第14話

「どうしたの? その髪?」


愛莉の髪の色に驚いて声を上げてしまった。

とても綺麗にピンクに染まった髪は愛莉に似合っていた。


「ふふ、似合うでしょ」


確かに似合っている。でも三千院伯爵や九条公爵家はどう思うだろうか。今日は花嫁教育が休みだけど、明日はいかなければならないのだ。


「に、似合ってるけど、大丈夫なの? 三千院伯爵は知ってるの?」


「もう、お姉さまはいつでもお利口さんなんだから。言っておきますけど理玖様は私の婚約者ですからね。偉そうに指図するのはやめて。それにこの髪の色は一日しかもたない魔法だから理玖様にはバレやしないわ」


1日だけ髪の色が変えれる魔法があるなんて知らなかった。わたしはやっぱり世間知らずなのかもしれない。もっと世の中のことを知らないとこの家を出ても路頭に迷ってしまうわ。


「その魔法ってどこでしてくれるの? 」


「あら、お姉さまも髪の色を変えたいの? うーん、いいわ教えてあげる。まだ実験段階の魔法だから内緒って言われてるけど特別よ。でも今は時間がないから明日ね」


ちょっと意地悪そうな顔でそれだけ言うと走り去って行った。妹はわたしなんかと違って忙しい。いつもどこかのお茶会に誘われている。わたしは愛莉の後ろ姿を見送った。まさかそれが最後になるとはこの時は思ってもみなかった。



婚約式を明日に控えて、憂鬱で仕方ない。わたしは最後に会った時の愛梨を思い出していた。愛梨は髪をピンクに染めていた。今思えば誰かに会う予定だったのだろう。でなければわざわざピンクに染めないはずだ。それに愛梨はとても急いでいた。

ベッドの上を転がってゴロゴロしているわたしを呆れた表情でカーサが見ている。

こうしてゴロゴロしているとたまにいいアイデアを思いつくことがあるから、やめることはできない。

このまま流されて婚約式までして大丈夫なのかずっとそればかり考えている。いつもなら何かしら思いつくのに今日は気ばかりが焦って何も思いつかない。

突然ドアが開いたので慌てて起き上がったけれど、髪もグシャグシャでゴロゴロしていたことを隠すことはできない。母様はわたしのその姿を見て、目を吊り上げて怒り出した。


「あなたの恥は子爵家の恥です。所詮貴女は愛莉のようにはなれないのだから、少しでも公爵家で恥をかかないようになさい」


「申し訳ございません」


ただただ頭を下げることしかできない。自分の部屋でも気を抜いたら駄目なのだろうか。だとしたらわたしにはこの婚約は勤まりませんと言いたいのに、母様を目の前にするといつものように口が貝のように開かなくなる。


「本当に貴女の方が死んでくれれば良かったのに……」


侍女のカーサがその言葉に驚いたようで息を呑むのが聞こえた。

わたしは下げた頭を上げることができない。まぶたをぎゅっと閉じたけど涙が次から次へと流れる。でも何も言い返すことはできなかった。母様の本心から出た言葉だ。いつかは愛してくれるのではと思っていたけど、わたしではなく妹が死んだことが許せないのでは愛されるわけがない。もらわれた子だったら諦めがついた。でもわたしは母様の本当の子供なのに疎まれている。


「大丈夫ですか?」


カーサは母様が去っていくと、そっとハンカチで涙を拭いてくれる。少し怒ったような顔だ。


「ご、ごめんなさい」


慌てて涙をとめて謝る。


「茉里様に怒っているわけではないですよ。実の娘にあのような言葉をかけるなんて」


「気にしないで。いつものことなの。さすがに今日のはこたえたけど…、そのおかげでわかったこともあるからいいのよ」


母様に愛されようと頑張るのはやめることにした。無理なものは無理だってわかったから。愛莉が生まれる前のように抱きしめてもらえるのではないかと期待するのはもう終わり。

あれはやはりわたしの願望が見せた夢だったのだ。父様と母様と兄様に可愛がってもらってた思い出は現実ではなかった。


「ですが…」


「いいのよ。今日は泣いてしまったけど、明日には笑うから心配しないで。いつも一人で泣いてたから、カーサがいて嬉しい。一人だと寂しくて…」


「大丈夫ですよ。これからはずっと一緒ですから。寂しくないですよ」


暖かい腕の中にいた。カーサが抱きしめてくれたようだ。ポンポンっと背中を叩いてくれる。どうしてわたしの望んでいることがわかったのだろう。わたしは誰かに抱きしめてもらいたかった。一時は賢一さんにそれを求めていたこともあった。でも賢一さんは慰めるように紅茶と食べ物を用意してくれたけど、抱きしめてくれることはなかった。


「ふふふ、役得ね。わたし、理玖様に叱られてしまうかもしれませんわ」


何故、カーサが叱られるのかわからないけど、本当に叱られた時は一緒に叱られようと思った。

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