第42話 理玖side

「カーサ、君は何を考えている。私は茉里に苦労をさせたくないんだ」


茉里が寝室に行ったのを確認すると、カーサに文句を言った。口でカーサに勝ったことはないが、これからの事を考えると一言注意しなければおさまりがつかない。


「旦那様、それでは彼女は成長しません。籠の中の鳥では逃げてしまいますよ」


 カーサは私の叱責に表情を変える事なく言い返してくる。


「君の言いたいことはわかるが、女主人の仕事に疲れて他の男と一緒に逃げるってこともあるんだ。そうならないために優秀な使用人を集めたのに無駄にする気か?」


 両親に無理を言って公爵家から優秀な使用人を引っ張ってきたのは、全て茉里のためだった。女主人の仕事は多岐にわたるので、私ではわからないことも多いのだ。


「ここの使用人は私を含めてみんな優秀です。奥様に全ての仕事をさせるわけではありません。使用人を管理できるようになっていただくつもりです。ですから旦那様が心配するような事にはなりません」


 カーサとの付き合いは子供の頃からなので、彼女が嘘を付いているとは思わない。そして私のことを一番に考えていることも知っている。だからカーサが祖父江伯爵と通じているとは考えてはいない。

だがこの屋敷の使用人の中に確実にいるのだ。その中に茉里を近付けたくない。

 誰なんだろう。お金が欲しかったのか? 人間はお金が絡むと人だって簡単に殺す生き物だ。そう考えるがどうしても信じられない。


「カーサは誰が犯人か知っているのではないか?」


「祖父江伯爵に通じている人間ですか? 私はこの屋敷の使用人ではないと思ってます」


「はぁ? だが祖父江伯爵は私たちが植物園に行ってることを知っていたとしか思えない」


「そうですね。あの日の植物園には当日券はありませんでした。でも彼ならいくらでも手に入れることができたのではないですか? 」


「確かに伯爵なら券を手に入れることは簡単だ。だが何時に行くかはわからないはずだ。見張らせているとしても、すごい列だった。私たちが植物園に入ってから、祖父江伯爵に知らせたところで追いつくとは思えん」


 祖父江伯爵と出会ったのは偶然ということも考えた。祖父江伯爵は女を連れていたようだし、たまたまということもある…。


「偶然でしょうか? たまたま同じ日の同じ時刻にクリスタル植物園に行ったとも考えられます。あそこは貴族の間でも有名で、デートスポットとしても今一番人気があるそうですから」


「偶然? それはそれで嫌だ。なんかそれでは運命のようではないか。祖父江伯爵と茉里が運命の糸で結ばれているとは考えたくない。それなら使用人に裏切られた方がマシだ」


 カッとして声を荒げてしまった。だが、そんなことで怯むようなカーサではない。


「またそんな事を言って。私だからいいですけど他の使用人に聞かれたら、どうするのですか? 優秀な使用人はなかなか手に入らないのですよ。とにかく茉里さんを立派な女主人にすると大奥様と約束したのですから口を出さないでください。もし使用人の中に裏切り者がいるのなら、それも突き止めますからね」


「いや、茉里が危険だから最後のはいらない。それは私の方で調べる」


「そう ですか? 旦那様より私の方が調べやすいと思いますけど、そこまでおっしゃるのならおまかせいたします」


 結局、カーサに押し切られてしまった私は、茉里の寝顔を眺めている。

 私は茉里に立派な女主人になって欲しいとは考えてなかった。だがそれは私の決めることではなかったのか。茉里がどうしたいのか一度も尋ねていなかった事に気付かされた。

 飾りのような妻にはなりたくなかったと母が言っていたことがある。母は公爵夫人の仕事を一人では立派にこなしている。だが私には母と遊んだ思い出がない。母はいつも忙しく私の世話はカーサの仕事だった。私の中の母はいつも化粧をして着飾ってお茶会や舞踏会にと忙しくしていた。遊んでいるだけだと思っていたこともある。だが違った。屋敷の管理や領民の管理までこなしていたのだ。

 あれは私がまだ学院に通っていた時のことだ。突然母が倒れたと連絡があり、急ぎ帰ると過労で倒れた母がベッドの上でまだ働いていたのだ。何をしているのかと尋ねた私に「飾りのような妻にならないために必要なことなの。邪魔だけはしないで」と言ったのだ。呆れて言葉が出なかった。そしてそれを許している父にも腹が立った。第二夫人を貰えば済む話なのにとその時は思ったのだ。だが茉里と結婚した今は第二夫人をもらうつもりはない。だから茉里が過労で倒れることがないように優秀な使用人を雇ったのだが、それは私の考えを押し付けただけだったようだ。

 茉里は頑固なところが私の母に似ているようだ。私に出来ることは支えることだけか。

 今度もいいところはカーサにとられそうな気がするな。

 茉里の寝顔を見ながらそんな事を考えていた。

 

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