第15話
わたしの初恋は賢一さんだった。
両親に虐げられていたあの頃、唯一わたしに優しくしてくれた男性だった。でも賢一さんの目当ては愛莉だった。わたしのことは不憫だったから。そして愛莉の妹だから優しくしてくれていることは直ぐにわかった。
だからわたしの初恋は始まったと同時に終わってしまった。
婚約式は身内だけで行われる。わたしはずっと不安だった。このまま婚約していいのかわからない。いっそ成人してないけど逃げてしまおうかとすら思っていた。でも昨日母様に「あなたの方が死んでくれれば良かった」って言われて、逃げることができなくなった。泣き疲れてカーサに起こされるまでぐっすり眠っていたから。
「うぅぅ、なんで眠ってしまったのかしら」
顔が腫れてる気がする。それに頭も痛い。
「そうですね。その腫れた瞼は困りますね。氷で冷やしましょう」
「それより頭が痛いわ。婚約式は延期できない?」
「冗談がお上手ですね、茉里様は」
カーサはわたしが冗談を言ったと思ってクスクス笑っている。
やっぱり駄目かぁ。半分くらいは本気の言葉だったんだけど。
「とってもいい夢を見てた気がする。泣いたから良かったのかも」
長い間泣くことができなかった。昨夜久しぶりに泣いてスッキリしたからあんな夢を見たのかもしれない。初めて賢一さんに親切にされたあの時のことを……。
賢一さんに親切にされて舞い上がったあの日のことを思い出すと恥ずかしくなる。いつも期待して裏切られる。
初めて理玖様に出会った時、彼はあの大っ嫌いな祖父江伯爵からわたしを救ってくれた。他の人だったらきっと助けてはくれなかった。きっと見て見ぬ振りをされただろう。賢一さんの時と同じだった。理玖様も言葉は悪かったけどわたしに優しくしてくれた一人だ。「君とはまた会うことになりそうだ」なんて意味深な言葉を残して去って行った彼を少しだけドキドキしながら待っていた。
でも、結局彼は妹の婚約者として現れた。理玖様は嘘を言ったわけではない。わたしがバカだっただけ。いつだってわたしに親切にしてくれる人の目当ては愛莉なのだから。
「婚約式が終わったら正式に理玖様がわたしの婚約者になるんだよね」
「そうですよ。理玖様は厳しいところもありますが、きっと大切にしてくれますよ。長年お仕えしている私が保証します」
「でもカーサは二十代にしか見えないわ。長年お仕えしていると言ってもそんなに長くないわよね」
「ふふふ、もうすぐ三十なんですよ。十四の頃から公爵家で働いてますから理玖様のことは何んでも知っていますから大丈夫です」
「さ、三十? 」
カーサが三十歳とは……。ん? ということは理玖様が十代の頃のことも知っているのか。理玖様も十代の頃は今と違って素直な子供だったのか気になったので聞いてみる。
「理玖様の十代の頃ですか? 今とあまり変わらないですよ。手がかからなくて、なんでもご自分でしたがる子供でしたね」
貴族といってもわたしのような子爵家と違って公爵家は着替えも一人で着替えることはない。手取り足取りメイドが着替えさせてくれるそうだ。わたしは理玖様がメイドに着替えさせてもらっている姿を思い浮かべて笑ってしまう。嫌がって自分一人で着替えたいが、メイドの仕事を奪えばメイドの方が叱られてしまうから我慢している姿だ。
「今でも着替えはメイドがしてるんでしょうか?」
「伯爵になってからは一人で着替えているようです。さあ、起きてください。目の腫れも氷のおかげでひいてきましたわ」
わたしはのそのそと起き上がる。起きたくはないけど、グズグズしていて母様が部屋に来たらまた嫌味を言われてしまう。ううん。今度は父様や兄様が現れるかもしれない。それだけは遠慮したいので公爵家に行くために支度をする。
時間通りに下に降りるとみんなが待っていた。婚約式だといいうのに誰からも「おめでとう」と言われない。両親の顔には笑顔さえない。
「一時はどうなるかと思ったが、これで我が子爵家も安泰だな」
「まだ安心はできませんよ。愛莉ではなく茉里なんですから、いつ婚約破棄になるかわかりませんよ」
家族の誰からも祝福はないけど、彼らはこの婚約を足がかりに少しでも上流階級に近付きたいようだ。
母様はわたしと一緒の馬車には乗りたくないといったようでわたしには別の馬車が用意されていた。さすがに公爵家に行くのにおかしな馬車に乗せられないと思ったのか、いつもわたしが使わされている馬車と違って屋根もある箱型馬車だ。カーサが一緒に乗ってくれたのでホッとした。
馬車の中から外を眺めていると雨が降って来た。
これは愛莉の涙なのかもしれない……。
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