戮力一心 1
「それでは、これより緊急円卓会議を開催する」
銀の王の厳かな声を合図に、神の塔の円卓に集った王たちが無言で頷く。
赤の王が倒れた翌日の早朝、円卓の王たちは銀の王の要求により、ここ神の塔に集められた。王は皆、門を通じてここに集結したため、定例会議のときのような供回りはいない。これまでの臨時会議の例に漏れず、ここにいるのは王だけだ。
ひとつだけ目立つ空席、赤の王の席をちらりと見た銀の王は、すぐにその視線を上げた。
「まずは私からの報告だ。既に全ての国に連絡がいっておるとは思うが、敵、――ウロは、神に連なる上位種である。奴は、神の塔を手に入れることで神に至るという皇帝の願いを叶えるという名目で、ロイツェンシュテッド帝国に手を貸している。……だが、ウロの目的は恐らく帝国のそれと同じではない。あれにとっては、人の子などただの駒にすぎぬはずだ。よって、此度の戦争において我々が最も注視すべきは、帝国ではなくウロ個人の行動であると私は考える」
銀の王の言葉に異を唱える者はいない。銀の王に言われるまでもなく、皆、最優先で排除すべき対象はウロであると認識しているのだ。
「帝国領に侵攻した部隊が行うべきことは、大きく分けて三つ。帝国兵の排除と、エインストラの奪還、そして、ウロを倒すことだ。……私はそう考えるが、異論は?」
そう問いかけた銀の王に、黄の王が手を挙げた。
「異論はないんすけど、確認したいことが。……まあ、エルキディタータリエンデ王もアレと直接接触したそうなんで判ってるとは思うんですけど、…………誰が、あれを倒すんですか?」
黄の王の言葉に、銀の王が隻眼を細める。
「いくらエルキディタータリエンデ王が老いたっつっても、あんたはそこらの騎士や兵士よりはよっぽど強いでしょう。そのあんたが、一矢報いることすらできずに目玉抉られたんだ。……ああ、いや、そうじゃねーな。もっと絶望的だよな」
そう言った黄の王が、赤の王の席を見る。
「間違いなく円卓で最も高い総合力を持つロステアール・クレウ・グランダが、為す術なくやられたんだから」
その言葉に、数人の王から小さく唸るような声が漏れた。
ロステアールは確かに、現在の円卓内における最強と称するに値する力の持ち主だった。そんな彼が倒れ、現在も意識不明のままであるという事実は、王たちの間に暗い影を落とした。
「そこそこ戦える自負がある俺ですら、ウロに遭遇した瞬間は身が凍るような悪寒が走った。その結果があのザマですよ。敵を認識して即座に行動することができず、数手遅れて発動した魔法も、てんで歯が立たなかった。そりゃ、俺が出したのは詠唱破棄で発動できる程度の魔法ではあったけど、それでもかなりの高威力だ。それを指先で軽く弾かれたんだぜ? こういうこと言うべきじゃねーのかもしんないけど、……俺には、あれに勝てるビジョンが全く浮かばない」
戦う前から諦めるのか、とは、誰も言わなかった。別に黄の王が諦観からこのような発言をしている訳ではないことくらい、判っているのだ。事実として敵わないと思ったからこそ、彼はそれについて言及し、その状況をどう打破するのかを尋ねている。だが、長きに渡って玉座に座ってきた銀の王ですら、それに対する答えを出すことはできなかった。
誰しもが黙り、重い空気が流れる中、不意に長いため息が吐き出される音がした。
「はぁ~~」
黒の王である。
緊急事態だからと珍しく遅刻も欠席もせずに出席していた彼は、深いため息を吐き出し切ったあと、銀の王を見た。
「俺がやるよ」
「…………できるのか、お主に」
銀の王の問いに、黒の王が首を傾げる。
「さぁ? できるかどうかは判らないけど、やるとしたら俺でしょ。こういうときの黒の王なんだし、そもそも黒は王の不在には一番慣れてるからね。一番死んでも良い王が俺なんだから、だったら俺がやるよ」
「……お主に、あれが殺せるのか」
