STAGE 3-2;遊び人、エルフの常識を打ち破る!


「北東方面に〝侵入者〟を確認ッ!」


 時は数刻さかのぼる。

 大樹林の深部にて、森人族エルフの見張り番が冒頭の声をあげた。


「対象は二名! ひとりは犬耳――獣人族ワービーストの少女! そしてもうひとりは――真人族ヒューマンの、同じく少女のようですッ。いかがしましょう、隊長ッ!」


「ほう……珍しい組み合わせだな」


 隊長、と呼ばれたエルフが言った。声から女性であることが分かるが、巻きマフラーで口元が覆われ顔の全貌は見えない。それでも隙間から覗いた眼光は鋭く、彼女の持つ芯の強さのようなものが感じられた。


「構わん。


「で、ですが……相手は少女がふたりですよ?」


 どこか困ったように見張り番のエルフが言った。


「とても我々の脅威になるとは思えませんが」


「だからこそ、だ」エルフの隊長が語気を強めた。「この時期に面会の約束アポイントメントもなしに大樹林の深部に踏み込む輩など、〝不届き者〟か〝命知らずの馬鹿〟しかおらぬ。副隊にも射撃準備の矢を送れ」


「……か、かしこまりました!」


 兵のひとりが弓を引き、別部隊が待機している方角へと矢を放った。遅れて返事のように返り矢があり、エルフたちの後方の石板へと突き刺さる。


「撃ち方、用意!」


 隊長の一声で弓兵たちは弦を引き、同時に魔法陣を展開した。


「「射撃体勢、完了ッ」」


 あとはいつでも、という弓兵たちに対して、隊長は皮肉めいたように告げる。


「せいぜい、相手が〝少女の皮を被った化け物〟でないことを祈るんだな」


 弓兵はどこか余裕げに微笑しながら、「それは……洒落になっていませんね」


「ふ。油断をするなということだ――!」


 号令と共に、先ずは隊長の前で構えた3名の弓兵が。

 その矢が放たれたことを確認するや、遅れて別場所の弓兵たちが一斉に〝ふたりの侵入者〟に向かって激烈な矢を飛ばした。


「行動不能になるまで続けろ。命までは取るな。しかし反抗の意志を見せるようなら――そのまま肢体を削ぎ落しても構わん」


 自らの言葉の通り、ひとつの油断も容赦もなく彼女は言った。

 弓兵たちもその命を守るように、魔法で強化された矢の連撃をふたりの少女に向けて放っていく。


「………………!」


 しかし。

 いつまで経っても、射手の矢数は止まらない。


「おい、なにをしている? 無駄な矢は放つな」


「そ、それが……」弓兵のひとりが焦ったように答えた。「本当に、ようでッ」


「ふん。なにを戯言たわごとを…… ≪望遠鷹眼スコープ・アイ≫」


 隊長格のエルフが≪遠視魔法≫を使用した先では。


 森人族エルフが誇る弓兵隊による攻撃矢の乱射を――

 すべて器用にかわし続ける少女たちの姿があった。


「なっ!?」


 犬耳の少女はすんでのところで。

 しかしもうひとりの少女は、ひとつの危なげもなく。

 訓練に裏付けられ統率された射手たちの矢を避けている。


「なんだ、あいつらは……?」


 ――少女の皮を被った化け物。


 冗談で吐いたそんな言葉にまさしくふさわしい彼女たちの行動に、落ち着き払っていた隊長の態度が崩れた。


「くっ……攻撃の手を緩めるな! いずれ奴らも疲弊する! その瞬間を逃すな!」


 それでも当たる気配のない様子に、エルフたちの表情はますます曇っていった。


「生半可な命令がよくなかったか。前言を撤回する! 生死は問わん。相手の戦闘意志に関わらず――殺す気ぜんりょくで射て!」


「了、解ッ!」


 隊長の命で射手たちはそれまでよりも激しく魔法陣を展開させ、より強力となった矢撃を放ち始める。


「あれらを決して我らの陣営に近寄らせるな! ……おい、射出の間隔が乱れているぞ!」


「そ、それがッ! ……我々の矢が、受け止められている模様ッ」


「馬鹿な!? 躱すに留まらず、岩をも砕く我らの矢をだと……?」


 奥歯を噛み締めながらエルフの隊長は眉をひそめた。

 動揺から乱れ始めた弓手の射撃をたしなめるように叫ぶ。


「くっ、落ち着け! 相手がどんな魔法を使っているかは分からぬが、依然我らの有利に変わりはない! 選抜されし〝極遠距離弓兵隊グレイトアーチャーユニット〟――これだけの距離と地の利がある限り、奴らに我らの場所を気取られることはない!」


