STAGE 3-3;遊び人、世界の救済を託される!


「弓術にけたエルフをも上回る狙撃技術スナイピングを見せつけた貴様が……『最底辺職あそびにん』だと……?」


 エルフの兵士たちが信じられないようにざわめきだした。

 その中心で、隊を率いていた女エルフは見事に切断された自らの弓弦をあらためて見やる。


「仮にそれが事実だとするならば、……貴様はいかに〝常識外れ〟なことをしたか理解しているのか?」


 金剛性の剣さえも刃こぼれさせるという弦を超遠方から犯人――アストという名の美少女は、素直に答えた。


「む? 理解はしていないが、理解はされたいとは思っているぞ」


「どういうことだ……?」


真人族ヒューマンとお前ら長耳の一族――森人族エルフは友好種族だと聞いていたんだが、それにしては手荒い歓迎だった」アストは鼻から短く息を抜きながら続ける。「俺たちはお前らに〝用事〟があってきただけだ。敵意はない」


 エルフは首巻マフラー越しに溜息を吐きながら、ひとつの〝例え話〟を始める。


「そうだな……ここに〝立ち入り禁止〟と書かれた覚書があったとしよう。立ち入った場合には命の保証はない、と強く書かれている。その看板を越え領内に踏み入ってきた者がいれば、貴様はどうする?」


「ふむ。警告があったのなら、命が脅かされても文句は言えないだろう」


「それと同じことを貴様はしたのだ」


「む? しかし〝立ち入り禁止の看板〟などどこにもなかったぞ」


 アストは不思議そうに首を傾げて言った。


「たとえばの話だ!」エルフは語気を強めて突っ込んだ。「に大樹林の奥所に踏み入ること自体――〝命を奪われても文句を言えない〟行為であることは、それこそ我々の友好種族であるなら理解しているだろう」


「時期が悪かったということか?」


「特に悪かった、ということだ。今は〝捧蕾祭ほうらいさい〟の真っただ中にある」


 アストはそこで大げさに目を見開いて、


「そうか、捧蕾祭――とはなんだ?」


 周囲のエルフたちをがっくりと呆れさせた。


「ほ、捧蕾祭を知らぬだと……!? 我々エルフの種族を象徴する、世界に関わる祝祭だぞ。貴様、どこの出身だ?」


 アストは迷うことなく、自らの名と共に王国ティラルフィア領の出身であることを明かし。

 続いてやはり迷うことなく、自らが〝追放〟された身であることを告げた。


「アスト――追放されし『遊び人』か。祝祭の準備や予期せぬ事態にせわしなかったが、それでも風の噂で聞いていた。とはいえ、仮にも王国貴族が捧蕾祭を知らぬか」


「言い訳をするつもりはない。俺が〝本で読んだ中〟にはなかったというだけだからな」


 この時アストが示した〝本〟というのは、エルフが想像する何十、何百倍にも及ぶ量を意味するのだが。


 ティラルフィア家の教育方針でもあったのだろうか。

 算術や読解力、理論に各種の図録、あらゆる実学など――確固たる根拠に基づいた学問はたっぷりと学んだし、それに関する書籍も書庫にはふんだんに存在した。


 一方で、世界の歴史や情勢等については大まかな概要マクロだけで、詳細ミクロの部分の修学は明らかに希薄であった。


 加えてもちろん――アストの目標である【神様】をはじめとした神族に関することも。


 ――アストちゃん自身の目で確かめてみることね。


 出立前に姉のエレフィーが言っていたことを思い出す。


 それは紛れもなく正しい〝事実〟と、正しいと〝史実〟が入り混じる『歴史』だからこそ、まさしく〝自分の目で学べ〟という意味合いだったのかもしれない。


「無知ですまない。それで、〝捧蕾祭〟というのはどんな祭なんだ? ――興味はもちろん、ある」


 アストは頭上で遊んだ金色の髪の毛を揺らしながら言った。


「謝る必要はない。こちらも態度を選ぶべきだった――我々は大樹林の限られた区域に住み、外部との交流も僅かな真人族ヒューマンの連中を通してしか知らぬ。〝閉じた種族〟という自覚は十二分じゅうにぶんにある。我々のことはどこまで知っている?」