「だから、そんなこと判んないって。でも、赤の王が駄目だった今、可能性が残ってるのは俺だけでしょ。ヴェルを使ってやってみるよ。でも多分俺は死ぬから、相打ちにできたら御の字くらいに思ってて」
淡々と言った黒の王に、金の王が椅子を蹴って立ち上がった。
「お待ちくださいヴェールゴール王! 死んでしまうかもなんて、そんな、っ、も、もっと、何か、良い方法が、」
幼い王の発言に、銀の王が彼を睨んだ。だが、そんな銀の王を手で制した黒の王が、金の王を見て口を開く。
「良い方法なんてないよ。一番強い赤の王がやられたんだ。だったら、俺がやるのが一番良い。俺は正面切っての戦闘能力は低いけど、暗殺だったら一番凄いからね。それに、ヴェルがいれば存在の遮断も身体能力も暗殺能力も、全部飛躍的に向上させられる。…………判るかな? 俺とヴェルなら、この刃が相手の喉元に届く瞬間まで、相手に悟られないことができる。たとえ相手が神だったとしても、条件さえ整えば、俺とヴェルなら絶対に気づかれない。幸いなことに、敵は干渉の問題とかで色々と制限がかかってる状態だ。そこに薄紅の協力があれば、確実に刃を届けることはできる。それは約束するよ。ただ問題は、この刃が届いたあとだ。刃が敵に触れる前なら俺の存在は消せるけど、僅かでも触れた瞬間に、俺はそこに存在してしまう。あとはもう、速度勝負だよね。ありとあらゆる制限をとっぱらった俺の速度は王獣すら越えるけど……、……でも、多分、相手の方が速い」
そこで再び、黒の王がため息を吐いた。
「今のままじゃ、十中八九俺は返り討ちに合って死ぬ。でも、うまく条件を整えれば、一回くらいは殺せるかもしれない。多分重要なのはそこなんだ」
「……こ、殺せる、ので、あれば、ヴェールゴール王が死ぬことは、ないのでは……?」
恐る恐る言った金の王に、黒の王が呆れた顔をした。
「馬鹿だなぁ、あんた。一回くらいは殺せるかもって言ったけど、二回目は無理だよ」
「あ、あの、どういう……?」
「相手は神様なんでしょ。だったら一回殺したくらいで死ぬ訳がない。だって最上位種なんだから。殺した瞬間に蘇る可能性は高いし、殺しきれない可能性だってあるし、そもそも死という概念自体がないかもしれない。まあ、死という概念がないだけなら、その概念を付与して殺すこともできるんだけど、今回は相手が相手だからそれも無理そう。だから、俺ができるのは、最低で掠り傷、最高で一度きりの殺害。それだけ。死んでも刃は届けて見せるけど、その結果がどうあれ、次手で俺は確実に死ぬ。つまり、俺が命を懸けたところで、一矢報いることくらいしかできないって話。……でも、多分その一矢が物凄く重要だからね。まあ、命を捨てるだけの価値はあるんじゃないかな」
やはり淡々とそう言う黒の王に、金の王は彼を見つめた。そして、どうしても耐えきれないという風に、ぽつりと零す。
「……死が、怖くは、ないのですか……?」
あまりにも幼い、稚拙な言葉だ。そんな小さな王の言葉に、黒の王が僅かに目を細め、それから呆れた表情をする。
「怖いに決まってるじゃん。死ぬのは嫌だし、痛いのも嫌いだよ。でも、一番死んでも問題ないのが俺なんだから、しょうがない。他に死んでも良い奴がいたらそいつに任せるけど、俺しかいないからね」
だから嫌だとか言ってられない、と続けた黒の王に、金の王が僅かに息を呑む。そして彼は、恥入るように自身の唇を強く噛んだあと、深々と頭を下げた。
「若輩が愚かな発言をしました。申し訳ございません」
「別に謝ることないんだけど」
「いえ。貴方の王としての覚悟を侮辱する発言でした。本当に、申し訳ございません」
下げた頭を上げようとしない金の王に、黒の王は困った顔をして銀の王を見た。銀の王ならば、王が軽々しく頭を下げるなと言ってくれるかと思ったのだ。だが、黒の王の予想に反して、銀の王は何も言わない。それを見た黒の王は、やはり困った顔のまま、金の王に視線を戻した。
