第2話

案の定、祖父江伯爵は男の方に振り返ると大声を出した。


「私はこのご令嬢と話が.....こ、これは三千院伯爵。このようなところでお会いするとは。貴方も愛莉様目当てですかな。噂というものは大袈裟だと思っておりましたが、本当に美しい穢れのない女性でしたな」


 妹はつい最近社交界デビューしたばかりなので、今日初めて目にする方も多いようだ。


「そのようなことを言っていると悋気な妻女に怒られるのではないですか?」


 祖父江伯爵の二番目の妻は嫉妬深いと有名だ。今夜連れてこられているのは二番目の奥さんだったのか。


「そうですな。今日は時間切れのようだ。おとなしく帰るとしましょう」


 名残りおしそうな視線をわたしに向けて去っていった。彼が見えなくなるとホッと息を吐く。


「余計なお世話だったかな、お嬢さん」


「いえ、助かりました。ありがとうございます」


 嫌味な言い方にカチンと来たけど助かったのは事実だ。この男性は若いけど祖父江伯爵に影響力があるみたいで助かった。


「それにしてもどうしてこんな人気のない場所に来たんだ? 祖父江伯爵が誘われたと勘違いしても無理もない」


 またわたしが悪いみたいな言い方だわ。三千院伯爵って言ってたけど、聞いたことがないしなるべく関わりあいたくない男性ね。


「わたしはここの娘です。疲れたから部屋に帰る所でしたの。このような場所で祖父江伯爵に出会うとは考えていませんでしたわ」


「彼の方はそう思っていなかったようだ。まあ、君のその格好では誘われていると思っても仕方ない。これからは胸を見せびらかすような格好はしない事だ」


 自分でも気にしていた事を言われて真っ赤になる。どうして初めて会った人にここまで言われないといけないの?

 男の顔をじっと見つめると目を逸らされた。月明かりで目の色や髪の色はわからないけど、誰もが振り返るくらい整った顔をしている。背も高く足も長い。幼い頃に憧れていた王子様のようだ。わたしを意地悪な継母から救い出してくれる優しい王子様。口を開かなければ完璧なのに。


「わたしがどのような格好をしようとわたしの自由です。貴方こそどうしてここへ? ここはパーティー会場からだいぶ離れていますわ」


「祖父江伯爵の奥さんに頼まれたと言ったでしょう。たまたま見かけたので追いかけて来たんですよ。ご自分の誕生日なのに帰ってもいいのですか?」


今日がわたしの誕生日でもあると知っている人もいたのね。妹ばかりが注目されていたから気付かなかったけど、わたしの誕生日パーティーでもあると思っている人もいたのかもしれない。


「誰もわたしがいない事には気付かないと思うわ。誕生日と言ってもそろそろ12時になるから終わってしまうし、もうわたしの時間は終わってしまったわ」


「12時ですか。まさに貴女は『ツンデレラ』のようですね。12時の鐘と同時に家に帰ってしまうツンデレラ」


『ツンデレラ』の話はわたしには苦い思い出だ。世の中の継母はこの有名な物語どう思っているのだろうか。ツンデレラは継母と継母の連れ子にいじめられて育ち笑わなくなったツンツンした娘の話だ。魔法使いのおかげで笑顔を取り戻した娘はパーティーで王子様と出会う。でも12時になれば魔法が解けてツンツンした娘に戻ってしまう。ツンデレラのようだと言われてもあまり嬉しくない。褒め言葉には不似合いな言葉だ。


「からかってるのね。わたしにはツンデレラのように魔法をかけてくれる魔法使いはいないのに。このドレスだってお下がりなのよ」


カッとなって余計なことを言ってしまった。お母様に知られたらどんなお叱りを受ける事になるか。


「桜庭子爵がお金に困っているとは思わないが、倹約家なのか? これほどのパーティーを開くのに娘にお下がりを着せるとは…」


三千院伯爵の苦い顔にわたしは焦る。このままでは両親に恥をかかせてしまう。わたしがお下がりを着ている事に誰も気付いていないとは思わない。けれどみんな見て見ぬ振りをしているのだ。でもわたしがそのことを喋ったのでは話が違ってくる。見て見ぬ振りができなくなって、両親は大恥をかく事になる。


「待ってください。今のは聞かなかった事にしてください。叱られてしまうわ」


「では今言ったことは嘘なのか?」


嘘ではないけど嘘だと思ってもらった方が無難な気がする。


「そ、そうよ。嘘よ。ツンデレラの話をするから言ってみただけよ」


三千院伯爵はわたしの言葉を聞きながらもジロジロとわたしの姿を見ている。暗いからこのドレスが一年前のドレスだとはわからないはず。


「まあ、今の話が嘘かどうかはすぐにわかる。君とはまた会う事になりそうだ」


「え?」


「今日はもう部屋に帰るのだろう? その姿でうろつかない方が良い」


思わせぶりなことを言って三千院伯爵は去っていった。また会うことになるってどういうことだろう。彼の言葉が気になったけど、また変な男が現れたら困るので彼を追いかけるのはやめて部屋におとなしく戻ることにした。

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