第34話
わたしが祖父江伯爵と初めて出会ったのは社交界デビューをしたときだった。
社交界デビューは白のドレスと決まっていた。わたしのドレスは遠い親戚のお下がりだった。でも一回しか袖をを通していないドレスだったので、流行にはのっていなかったけどお下がりだとは気付かれていないと思っていた。
両親はわたしの社交界デビューに興味はないので兄様が一緒に行ってくれた。社交界デビューしないことには結婚相手も見つからないから仕方がないという態度だった。
うん、やっぱり兄様や両親がわたしのことを考えてくれていたとは思えない。
兄様とダンスを踊った後は壁の花だった。兄様がダンスを踊った後はお役御免とばかりに離れて行ったので、友達もいないわたしに声をかけてくれる人はいなかった。
それでもわたしは初めての舞踏会が楽しかった。誰もが綺麗なドレスに身を包んでダンスを踊り、会話を楽しんでいる。お酒だって初めて飲むことができた。
本の中でしか存在していなかった世界が目の前にあるのだから、少しばかり浮かれていた。
その視線に気付いたのは偶然だった。わたしはその時カラになったグラスをどうしようか悩んでいてキョロキョロと周りを見ていた。
視線の先にいたのが祖父江伯爵だった。彼はわたしを目を見開いて見ていた。それは露骨なくらい不躾だった。
わたしは何か間違ったことをしたのかと不安になり下を向いた。父様と同じくらいの年齢の男性に見つめられてときめくわけもなく、ただただ怖かった。
祖父江伯爵はわたしが下を向いたことで我に返ったようで、わたしが次に顔を上げた時には祖父江伯爵はどこにもいなかった。わたしはホッと息をついた。さっきのまでの浮かれた気分もどこかへ行ってしまったので、家に帰りたくなった。
兄様は先に帰ってもいいが一言声をかけるようにと言っていたので兄様を探す。兄様を見ると誰かと話をしているようだった。そしてその男性と一緒にわたしの方へ歩いてくる。
わたしはその男性が誰かすぐにわかった。さっきの男性だ。逃げ出したかったけどそんなことをすれば兄様に迷惑をかけてしまう。
「茉里、こちらは祖父江伯爵だ。自己紹介しなさい」
「桜庭茉里と申します」
名前しか言えないわたしに兄様は呆れた表情だったけど、名前だけでも言えたのだから褒めて欲しい。
「茉里さんか。桜庭子爵に愛莉さんという娘がいることは知っていたが茉里さんのことは知らなかったな。隠していたのかい?」
「隠していたわけではありませんよ。茉里は愛莉と違って美しくもないですから目立たないだけです」
「確かに愛莉さんの美しくさは有名ですからな。だが茉里さんは実に興味深い顔をしている」
興味深い顔? 全然褒め言葉じゃない気がする。じっとりとわたしを見ている目は何を見ているのか。わたしではないものを見ているような気がした。
祖父江伯爵は父様と同じくらいの年齢だが父様と違って若々しく見える。それは着ている服が今風な事と銀の美しい髪を伸ばしていていて、肩で結んでいるからだろう。彼くらいの年齢ではあり得ない髪型だ。
「一曲ダンスを踊っていただけますか?」
兄様に助けを求める視線を送ったが、行ってこいという視線が返ってきた。仕方なく祖父江伯爵の手に手をのせる。
ダンスの曲は比較的簡単な曲だったので足を踏むこともなく踊ることができた。
「君は……と違っておとなしいな」
祖父江伯爵が何か呟いたが、周りの音がうるさくて聞こえなかった。彼もわたしからの返事は期待していなかったのか何も言わない。時々、妙に馴れ馴れしく触ってくるような気がしたが、気のせいだろう。祖父江伯爵が妻帯者でありながらモテるのは踊り出してすぐにわかった。何人もの女性がわたしを睨んできたからだ。それはわたしくらいの年齢から祖父江伯爵と同じくらいの年齢までの幅広い女性たちだ。これだけモテる祖父江伯爵が何を思ってわたしと踊ってくれたのか兄様も後で首を傾げていたくらいだ。
わたしは社交界デビューを終えると舞踏会に出席することはなかった。愛莉が社交界にデビューした後から、少しばかり出席することがあったくらいだ。その少しばかりの時に祖父江伯爵と出会うことはあまりなくホッとしていた。たまに会うと馴れ馴れし声をかけてくる祖父江伯爵は苦手だった。
あの初めて三千院伯爵と出会った愛莉の誕生日を祝う夜会で祖父江伯爵と庭で出会った時は本当に驚いたのだ。そしてなぜか身の危険を感じていた。彼とはそれまでも出会っていたのに身の危険を感じたことはなかった。でもあの時の祖父江伯爵はいつもと違っていた。それは勘でしかないけど今でも間違っていないと思っている。
今日、わたしはそれを確信した。あの時理玖さんが声をかけてくれたから助かったのだと…。
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