第9話


ハウスメイドたちの噂話が耳に入ったのは偶然だった。わたしたちとハウスメイドたちの区域は完全に離れている。彼女たちは仕事中に私語はしないので、彼女たちの噂話を聞くことになったのは完全にわたしの落ち度だった。

わたしはそのとき侍女(レディーズメイド)のカーサを探していた。


「ねえ、どうして茉里様まで公爵家へ通っているの?」


「本当におかしな話よね。茉里様に花嫁教育なんて必要ないでしょうに」


クスクスと笑っているのがわかる。わたしが家族に見放されていることはメイドたちにもわかっているので、わたしへの扱いは悪い。ベルを鳴らしても無視されることが多いので、最近はベルを使わないようにしている。


「公爵家から派遣された侍女のカーサなら知っているのではないかしら」


「そう思って聞いて見たけど、彼女口が堅いのよ」


「やっぱり公爵家の侍女は違うわね。私も愛莉様が結婚されるときについていけないかしら」


「貴女では無理よ。彼女は何も言わないけど、立ち振る舞いなんか見てるとどこかの令嬢ではないかしら。教養もありそうよ。公爵家の侍女は私たちとは格が違うのね」


「そうだとしたら、やっぱり変よね。愛莉様だけにならわかるけど、どうして茉里様にも侍女をつけるのかしら」


「私が読んだ本にあった話なんだけど…、ああ、でもこんな事言ってもいいのかしら」


一人のハウスメイドが口を開いたけど、言うのを躊躇っている。


「何よ、そこまで言ったら話しなさいよ」


そうよ、わたしも気になるわ。盗み聞きなんてはしたないとわかっているけど、ここまで聞いて後には引けない。


「この国では三人までは妻が持てるでしょ。だから姉妹と同時に結婚する話があったの。その男の人は姉が目当てで妹の方には興味がなかったんだけど、姉は病弱で子供を産むのは命がけになるから子供を産むことだけのために妹も一緒にもらったらしいわ」


「ええっ! そんなことがあるの? でも愛莉様は身体が弱くないわよ」


「でも細いでしょ。その点、茉里様は安産型だからたくさん子供が産めそうよ」


クスクスと笑い声だったのが、ドッと大きな笑い声に変わった。

惨めだった。盗み聞きなんてするからこんな目にあうのだ。彼女たちに悪気がないのはわかっている。ただの噂話で本当の話ではない。

それにしてもハウスメイドに言われるほどわたしは太っているのかしら。


「でもあり得る話ね。それが小太郎様が祖父江伯爵からの茉里様への縁談話を反対してる理由かもしれないわ。確かに三番目の妻になるのは可哀想な気もするけど、伯爵家に嫁げば今よりずっと良い暮らしができるのにおかしな話だと思ったの」


「そうよね。祖父江伯爵は年はずっと上だけど紳士で素敵な方ですものね。茉里様には勿体無い気もするわ。それにしても祖父江伯爵は愛莉様に気があるのかと思ってたのに変よね」


「そうね。私も何度か愛莉様への手紙を預かったことがあるわ。奥様に気づかれないように渡してくれってお菓子まで頂いたわ」


「あら貴女もなの。私はチョコレートと言うのを初めて食べたわ。私は愛莉様からの手紙を祖父江伯爵に渡したときに頂いたの」


「まあ、羨ましいわ」


祖父江伯爵が愛莉に手紙を? 恋文かしら。でも愛莉は沢山の恋文をもらうけどあまり返事は書かないのに。返事を書くときは私が代筆させられるのに祖父江伯爵宛の手紙を書いたことはない。愛莉は字が上手ではないのだ。その愛莉が自ら書いた手紙を祖父江伯爵に? どう言うことなんだろう。

考え込んでいると肩を叩かれた。ビクッとしたけど声をあげなかった自分を褒めたい。

後ろを振り返るとカーサが立っていた。彼女は口元に指をあててわたしを黙らせると、付いて来いと言うように歩き出した。

彼女の後について行って入ったのは彼女の部屋のようだった。彼女は一人部屋で割と広い部屋を与えられていた。


「あのような所で立ち聞きなんて駄目ですよ」


「カーサを探していたら偶然聞こえてきたのよ。カーサはいつからあそこにいたの?」


「彼女たちに悪気はないのよ。忙しい合間の息抜きに噂をしているだけ」


「わかってるわ。彼女たちに好かれていないことは知っているもの」


「それと理玖様は姉妹を同時に娶るような悪趣味な方ではないのでご安心を」


カーサはは全てを聞いていたようだ。彼女に否定されてホッとしたのにちょっとだけ残念に思っている自分がいた。わたしなんかが三千院伯爵の隣に立てるわけがないのに、少しだけ期待したのかもしれない。だって祖父江伯爵の三番目の妻にはなりたくない。祖父江伯爵のわたしを見る目が嫌いだ。ハウスメイドたちは素敵だって言ってたけど、わたしは近寄られることすら苦痛なのだ。

わたしも疑問に思っていることを尋ねた。


「どうしてわたしも花嫁教育を受けることになったのかしら。それに侍女まで派遣してもらって、ハウスメイドたちが噂をするのもわかる気がするわ」


「私は一介のメイドなので主人の考えていることまではわかりかねます」


本当に知らないのか口が堅いのかわからない。カーサの表情は本当に変わらない。

今度図書室で三千院伯爵に出会ったら尋ねることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る