STAGE 3-7;遊び人、エルフの姫に狙われる!?
「妹の失踪を公言すべきとのことだが……それは叶わぬ。我らには神より
クリスケッタというエルフの姫は、空を
「エルフという種族にとって、ある日突然姿をくらますというのは――〝種族の名誉〟のひとつでもある」
「えー!? 〝いいこと〟ってことー?」リルハムが驚嘆とともにまん丸の目を見開いた。
クリスケッタは堂々と頷いて、「古来より、
「ふむ。神の世界への
エルフの第一王女は厳格な声で続ける。
「ましてや、神様に必要とされた存在を
「あれー? でも、今回の場合は
「……それが問題なのだ!」クリスケッタはびくりと眉を動かしたあと、全身を叩きつけるように叫んだ。
うあー、と急な大声にリルハムが驚く。
「我々は古来より、神の言いつけを守り、世界のために献身的な奉公を続けてきた敬虔な種族だ。神は妹に、『
彼女は唇をぎゅっと噛んで、拳を震わせる。その
「……取り乱して、すまない。このように、種族を率い、おさめる立場の我々ですらも、今回の事案には手をこまねいている。結論は出ていないし、出る気配もない――それこそ、神のみぞ知る、だ。そのような状態で、国の民に事実のみを伝えたとて、捧蕾祭を前に混乱を招くだけであろう」
その横顔は悲痛に満ちていた。これまでに既に、幾度にもわたる苦悩をしてきたのであろう。
いずれにせよ、彼女ら
だからこその、苦悩。
だからこその、混乱。
「とにかくも」
彼女は大きく
「次の満月の夜こそ世界樹が〝蕾〟をつける千年の周期にあたり、その蕾を求めて神代の魔物――【
クリスケッタは続けて、
「世界樹が蕾をつけるには、
もうひとつ、続けて、
「その妹は
――つぎの満月の日、世界は滅びてしまう。
重々しい沈黙が周囲に満ちた。
ふと崖から見下ろすと、地表を覆う白い霧も、天を覆う灰色の雲も、少しの動きもなく停滞している。
不自然なまでに静かだ。まるで音が、それらの白の中に徹底的に吸い込まれてしまったようだった。
世界から、時間から。
アストたちがいるこの場所が取り残されてしまったかのような感覚に陥る。
「だからこそ、我々は
王女であるクリスケッタからしてみれば、エルフの王というのは〝父親〟であるはずなのだが。
なぜか彼女は、そこを言い淀むようにして続けた。
「そのため、我々が棲まうエルフの街に案内したかったのだが……先にこの場所の調査を終わらせよう」
過剰なまでの白霧を放出し続ける【
「この霧は、森が発する一種の警告のように思える」
「警告?」
クリスケッタは頷いて、「捧蕾祭が〝めでたい祭事〟というのは、我ら
繋がりが見えず、アストは首を傾げた。
「蕾をつける予兆として、世界樹はより濃厚な魔力を空に放出している。貴殿らも、この森に踏み入れたときから感じていただろう」
「あー、だからこのへん、きれーな魔力が濃かったんだー」とリルハムが思い出したように鼻に手をあてた。「リルの苦手な魔力だよー……へくちょー!」
「うん?」クリスケッタが訝しげに顔をしかめる。
「くしゃみだよー……理由が分かったら、余計に気になって鼻がむずむずしてー……へっくちょー!」
ご主人ちゃんー、たすけてー……と鼻をすすりながら近寄るリルハムに、アストは『まるで花粉症だな』とぼやきながらも鞄からハンカチを取り出した。リルハムの鼻にあてて『ちーん』とかませると、彼女は『えへーありがとー』と満足したように笑顔を浮かべた。
一方、アストの手にはリルハムの鼻水が容赦なく付着した。
「ふつうは、連動する自らの魔力の
しかしアストは、「む……いや、特に感じなかったな」
「な、なんだと……貴殿ほどの使い手であっても、この溢れ出る魔力の恩恵を感じぬか。確かに今は、世界樹の周囲が曇り淀んではいるが、それにしても、しかし……」
クリスケッタは困ったようにつぶやきながら、側頭部へ片方の掌をあてている。
しかし。
世界樹がいつも以上に放出している魔力のことを、アストが感じられなかったのは。
彼女の魔力があまりに
それでも、一連の出来事はエルフの王女に一抹の不安を抱かせたようだ。
(確かに、先ほどは卓越した力を見せつけられたが……冷静に考えればまだ幼き子どもだ。種族をも超えた世界の命運の一端を、彼女に押し付けて良いのだろうか。それが叶わぬならば、いっそのこと――)
「ぶつぶつ言って、どうしたのー?」
「うん? あ、いや……気にしないでくれ。貴殿の方には、もとよりそこまでの期待は抱いていない」
「あれー!? なんか失礼なこと言われてないー!?」
うあー、と引き続き頬を膨らませるリルハムと。
手についてしまった彼女の鼻水をどうしていいか分からず、『むぅ……』と困り顔を浮かべ右往左往するアストを前にして。
そんなどこまでも幼稚で、頼りなく思える彼女たちを前にして。
「……くっ」
クリスケッタは。
頬を引きつらせたあと、大きなため息をひとつ吐くと。
覚悟を決めたかのように、背後にあった小型の予備の弓を手に取った。
「やはり、妾が
言いながら彼女は、手にした弓の、張り詰めた弦をぴいんと引いて。
魔法陣を展開させると。
「――≪
アストたちに向かって、躊躇いもなく。
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