STAGE 2-20;遊び人、狼少女と■■■する!


 神様すらも魅入る美貌をもつ少女――アストは。

 まさしく〝人間離れした〟指の動きを見せつけながら。


「時間はたっぷりとある。思う存分、――」


 極彩色の圧気オーラを纏い、狼少女・リルハムに向かって迫っていた。


「う、あーっ!」


「むぅ……なぜ、逃げる」


「に、逃げるつもりはないんだけどさー……捕まったら〝大変なこと〟になりそうでー」


 ふくよかな胸の前で気まずそうに指先を絡めながらリルハムは言った。

 しかしアストは、リルハムがふさふさと揺らす〝尻尾〟を物欲しげに見つめながら――


「すこし――すこしだけでいいんだ」


 こくりと喉を鳴らして、頬を赤らめて。

 恥ずかしそうに言った。


で、構わない」


「うあーーーー!! めちゃくちゃ誤解されそうな発言だよーーー!!!!」


 リルハムが尻尾をぴんと立てながら、涙交じりに突っ込んだ。


「誤解もなにも、んっ……俺は自分の気持ちに、素直になっているだけ、だ――」


 リルハムは罪悪感と羞恥、歓喜と恐怖など様々な感情に振り回されて。

 困ったように両手で頭を抱えた。


「うあー、リルはどうすればいいのー!?」


 切なげな眼差しと共に、全身(と指先)から激烈な圧気オーラを滲ませて。

 じりじりと近寄ってくるアストに、本能的な恐怖がまさったリルハムは――


「ご主人ちゃん、ごめんー……!」


 謝りながらも空に魔法陣を展開させて。

 アストを牽制するように、その足元に銀色の炎の弾を飛ばした。


「……む」


 舞い上がった土埃を目隠しにして。

 リルハムは思い切りその場から


「むぅ――やはり逃げているではない、か……」


 背後で寂しそうなアストの呟きが聞こえたが。

 リルハムは心を〝悪魔〟にして全速力で地面を蹴った。



     ♡ ♡ ♡



「ふー、危なかったー……」


 まさに〝人が変わったような〟アストの様子を思い出しながら。

 リルハムは溜息交じりに言った。


「記憶はないって言ってたけど、になっちゃうんなら……ご主人ちゃんが『遊び人』の職業を煙たがるのもわかるよー」


 狼少女リルハムの脚力をもってして。

 充分に離れたところで足を止め一息ついていたら、聞きなれた声がした。


「ふむ、そうだろう。なかなか厄介な魔法バグで困っているんだ」


「……って、うあー!?」


 リルハムが跳びあがって叫んだ。


「ご主人ちゃん、なんで追いつけてるのー!?」


 いつの間にか隣にいたアストは、息切れひとつしていない。

 魔法でも使ってなきゃ信じられないよー、とリルハムは驚愕で震えていたが――


「聞きたいのは、俺の方だ」


 アストは気にせず、声のトーンを落として続ける。


「どうして逃げたんだ? すこしだけ、悲しい気持ちになったぞ。だから……」


 まるで迷子になっていた子供が、ようやく見つけた母のもとに駆け寄って。

 会えた喜びを噛み締め感情のままに抱きつくかのように。


「追いつくことができてよかった――やっと、つかまえた」


 アストはリルハムの胸元に向かって、ふわり。


 飛び込んだ。


「うあー!?」


 そのままリルハムは地面に倒れて。

 上からアストが覆いかぶさるような体制になる。


「ご主人、ちゃんー……?」


 アストの端麗な顔が至近距離にあった。


 初雪よりも白い頬は、艶々しく朱を帯びて。

 瞬きのたびに音を立てそうな長いまつ毛に、とろんと物欲しげな瞳。

 呼吸のたびに熱っぽい吐息が――リルハムの頬をくすぐった。


「うあんっ!」


 今すぐにでも抱きしめたい。のに――


 ふとその右手に視線をやると、圧倒的な■■■■放送禁止の動きをしている。


 ――に抱きとめられたら、やっぱり大変なことになる――!