森人族エルフ――〝世界樹を守る一族〟だとは聞いているが」口元に指の関節をあてながらアストが言った。


「その事実を知るならば話は早い。なぜ世界樹を守らねばならぬか――そこに答えはある」


「あー! ご主人ちゃんー!」


 ふたりの会話を遮るように、無邪気な声が響いた。

 振り返ると悪魔を名乗る狼少女――リルハムがそこにいた。肩で息をしているようだ。


「やっと見つけたー……このへん、が濃くって……鼻がうまく利かないから探すの苦労したよー」


 ふえー、と大げさに息を吐きながら、垂れ気味の耳をぴくつかせて。

 彼女は言った。


「うん? 貴様、先刻さっきの〝獣人〟か」


「獣人ー? ちがうよー、あっ! ちがうよじゃなくてー……、」


 リルハムは明らかに焦った表情を浮かべて、取り繕うように言った。


「う、うんー! そうだよー! リルはリルハムー」


 狼のだよー、と彼女は得意げに付け足し胸を張った。


 アストと共に旅路を歩むことを決めた以上、〝悪魔であること〟が明るみになると何かと不都合になる。

 リルハムは持前の獣耳と尻尾の見た目を活かして【獣人族ワービースト】を装うことにしていた。


「ほう。それにしても、」


 エルフは怪訝そうにリルハムをじろじろと見やって、マフラー越しにも分かるくらいに鼻をひくつかせた。


「なにか


 ぎくっ、とリルハムがその身を震わせた。


 ――ま、まずいよー。悪魔の圧気オーラは封じたつもりだったけど……バレちゃったかなー……。


「あ、怪しくなんかないよー」と怪しい人しか言わないような台詞を口にしながら、自らの身体をふりふりと揺らす。「ほら、耳も尻尾もあるでしょー?」


「うん? ああいや、獣人であることを疑ってなどいない。匂うと言ったのは――シンプルに臭いだけだ」


 しかしエルフは、表情を変えずにそんな辛辣なことを言った。


「うあー!? く、くさいー……? 逆にショックだよー!」


 がーん、とリルハムが悲しそうな声を出す。


「リル、そんなに匂うのかなー……? ご主人ちゃんー……」


 それなら悪魔に疑われた方がまだよかったよー……とリルハムは目をうるうると潤ませ、アストにその身を寄せた。

 押し付けられた巨胸の柔らかさに頬を染めながらも、アストは正直に答える。


「む、う……そうだな。俺は臭いとは思わない。リルハムの近くにいるとどこか懐かしさを感じる――そうだな、〝お日様のにおい〟がするぞ」


「ご、ご主人ちゃんー……!」アストのその返答に、狼少女は感動したように顔を綻ばせた。「そうだぞー! リルは臭くなんかないもんー! お日様のにおいなんだぞー!」


 とても嬉しそうに。胸を張って得意げに。

 エルフたちに見せつけるようにその場で小躍りを始めたリルハムを前にしてアストはふと思い出して。


(そういえば〝お日様のにおい〟というのは、小蟲ダニの死骸から発せられると聞いたことがあったが……今伝えるのはやめておこう)


 と珍しく大人の気遣いを内心で見せていた。


 ふんふふーん、というリルハムの鼻歌に水をさすように。

 周囲の森から緊張感をもって下草をかき分ける音が聞こえた。


「「! ご無事ですか!」」


 どうやら少し離れたところにいた別の弓兵部隊が合流したようだった。

 周囲の長耳の人間の数は十以上に増えている。


「っ! 得体の知れない化け物どもが! 王女様から離れろ!」」


 その中でも年配のエルフ兵が、エルフの少女と対峙するアストを見て声をあげ、まわりの兵士たちとともに弓を構えた。


「なにをしている! 武器を下げよ!」


 しかし彼女は、アストに向けられた攻撃行動を制して続ける。


「加えて、だ――戦場いくさばわらわをその呼称で呼ぶなとあれほど言いつけていただろう」


 エルフの兵士たちは怯むようにして、「……し、しかし、」


「しかしも何もない。我らが誇る精鋭弓隊を翻弄した〝常識外の力〟は確かに理解できぬままだが――対話をする中で少なからずその性情は〝理解できた〟――彼女に敵意はない」