 エルフの隊長が士気を高めようとした矢先、弓兵の短い悲鳴が聞こえた。


「ヒッ!?」


「どうした!」


「い、いま……相手とような……」


「ふ。そんなわけがないだろう。この距離は遠視魔法に優れた弓系職われわれにとっても限界域――真人族ヒューマン風情に見抜かれるはずがない!」


「し、しかし……!」


「ええい、手を緩めるなと言ったであろう!」


 とうとう隊長格のエルフは背負っていた巨大な弓を正面に回し、通常よりも太い剛硬な矢を自ら手にした。


「キサマらは援護を続けろ! あの〝命知らずの馬鹿〟は――私が射つ!」


 言いながらエルフの女隊長は、他の弓兵たちとは比較にならないほど巨大な魔法陣を展開し始める。


「手加減はせぬ。この大事な時期に森の深部に踏み込んだ愚行を恨むがいい――上級攻撃魔法≪壊地抉矢アースブレイク・アロー≫!」


 周囲の空気を。大地を。

 まさしくえぐり取るような圧気オーラをまとった矢の一撃は、真っすぐに。超速に。刹那に。


 はるか遠方の真人族ヒューマンの元へと迫った。しかし。


「……ばか、な……!」


 遠視の先では、その人形のような少女が。

 隊長の放った、命すら軽く抉り取る力を持った渾身の矢を受け止めていた。


「なんだ、あの化け物は……?」


 冷や汗を頬に伝わせ、見開いた瞳が。

 まさしく〝化け物〟染みた行動を見せつけた少女の目と――ばちりと合った。


(…………!)


 次の刹那。

 瞳の中で相手の少女がゆっくりと振りかぶり。

 一本の矢を、


 先ほどの上級魔法を超えた勢いで迫るその一本の矢は。


 隊長が手にしていた名弓の弦を、びたりと撃ち抜いて。


 その弓としての機能を完全に停止させた。


「く、う……!?」

 

 遅れて矢の勢いが巻き起こした突風が、周囲を叩きつけるように煽りあげる。


「「っ……!!」」


 エルフの弓兵たちはその一連の出来事に戦慄し、誰もが顔を歪め。

 次の矢を放つ気力は、もはや完全に消失していた。


「……撃ち方、やめ……!」


 エルフの隊長が苦汁を嘗めるように言った。


「撤退だ……! 一刻も早く、この異常事態を〝王〟に伝えろ!」


「「は、はッ!」」


 あらためて自らの弓に張り詰めていた、今や無情に切れた弦先を指で撫でるように確かめながら隊長は舌を打った。


「……くっ」


(金剛製の刃でも弾き返す特性を持つ弦だぞ……? しかも、それをこの距離で寸分違わずなど……常識を逸している……)


 慌てて少女がいた先を遠視で確認するが、姿は見失ってしまった。

 胸中を何とも言い難い不安が襲う。


「もしかすると〝妹の失踪〟にも関わっているかもしれぬ。いずれにせよ――」


 ――こんな存在モノは、〝化け物〟ですら超えている……!


 唾を飲み込んで、自らもその場から逃げ出そうとした瞬間に。


「む? どこに行くんだ」


 背後から声がかかった。

 おそるおそる振り向くと、忘れもしない。

 先ほど自らの渾身の攻撃を容易く受け止めて。

 その渾身を超える矢撃で、自らの自慢の弓弦を撃ち抜いた少女が――


 凛と、立っていた。


「「ひっ……!」」


 その全身から立ち上る得体の知れない圧気で、弓兵たちが動けなくなっている最中。

 エルフの隊長は、喉の奥から絞り出すような声で言った。


「キサマは一体……何者だ……!?」


 エルフたちの緊迫した様子とは対照的に。


「む、俺か?」

 

 その真人族ヒューマンの少女は、どこかあどけなさを残す、淡々とした声で。


 答えた。




「俺はただの――『遊び人』だ」




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 一触即発のエルフとの邂逅!

 宝珠は平和に! 譲ってくれる雰囲気では、なさそう……?


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