第28話
目を覚ました時理玖さんの顔が目の前にあることに、また驚いてしまった。いつかは慣れる日が来るのだろうか。
昨日は母様のことでショックを受けて早々にベッドに潜り込んで眠ってしまった。理玖さんが帰ってくる頃には起きる予定だったけど、朝までぐっすり眠っていたようだ。
隣に男性が眠っていても目を覚まさないなんて、わたしはどこかおかしいのかも知れない。しかも今朝もしっかり抱きしめられている。暖かいのも当たり前だよね。
でも理玖さんはどうしてわたしを抱き込んで眠るのだろう。今の季節は寒いから湯たんぽの代わりにしているのかな。
今日の理玖さんはぐっすり寝ているようで目を覚ましそうにない。
わたしは母様のことを思い出していた。昨日の母様ではなくまだ優しかった頃の母様だ。わたしはその頃まだ小さかったので、その思い出が現実のあったことなのかわたしが作り上げた幻想なのかはわからない。母様のお腹が大きかったから愛莉が生まれる前のことだ。
「母様のお腹はどうして大きいの?って茉里が聞いてるよ」
わたしが母様の大きなお腹を触っていると、兄様が母様に通訳してくれた。どうしてわたしが
思っていることがわかるのか、その頃の兄様はわたしの言いたいことを母様に伝えてくれていた。
「ふふふ、それはね、茉里の妹か弟が入ってるからよ」
母様はうれしそうな笑顔で教えてくれた。そしてわたしを愛おしそうに抱きしめてくれた。兄様も何か思うところがあったのかわたし達に抱きついた。二歳の頃のわたしはまだ伯母さんに似ていなかったのか、両親はとても優しかった。
わたしは妹が生まれて来るといいなと思った。男の子よりの女の子がいい。一緒にたくさん遊ぶんだって思っていた。わたしの大事にしているおもちゃだってあげてもいい。
あの頃に戻ってやり直したい。そしてできるなら母様に似た子供として生まれ変われることができたら、愛莉と母様と一緒にお茶会をしたり、おしゃれの話をして……。とても幸せな光景が目に浮かぶ。
でも、そうしたらわたしは理玖さんとこうして一緒に眠ることはないのかも知れない。この位置は愛莉のものだ。理玖さんが本当に望んでいたのは愛莉なのだから。理玖さんが愛莉のものになったとしても、わたしは過去に戻りたいのだろうか。この暖かいぬくもりから離れたいの?
「どうかしたのか?」
わたしの熱い視線に気付いたのか理玖さんが目を覚ました。涙が浮かんだ目を見られたくなくて理玖さんの胸に頭を乗せた。抱きつくような形になったけど、涙を見られるよりはいい。
「なんでもないの」
理玖さんの心臓の音が聞こえる。なんか早い気がする。
「あのさ、この状況って生殺しのような気がするんだけど、手を出してもいいのか?」
「生殺しって?」
わたしが意味がわからなくて尋ねると理玖さんが困ったような顔をした。
「無邪気なふりなのか? それとも天然?」
ブツブツと呟いている理玖さんをジッと眺めていると理玖さんがわたしと視線を合わせて来る。
顔が近い。理玖さんの顔はアップでも素敵だけどわたしの顔をアップで見ている理玖さんはどう思っているのか。わたしは少しでも離れようとしたけど理玖さんの腕は緩まない。
「茉里と私は二日前に結婚した。茉里は結婚した男女が何をするか知っているのかな?」
結婚した男女がすること?
「貴族の結婚は後継者を生むことが大事なんでしょ。父様が言ってたわ。だから一緒に寝るんだって、一人で寝たらダメなのよね」
「そ、そうなんだけど…その時何をするかは聞いてないのか?」
「何かするの?」
理玖さんのショックを受けたような顔は見ものだった。無邪気さを装っていたわたしが思わず笑ってしまうほどに。
わたしが吹き出したことで揶揄われたことに気付いた理玖さんも一緒に笑い出した。
少し前までのわたしの性教育は小さな子供と同じくらいの知識しかなかった。だから今笑っていられるのはカーサが頑張ってくれたおかげだ。わたしの知識が子供と同じだと気付いたカーサは少しずつ教えてくれた。わたしが怖がらないように恋愛ものの本を初心者編から少しずつ与えられて結婚する頃には上級者編を読むようになっていた。恋愛小説はわたしの家には存在しなかったので、世の中にはこんな本があるのかと驚いた。
そしてわかったことがある。祖父江伯爵のあの気持ち悪い視線の意味を。愛莉のお下がりの服を着た時にいつも感じた胸を見る男性が何を思っていたのか。
とはいうもののわたしの知識はあくまでも本から得たもので、それほど詳しいことは書いてなかった。だからわたしが知っている大事なことは「始めは痛いけど、男性に全てを任せればいい」という簡単なこと。カーサにも理玖さんに全てお任せすればいいと言われている。
理玖さんの笑顔を見てホッとする。愛莉には申し訳ないけどこうして一緒いるのが理玖さんでよかった。
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