 目の前の、蟲すら殺さぬ人形のような少女の全身をあらためて眺めながらエルフの女は言う。


「それに、この距離ですらも……どうせ撃ったとて無駄に終わるだろう。彼女の正体が化け物であるが故にな」


 そして彼女は、弓に残っていた弦を握りの部分に巻き付け背後に回すと、アストに対し向き直って。

 自らの被っていた頭巾と首巻を解き、その表情を明るみにした。


「――ほう」


 あまり声色に動きのないアストが、思わず感嘆の息を漏らすほどに。


 王女と呼ばれたエルフは――美しかった。


 凛とした眉、上がった目じり。彫刻品のような鼻立ちに、はっきりとした口元。

 すべてのパーツが整った上で、見る者の脳裏に自らの存在を強く焼き付けるがごとく存在を主張している。

 黒味がかった髪は胸元までのびていて、健康的な肌には赤みがさし、瞳には確固とした意志が垣間見える。

 耳元で優雅に揺れるピアスが、種族を象徴するとした長耳をより高雅に見せていた。


「な、王女様……!」


 初対面の異種族に尊顔を晒すその行為は、周囲のエルフ兵たちにとって余程衝撃的なことであったのだろうか。

 顔を引きつらせ、彼女が〝王女〟という――考え得る限り最上位級の権威を持つ存在でなければ〝腕ずくでも止めていた〟かのように身を前傾させた。


 しかし。

 王女と呼ばれたエルフは気に留めず続ける。


「申し遅れたな。我が名は【クリスケッタ】――神より授かりしA級職『大弓導士ハイリードアーチャー』として弓兵隊を率いる立場ではあるが、察しの通り――森人族エルフが〝第一王女〟でもある」


「王女様! ってことは、お姫さまー?」


 リルハムが「わー」と子供のように無邪気な声を出した。


「アストと言ったな。その常軌を逸した力を見込んでひとつ、頼みがある」


「「なっ!」」


 周囲のエルフ兵たちの表情が、より切羽詰まったものに変わった。


「ま、まさかとは思いますが……こんな外部の、しかも見ず知らずの輩に〝あの事情〟を話すわけではありませんでしょうな!」


 エルフの王女は、アストの目をまっすぐに見たまま頷いて、「ああ。話すだけではない――としている」


「余計になりません!」他のエルフが語気を強めた。「あなた様のお立場上、規律を――神掟しんじょうを何より重んじなければ……森人族エルフという種族の威信だけではありません。種の存続にすら関わりますぞ!」


「だからこそだ!」


 種の存続、という言葉に対して強く反応するように彼女はぴしゃりと言った。


「妾は自らの立場も。この瞬間、種族が瀕している状況もすべて理解している。それでも――これが〝神に背く行為〟だと、どうしようもなく理解した上で――貴殿にこの頭を下げよう」


 お、王女様! と困惑にも似た悲鳴がまわりからあがった。

 まるで今から行われることが、自らの生死に関わっているかのように。


 それでも。

 目の前で『最底辺職あそびにん』を名乗った、世紀末に取り残された人形のような小さな少女に対して。

 最大限の敬服を込めて――彼女は続ける。




を、捜してくれないか? このままでは――世界が滅びてしまうのだ」




 などと。

 大げさに。詩想的に。激情的に。


 クリスケッタというエルフのお姫様は言った。





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いよいよ新章『エルフと世界樹編』本格始動!


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