第8話

侍女のカーサはわたしのもとから離れなかった。そしてどうやったのか母を説得してドレスを数枚買ってもらえるようにしてくれた。ダイエットの必要もなくなり、毎回食べれるようになった。

あの母を説得するなんてやっぱり公爵家の侍女は優秀だ。カーサと一緒に来たスージーも妹を上手に扱って勉強させている。家で復習をするなんて今までだったら考えられないことだ。

数枚ドレスを買ってもらえるとは言っても令嬢としては全く足りない。侍女は裁縫も得意なようで愛莉のお下がりのドレスをわたしにも合うように直してくれた。

そのおかげでわたしは公爵家へ訪ねて行くときのドレスに困ることがなくなった。



「そのドレスは似合っている」


愛莉のお下がりとは思えないほど上手に手直ししてくれた水色のドレスはわたしも気に入っていた、でもまさか三千院伯爵に褒められるとは思っていなくて顔が赤くなってしまう。

褒められることに慣れていないのだ。こんなときに上手に言葉が返せないようではだめなのに、わたしは何も言えてない。きっと三千院伯爵も教育の成果のないわたしにガッカリしたはずだ。

わたしと愛莉が勉強をしている間、九条公爵家の図書室に行くようになってから図書室で三千院伯爵と一緒になることが度々ある。一言も話さない時もあるけど、時々話しかけられることもある。

初めの頃は「妹を妬んでも何も変わらない」とか「家にこもってばかりいないで外に目を向けた方がいい」とか「少しは小ぎれいにすればみられるのに」とか嫌味ばかりだったので会うのが嫌だった。

でも最近はわたしが読んでいる本の解説とか、世間話もしてくるようになった。そういうときの三千院伯爵は嫌味っぽい顔と違って、優しい顔だ。わたしは男の人とは賢一さんとしか長い会話をしたことがなかったので、三千院伯爵との会話は新鮮で楽しい時もある。それに三千院伯爵は賢一さんと違って、愛莉のことを尋ねて来ない。そのことが嬉しかった。

わたしと会話しようとする人は大抵、愛莉のことを尋ねる。わたしに興味はないのだ。

三千院伯爵だって本当は愛莉のことを聞きたいのかもしれない。でも婚約者の妹であるわたしのことも気にかけてくれる。わたしが愛莉のことを尋ねられることを嫌っていることに気付いているのかも。

ドレスのことを褒められたからではないけど、三千院伯爵のことを第一印象と変わって好ましく思うようになっていた。妹の旦那になるのだから「おにいさま」って呼ぶのは変かしら。でもこんな「おにいさまが」いてくれたらなぁって思う。


「おにいさまだって? 」


ついそんな話をしたらびっくりした顔で見られた。そんなに嫌だったのかしら。


「愛莉の旦那さまになるのだからやっぱり変かしら」


「変っていうか、君には本当のおにいさまがいるだろう」


確かにわたしにはお兄様がいる。正真正銘、血の繋がった兄だ。桜庭小太郎。でも兄らしいことをしてもらったことはない。蔑んだ表情で見られたことはあるけど、会話らしい会話もしたことがない。三千院伯爵の方がよっぽど話している。


「いるにはいるけど……」


「彼は君の祖父江伯爵との縁談を反対していると聞いた。彼が反対していなければ今頃は嫁がされていただろう。いいお兄さんじゃないか」


わたしはその話に驚いた。祖父江伯爵との縁談の話や兄が反対してくれたというのは聞いていたけど、反対していなければ今頃は嫁がされていたとは知らなかった。祖父江伯爵にとっては三人目の妻になるので結婚式とかはしないのかもしれない。何の準備もしないのならあっという間に彼の元にやられてしまう。

こんなにのんびりしていていいのかしら。兄が意見を変えたら大変なことになる。

わたしの顔は白くなっていたと思う。血の気が失せるのが自分でもわかったから。


「君は、やっぱり祖父江伯爵に気があるのか?」


不機嫌そうな声で聞かれて戸惑う。


「え?」


「お兄さんが反対していると聞いて、そんな顔になるのだからそういうことだろう」


「ち、違います。これは違うことを考えてたんです」


疑わしそうな視線でわたしを見る三千院伯爵の瞳は初めて会ったときのように鋭い。わたしは怖くなって伏せてしまった。それが気に入らないのかふんっと鼻を鳴らされてしまった。

機嫌が悪くなった三千院伯爵は何も言わずに出て行ってしまった。彼はこの図書室に何の用で来ているのだろう。

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