第14話 思い複雑


「・・・・・・ ごめん」


「・・・えっ?」


「っ、 ─── 何でもない!早く荷物をお前に返さないと。行こう」



そういって柚木は速足で歩きだす。

どうしたんだろう。

さっき、ごめんって聞こえたような気がしたけれど・・・。



当たり前だが、今日は正面の玄関から柚木家に入った。


立派な門と手入れの行き届いてるらしいでかい松の木のある日本家屋。

家の中からちょんまげ二本差しの侍が出てくるんじゃないかってくらいの屋敷だ。

昨日来たときははこいつのポケットの中で寝てたし、今朝は窓から抜け出したからこうして家の前に立つのは初めて。



「まぁまぁ伊織いおり坊ちゃまのお友達ですか、いらっしゃいませ」


「伊織がお友達を連れてくるなんて小学校以来ね、都さん」


「ちょっと二人共そこをどいて。俺たち試験勉強をするんだよ。ほら、城崎、あがって」


柚木のお母さんとお手伝いの都さんを押しのけるようにして柚木は上がりかまちから廊下へズンズン歩いてゆく。


俺はにっこり笑って「同じクラスの城崎です。急にすみません、お邪魔します」と、挨拶もそこそこに柚木の後に続く。



柚木の部屋。

和室の8畳くらいあるのか、広い。

俺のアパートの部屋と台所を合わせたのより広い。


この部屋には一晩泊まっただけなのに、とても懐かしい気持ちになる。

もしかしたらここでずっと・・・暮らすのかもしれないと昨夜は覚悟していたんだよな。


ぼんやり見まわしていたら柚木が押し入れからスポーツバッグを出してきた。


「昨日お前の部屋から持ってきた着替えと、あとパソコンやタブレットもここに入ってる」


「あ、、ありがとう。悪かったな」


目を伏せている柚木。

俺の顔を見てくれない。

なんだかがぎくしゃく・・・・・・。


「じゃぁ、これで用事は済ん ───」


「・・・な、あのな柚木、勉強しないか」


「え?」


「俺と、、一緒に試験勉強しないか。せっかくだし」


「・・・俺、と・・・?・・」


「ほ、ほら!柚木は文系強いだろう。俺は文系ダメだから教えてくれよ」


「・・・まぁ・・・いいけど」


目を伏せて、俯いている柚木の耳がほのあかい。


何とか今すぐ帰らない理由をひねりだした。

しばらくは追い返されずに済みそうだ。



でも学校を出てから柚木は何だかおかしい。

俺の態度も、、確かにおかしかったもんな・・・っていう自覚はある。

だから戸惑っているんだろうとは思ったけど、何だか俺、必要以上に避けられてるような、モヤモヤした気分が取れないままでいる。


話しかけるきっかけを見つけられないまま、お互い黙ったままカバンから教科書や参考書をテーブルに積み上げる。

制服のネクタイを外して胡座、向かい合って参考書とノートを広げるが。


まるで集中できないってよ・・・・・・

目の前の柚木が気になって息苦しい。

何とかしなくちゃ。



しばらく悶々としていると、ジュースやらお菓子やらケーキやら、お盆に山盛りのおやつをのせてお母さんと都さんが部屋に入ってきた。

お菓子を置くとそのまま座り込む二人。

柚木は気づかれないようにため息をく。

俺は苦笑いするっきゃない。



「まぁ、城崎さんはお一人で暮らしてらっしゃるんですか?偉いんですのね。ねぇ奥様」


二人とも部屋を出ていく気配がないし、城崎が一人暮らしをしていると聞いた都さんは驚いた顔をして母さんを振り向くと、


「本当に感心ね。親御様がアメリカにいらっしゃるのでは不自由もあるでしょうに」


二人揃って城崎に興味津々って何だよと思わず口を挟む。


「ちょっと母さんも都さんも、俺ら勉強してるんだけ ─── 」


次の瞬間、俺の声は華麗にスルーされた。


「(目がキラキラ)そうですわ奥様!城崎さんにお夕食を召し上がっていっていただいてはどうでしょう」


「あらっ!都さん、とてもいい考えだわ。(キラキラッ)城崎さんどうかしら~?大したおもてなしはできませんけど」


「(慌)ち、ちょっと待ってよ!母さんも都さんも勝手に話を進めないでくれよ」


「(喜)すごく嬉しいです!家庭の手料理なんてもう何ヶ月も食べていないんです」


「「 決まりね!(キャー) 」」


「決まりねって、か、母さん!都さん!」


「ご馳走になります!」


城崎もノルなよ!


すっかりその気の二人は、献立を考えなくちゃと俺の話なんてこれっぽっちも聞かないでいそいそと部屋を出て行った。

うちの女性陣はどうしちゃったんだよ?


こうなったら俺の焦りは城崎に向けるしかない。


「おっ、おい城崎っ!」


「ん?なに柚木?」


「なにって、お前っ ──」


こいつ・・・天然なのか、計算なのか、するするっと人の心に入ってきて。

俺の、俺のココにも入ってきたくせに!

胸を押さえて俺は黙り込んだ。



柚木はグッと口をつぐんだまま渋い顔をしている。

どうしたんだろう・・・俺なにかシクったか?


「さっきまで」


「?」


「学校では俺と口もきかなかったくせに」


「あ ─── あ〜だよなぁ、ごめん。何だか俺、照れくさくて。スマン!」


「それにお前は」


「え?」


「── お前はいつも、そうなのか?」


「??いったい何を・・・?」


「初対面の、俺の親みたいな大人でもすぐに打ち解けて」


「あぁ。俺って子供の頃から人懐っこい子だったって親によく言われてて ──」


「っ・・・!なのにっ!── 俺とはいつも口論ばかりのくせして!」


「柚木どうした?なに言ってんだよ、落ち着けよ」


「俺にだけは・・・・・。ごめん、俺って嫌な奴だよな、いつもいつもお前に文句ばかり言ってて。お前にちゃんと謝りたかったんだ・・・」



思わず、胸にしまっていた言葉が口をついて出た。

こいつに謝る日が来るなんて昨日まで考えたことなかった。

でも、でも・・・っ


今、謝らないと俺は一生後悔すると。

変な奴だと、こいつに呆れられ罵られようが構わない、謝りたい。


俺は両手を膝の上でぐぐっと握りしめた。

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