不本意ながら妹の婚約者だった男と結婚することになりました!

小鳥遊 郁

第1話

今日はわたしの誕生日だ。屋敷では盛大な誕生日パーティーが開かれている。

でもそれはわたしの誕生日パーティーではなく妹の愛莉の誕生日パーティーだった。

はじめにこのパーティーのことを聞いた時はわたしと妹の誕生日パーティーだと勘違いしてメイドを困らせてしまった。勘違いに気付いた時は顔から火が出るのではないかと思ったくらい恥ずかしかった。

メイドはわたしに申し訳なさそうに一枚のドレスを差し出してきた。それは去年愛莉が着ていたドレスだった。わたしと愛莉は体型があまり変わらないから愛莉のお下がりを着るのはいつものことだ。

それでも誕生日くらいは新しいドレスを着て見たいと思う。

幼い頃に読んだ童話に継母にいじめられる『ツンデレラ』というのがあった。その本を読んだ時自分を産んだ母親が別にいるのだと一年くらい勘違いして過ごしたことがある。父方のお祖母様にその話をしてものすごく怒られてしまった。


「いじめられていると思うのはあなたの心が捻じ曲がっているからそう思うのです。あなたは愛莉の姉として恥ずかしくないように生きなければなりません」


妹の愛莉は天使のように優しく美しい子で誰からも愛されていた。わたしがそのことで妬んでいると思われたようだった。わたしはただ、一回でいいから愛莉と同じように抱きしめて欲しかった。母親が抱きしめるのはいつも愛莉と兄の小太郎だけでわたしのことは視界にさえも入っていないようだった。だからわたしには本当の母親が別にいるのだと思って慰めていたのに、わたしの母は間違いなく愛莉と同じだった。

そのことを知っても嬉しい気持ちにはならなかった。


愛莉とわたしの体型はほとんど変わらなかったけど年齢が二年ほど違うためか愛莉のドレスは少しばかりきつかった。特に胸のあたりがきつく、みんなの視線を感じて恥ずかしかった。きっとお古だって気付かれている。妹のお古を着ている姉なんて聞いたことがない。しかも妹とは二年も離れているのだ。両親はわたしに関心がないので何も言わなかったけど兄は馬鹿にしたように笑った。


「そんな姿で恥ずかしくないのか?」


好きでこのドレスを着ているわけではないのに嫌味を言う兄のことは嫌いだ。

でも言い返すと母からも睨まれるので黙って耐えた。

パーティーも少しだけ顔を出したら抜け出す予定だ。このパーティーには同級生だった人も来る。できれば会いたくない。彼女たちのほとんどは結婚が決まっていて話も合わない。

わたしは進学が決まっている。結婚の話も来ないし、このままいけば行かず後家になりそうなので学者の道に進むことにした。両親からも反対されなかった。妹の婚約者を誰にするかで忙しくてわたしに構っている暇はないのだろう。妹は王家からもお茶会の声がかかるほど人気だが、残念なことに王家には年の会う男子がいない。確か王子は十歳と六歳だった。

おそらく公爵家か侯爵家に嫁ぐことになるだろう。身分差があるから大丈夫なのか心配になるけど妹なら大丈夫。彼女をいじめるような人はいないから。



「やっと抜け出せたわ」

そっと抜け出さないと母親に後から説教されるので難しかった。このドレスのせいで妙に目立ってしまい、いつものように簡単にはいかなかった。


「おやおや、茉里様ではないですか? 私を待っていてくださったのですか?」


その声には覚えがあった。祖父江伯爵だ。父と同じくらいの年齢で二人の奥さんがいると聞いている。この国は昔から女性が多く一夫三妻制が導入されている。妻が多いとお金も入り用なので、わたしの家のような子爵家では妻が一人のところが多い。


「いえ、少し風にあたりたかっただけです」


わたしはこの男が苦手だった。舐めるような視線が蛇のようで気持ちが悪く、近くにいるのが苦痛だ。


「恥ずかしがらなくて良いのですよ。さあ一緒に庭でも歩きましょう。貴女とは仲良くしたいと思っていたのです」


父と同じくらいの年齢の人なのに若々しくはしている。結構人気があると聞くけどわたしはご遠慮申し上げたい。彼と庭を歩くのは危険だとわかるのにどうやって断ったらいいのかがわからない。日頃からパーティーには出たことがないし、母親からの助言もない。

少しずつ近付いてくる男が怖くて一歩一歩と後ろに下がる。


「祖父江伯爵ではありませんか。奥様が探していましたよ」


祖父江伯爵の後ろから声がかかった。男の顔はよく見えないが声で若いことがわかる。祖父江伯爵は若い男の言うことに耳を傾けるような男ではない。助かったと思ったけど、祖父江伯爵に睨まれるだろう男の方が心配になった。

わたしが今いる庭はパーティー会場からは遠く離れている。わたしはそのまま自分の部屋に帰るつもりだったので歩いていたのだが、この二人はどうしてここまで入り込んだのだろう。

それにこの男は誰? 挨拶した時にはいなかったように思う。

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