 リルハムの中で、究極の二律背反の葛藤が巻き起こる。


 永遠に続くかのような時間が流れた後に。


 とうとうリルハムは、をした。


 ――でもやっぱり、ご主人ちゃんはどうしたってー……。


「かあいーから、いっかー……☆」


 リルハムは貞操せいめいの危機を受け入れて。


 眠るように、瞼を閉じた。


 ――さよならー、今日までの自分……リルは今から、生まれ変わるよー……。


 などと。

 リルハムは〝すべて〟を覚悟した表情を浮かべていたら。


 その頬に。


「……あ、れー?」


 ぽたり。暖かい水滴が落ちる感覚があった。


 瞼を開けるとそこには。


「む、う……っ」


 大きな宝石のような瞳から。

 ぽろぽろと涙を流す少女の姿があって。


「うあー!? ご主人ちゃん、どうしたのー? なんで泣いてるのー?」


「……泣いてなど、いない」


 零れてくる涙を腕で拭いながら。

 アストは強がる子どものように言った。


「勝手に動くのは、身体だけじゃない……感情も、なんだ……こうしている間にも、お前のことを見ると、……その……で、頭が――いっぱいになってしまう」


 困ったような表情でそう訴えるアストのことが。

 なんだかとても愛くるしく思えて、リルハムは励ますように言った。


「そっかー、ご主人ちゃんの身体も……心も。自分の思い通りにいかなくて、悲しかったんだねー」


「いや、そうではない――なんだ」


「うあ……思い、通りー……?」


 アストはこっくりと頷いて、


「悲しくて泣いているのではない。リルハムをちかくで感じられて、身体がかあっと熱くなって……だからこれは、どうしようもなく――嬉し、泣きだ」


 名前を呼ばれ、さらに〝喜ばしい言葉〟ももらったリルハムは、耳をぴくんと立てて『うあー』と頬を紅く染めた。


「やはり、俺はになってしまった。魔法のせいで、感情がおかしくなバグっている。胸がどきどきして、頭はだ――」


 アストは思春期を自覚した少女のように語り続ける。


「こんなにもあたたかな感情、では知らなかった。だから――自分でもどうしていいか、さっぱり分からないんだ……む、う」


 鼻をすすって、唇を震わせて。

 ふだんのアストからはとても想像できない――

 ひとりの〝おんなのこ〟としての仕草のひとつひとつを。

 リルハムはじっくりと眺めながら答えた。


「ご主人ちゃん――きっと今まで、寂しかったんだねー」


 感情がおかしくなバグったのは〝魔法のせい〟だとは言っていたけれど。

 リルハムには、一瞬。

 その感情が、アストの〝ほんとうの感情〟のように思えて。


「えへー、やっぱりご主人ちゃんはかあいいなー」


 どんな時でも冷静で。

 あらゆる困難をものともせず。

 常識的に規格外な〝完全無欠の美少女〟――


 そんなアストが溜め込んできた〝不完全なバグった感情〟を。


 どう扱っていいか分からずに。

 年相応の子供のように戸惑う彼女のことが。


 リルハムはどうしようもなく愛おしく思えて。


「よしよしー」


 アストの頭にぽんと手を置いて。

 ゆっくりと――撫でてあげることにした。


「んっ♥」


 アストはふるふると頭を震えさせて。

 艶やかな息を小さく吐いた。


「朝が来て。目を覚まして。どうせ消えちゃう記憶ゆめだったら――」


 リルハムは子どもに御伽噺を聴かせるかのように、柔らかな口調で。

 目の前の、小さな女の子のことを抱きしめながら――言った。


「せめて現実いまくらいは、いっぱいしようねー。ご主人ちゃん☆」






 そこからのことは――






 ふたり以外のだれも知らない。






     ♡ ♡ ♡




「うあー、起きたんだねー!」


「む、う……なんだ、このふにふには……」


 アストが目を覚ました。

 どうやらリルハムのふくよかな胸のうちで抱きしめられるように眠っていたようだ。


「む――しまった。寝ていたのか」


 アストは頭に手をやって、ふるふると首を振った。


「あの時と一緒だ。を見ていたようだ――む、夢……?」


 ふとアストが違和感を覚える。

 〝桃色の幻宴ミッシングリンク〟と呼ばれたあの夜と比較して。


 今回はひとつ、決定的にがあった。


 それは――


「〝記憶〟が、ある――?」

 

 アストはぴこんと頭上の髪を跳ねさせて。


 それまでの〝夢の内容〟を。

 否――を、ひとつひとつ。


 確かめていく。


「えへー。ご主人ちゃんの言う通りだったー」


 アストの目の前で、その夢の〝登場人物〟であるリルハムは。

 全身をどこか乱れさせたまま、満足げに尻尾を揺らしながら言った。


「リル――なんかじゃなかったよー」


 色香が滲むような笑顔を浮かべる彼女のことを見て、アストは――


 〝夢の中で自分がをしたのか〟を。


 決定的に、思い出して。


「――っ!!!」


 。と。


 顔から湯気を爆発させた。


「ん、むう……!」


 宝石のような目は大きく見開かれて。

 耳の先まで真っ赤に染めて。


 これまでどんな危機的な状況であろうとも。

 冷静さを保っていたアストの情緒が――崩れた。


「ふ、むう……俺は、そんな。まさか――」


 戸惑い恥じらいながら頭を抱える主人アストを前にして。

 従者であるリルハムは最後にぽつりと、まるで世界に言い聞かせるように。


「夢なんかじゃないよー、ううん――」


 やはりどこまでも嬉しそうに。


 笑った。


「ご主人ちゃんと契約できたのが、




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