STAGE 3-14;遊び人、サイハテの謎に迫る!


「どうして【サイハテ】の4文字をっすか!?」


 樹下街の入口で出会った、帝国軍の〝調査役〟――チェスカカという冒険服の少女はそんな疑問を口にした。


「どうしてもなにも――サイハテと口にしてはいけないルールでもあるのか?」


「うわわわわ~~~! ま、また言ってる~~~……!?」


 チェスカカはぐるぐると目を回して、後ろに倒れかける。

 それをぐっとこらえ直して、


「お名前は!?」


「アスト。王国の出身だ」


「自分はチェスカカっす! 帝国生まれっす! ご職業は!?」


「『遊び人』だ」


「自分は『探索家ディグラー』っす! って!!! 遊び人~~~……!????」


 チェスカカは頭を抱えて天を仰いだ。


「ど……どうしてその不定職が、世界が緊迫する捧蕾祭の時期に、エルフの国を尋ねたっすか……?」


「ああ、神様に文句をつけにいくのにな。【淵源の宝珠ファミリア・オーブ】とやらが必要なんだ」


「かかかかか、神様に文句を~~~~~……!!?!!??!?」


 今度は泡を吹いて倒れそうになるのを、やはり彼女は『ここが踏ん張りどころっす!』と持ち直した。


(……でも、宝珠オーブのことを知ってるってことは、やっぱりアストさんの知るサイハテは本物ってことっすね……)


「なにをぶつぶつ言っている」


「ぶつぶつ言いたくもなるっすよ! こほん! げほん! えほん!」


 チェスカカはわざとらしく咳をして、


「いいっすか!? いいっすね!??」


 語気を強め前置いてから――聞いた。


「【神々が棲まう地サイハテ】は本来――人類である以上は口にできない〝禁忌〟の概念っす!」


 アストはその意味がうまく理解できず、首を捻る。


「さっき〝口にしてはいけないルール〟と言ってたっすが、そのまさしくっすよ! 『サイハテは存在しない』――あの【聖教会】が、そう御触れを出したなら、それが世界の聖規律ルールになるっすから……!」


 聖教会せいきょうかい――それは『聖女』を筆頭に〝神の代行者〟として、世界の規律を管轄する組織。

 他ならぬ【神様】から、人生を左右する『職業』を授かるこの世界においては、いち国家よりもその影響力は強いとされている。


「疑問は多くあるが……」アストが唇に指をあてながら訊く。「ルールを定めるのはいいが、破るやつだっているだろう。ましてや、人の会話すべてを取り締まることは、難しいんじゃないか」


「それを可能にするのが『聖女様』の魔法スキルっす!!!」恐れおののくような表情でチェスカカは言った。「聖女様を擁する聖教会はその昔、魔法をかけて――【サイハテ】の4文字をっす……!」


「ほう……全人類を対象とした全体魔法、か」


 あまりにもスケールの大きなそんな言葉に、アストの瞳の奥が色めき立った。

 チェスカカはごくりと唾を飲み込んで続ける。


「聖教会として、なにか知られるとまずいものが【サイハテそこ】にあったからだと自分は睨んでるっすが……いずれにせよ、今のこの世界では、だれもサイハテの存在を知らないはずっす。もしくは、知っていても――」


「知らないふりをしている、――否。知らないふりをせざるを得ない、ということか」


 こくり、とチェスカカが力強く頷いた。


「とはいうが」アストはふう、と短い困惑めいた息を吐いて、「チェスカカ。お前は〝サイハテ〟のことを、なぜ覚えているんだ」


「それは、この首飾りのおかげっす!」チェスカカはその質問を想定していたのか、間髪入れずに答えた。「【呪文外しの首飾り】――この大樹林の遺跡で発掘された最上位の【神遺物アーティファクト】っす!」


