっ!このぶすくれっ!ぶすくれがぁっ!お前に何が分かるってんだよぉっ!馬鹿が!ぶすくれがぁっ!泥水すすれっ!この馬鹿がぁっ!」


いきなり訳もなく激昂した間垣が頑丈な大煙管でもって久松の頭をぱかぱか打ち付ける。

地味に痛い。

顔を足の裏で強く踏みつけたり、平手打ちを繰り返したり、『をどあける』専用しつけ棒で尻を叩きつけるなどした。

ばちこーん!


「ちゅっちゅっちゅ~るるっぱああああああああっ!」


久松はだぶるぴいすだ。

だぶるぴいすには痛みを軽減する効果がある。


「つくづく腹の立つ七面倒くせえ生意気な野郎だ!」


誰も止めないので間垣はやがてそのろうていしょんを自主的に止めた。

どうして怒っていたのか間垣自身にもよく分かっていなかった節がある。

法話の効き目はなかったし、久松にとってはえらい迷惑な話であった。


夜になった。

間垣は他の娘たちを曳き車『玄武』で雑魚寝させて、娘たちの中で一人器量良しの美奈だけ自分と同じ宿の部屋に泊めて愛した。


いちゃいちゃぱらだいす。


その様を祖土利一がこっそり覗いていたのを間垣は知らない。

祖土は割りとこういうあれな性癖の持ち主である。若いのに。


煙突からは黒い煙がもくもくと立ち込めている。

不吉なまでに。

すさまじいまでに。

狂おしいまでに。

空気が悪い。

鼻毛が伸びる。


尾古伊沢に数多く存在する煙突の謎。

それは砂鉄を溶かし寺用の吊り鐘を作っていた為であるのだが今回の旅とは何も関係がないのでこれ以上紹介しないしこの町は五年後台風により滅び不感禅念正和尚は他の町でぴんさろ屋の雇われ店長となる。


見ろ、伏線回収に努めた。



          つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る