「あー……、じゃあ、謝罪は受け取るよ。よく判んないけど、こういう事態だからさっさと成長しろってことなんだと思うから、頑張って成長して。……でも、別に俺、王としての覚悟とかそういうので動いてる訳じゃないよ?」
黒の王の言葉は本心だ。この王は、いや、この場にいる王は全て、淡々と命の重さを推し量る。切り捨てるべき命を見出せば容赦なく切り捨てる代わりに、己がその対象となったとしても一切躊躇しない。それを当然のようにやってのけること自体が覚悟の表れなのだと、金の王は思う。だから、その覚悟が不足していた自分が恥ずかしくて仕方がなかった。
「先の発言は、私の覚悟が不足していたが故のものです。円卓の王として、最も恥ずべき行為でした。深く反省し、今後二度とこのようなことがないよう、私の持ちうる全てを以って、尽力して参ります」
ぎゅっと拳を握った幼王を前に、沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは、銀の王だった。
「理解したならば、心せよ。お主を測るのは今ではない」
自身に向かって放たれた言葉を受け止め、その意味するところを理解した幼い王は、顔を上げた。そして彼は、最年長の王を真っ直ぐに見つめ、深く一礼してから着席した。
そんな金の王を見て一度だけ目を細めた銀の王が、次いで黒の王へと視線を戻す。
「ヴェールゴール王、話を進めよ」
「え? 進めるって何を? 俺が殺すの頑張るって話で落ち着いたんじゃないの?」
きょとんとする黒の王に、白の王が口を開く。
「相手が神だとしても、条件さえ整えられれば存在を気取られない、と言ったでしょう? それなら、大切なのはその条件です。最も重要であるウロの対処を貴方に任せるしかないのですから、私たちはその条件を満たせるよう、全力で貴方をサポートしなければ」
「ああ、そういうことか。簡単に言うと、ウロを油断させることが条件なんだけど……。えーっと、例えば俺がさ、ほとんど完璧に存在を消したとするじゃん? でも、こっちの戦力考えたら、俺がいないのって絶対おかしいんだよね。それって向こうも判りそうじゃん? そしたら俺は絶対警戒されるから、まあ成功率は下がるよね、みたいな」
言ってる意味判るかなぁ、と首を傾げた黒の王に、白の王が微笑みを返す。
「ええ。つまり、貴方の存在を消しているだけではいけないということでしょう? 貴方の存在を消しつつ、あたかも貴方が存在しているように見せなければいけない。……これは、シェンジェアン王に助力を乞うべきでしょうね」
「でもさ、神様相手に幻惑魔法って成功する? 多分無理だと思うんだよね、俺。ないものをあるように見せるって、相当難しいよ? いや、見せるだけなら簡単だと思うんだけど、相手が神様ってなると、五感どころか第六感みたいなものまで含めて、全部で俺が存在してるように思わせなきゃいけなくない? 神様相手にそんなこと、できる?」
そう言って黒の王が薄紅の王を見る。視線を受けた薄紅の王は、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、恐らく無理ねぇ。無を有であるかのように見せることはできるけれど、無を有にすることはできないわ。それを事実にできない以上、神に連なる種族には見抜かれてしまうと思うの。……もし通用するとしたら、有を別の有にする魔法、かしらねぇ。でもこれも、元がかけ離れていればかけ離れているほど完成度は下がるわ。貴方の場合、元が元だものねぇ……」
薄紅の王が難しい顔をしたのを見て、黒の王が白の王に向かって肩を竦めた。
「それなら、俺に策がある」
突如として割り込んできた声に、その場の誰もが声の方を見た。そして目に入ってきたその光景に、金の王が思わず呟く。
「……ロンター宰相?」
赤の国の宰相であるレクシリアが、赤の国の門の前に立っていたのだ。
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