 決して煌びやかではないが、錚々たる輝きを放つ宝石がはめられた首飾りが、彼女の首で揺れた。


「ここだけの話、近年の聖教会の動向には自分も疑問を抱いてたっす! 発掘の目的は〝遺物〟ではなく、その果てにある〝歴史に埋もれた真実の探求〟――それこそが『探索家』の宿命だと自分は考えるっす……!」


 目をきらきらと輝かせ、チェスカカは胸を張る。

 『ふん!』とふたたび彼女は気合を入れるようにしてから、アストに向き直った。


「あらためて訊くっす、アストさん! 、ようやく打ち破ることのできる聖女様の魔法を。この世界の聖規律ことわりを。――どうして貴女は無視することができるっすか……!?」


 唇を噛み締めて期待をするチェスカカを前にして。

 アストは、正直に答えた。


「知らん」


「……へ?」


「なんでだろうな」


 この世界に生きる人類のルールを覆す、とてつもないことであるにも関わらず。

 まるで昨日の夕食を思い出せない程度のことのように、些細に首を傾げるアストに対して。


「……っ! ……っ!!! ……っ!!!!?」


 チェスカカはふたたび、顔中の穴を限界まで解放させた。


「なぜ〝この世界の縛りが効かないか〟か――」


 頭上で遊んだ毛をゆらめかせながら、彼女は考える。

 予想ができるとしたら、ひとつだけ。


 ――アストは元は、この世界の存在ではない。


 余計な騒ぎに巻き込まれたり、目立つのも得策ではないと考えて。

 アストはまだ、この世界の誰にもそのことを話してはいなかった。


「いつか、必要になれば――打ち明けることもあるかもしれないな」


「………………はっ!」


 アストが独りちていると、どこかにぶっ飛んでいたチェスカカの意識が戻ってきた。


「ふうう~~~~、危ない危ない!」額の汗を拭いながら、彼女は続ける。「驚きすぎて、あっちの世界から帰ってこられなくなるかと思ったっすよ!」


 その後も白熱したチェスカカによって繰り出される質問を。

 アストは淡々と受け流しながら、時は過ぎていった。


「ふううううう~~~……まだまだ聞き足りないことはあるっすけど、ひとまずは満足したっす! とにかく――アストさんは〝常識が通用しない規格外の女の子〟ってことっすね!」


 彼女は曇りのない笑顔でそう言うが。


「むう……その言い方は、なんだか釈然としないな」


 対するアストは『俺はふつうの人間だ。聖女やらと違って、全人類に魔法はかけられないしな』と、どこか伏し目がちに言った。


「全人類に魔法なんて、ふつうの人は考えるまでもなく無理っすよ……基準とする〝異常の規模〟すら異常っすね……あ!」


 それまで機関銃のような勢いで話をしていたチェスカカが、掌をぱちんと打った。


「そういえば――」


 彼女は今頃になって、あっけらんかんと。

 極めて爽やかな笑顔を浮かべながら、言った。


「アストさん、っすね! これからよろしくっす!」


「……あ、ああ。今更だな」


 アストは差し出された手を握ると、


「じゃ! またすぐに、お会いしましょうっす~~~~~~!」


 くるりと踵を返して、チェスカカはどこか森の奥へと走り去っていった。


「まったく、まるでだな」


 意図せずクリスケッタと同じことを口にして。

 ふとあたりを見渡すと、随分と暗くなっていた。

 空の低いところには、青白い月が出ている。


「次の満月の日が、捧蕾祭ほうらいさいと言っていたか」


 その月の形は、もう随分と真円に近づいていた。


 ――つぎの満月の日、世界は滅びてしまう。


 クリスケッタのそんな悲痛めいた呟きを思い出しつつ、


「そういえば、エルフの姫を捜索するんだったな」


 意図せず置いてきたリルハムたちに合流しようと、あたりをきょろきょろ見渡したが――。




「……樹下街は、どっちだ」




 続くアストの溜息も。

 暗い森のどこかから聞こえる、獣がうめくような音に紛れて消えたのだった。




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いよいよ、アストがお姫様救出へ――!


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