第三話 偶然の再会


「はい、あたしが白花音ですけど……」


 範麗耀はんれいように会ったことがあるかを必死に思い出していた花音は、ほっそりした顔がずい、と近付いてきたことにぎょっとする。

 間近に白い顔があり、化粧の匂いがぷん、とする。


「ど、ど、どこかでお会いしましたっけ……?」


 おそるおそる尋ねる。


 範麗耀は穴の開くほど花音をじろじろと無遠慮に見て、それからつんっ、と顔を上げた。


「信じられないですわっ! なんなのこのちんちくりんはっ。なんでこんなちんちくりんに、このあたくしがっ!」

「あ、あの……?」

「いいこと? あたくしより貴女あなたが優れているなんてことは断じてないですわよ! このちんちくりん!」


 きょとん、とする花音を残し、範麗耀は黒衣の裾を翻して去っていった。


「な、な、な……」


 ちんちくりん。ちんちくりんって、何回言った?

 そういえば父親も花音をちんちくりんと呼んだ。


「最下層とかちんちくりんとか……なんなのあの父娘おやこはっ!!」


 拳をふるふる震わせている花音に、後ろからおそるおそる声が掛かった。


「もしかして……花音?」



「へ?」



 振り返ると、禁軍十五衛の新人衛兵が花音を見て破顔する。


「やっぱり!やっぱり花音だ!」

 その鎧の下の顔を見て、花音は目を丸くした。


れん?!」


 瞬間、群青色ぐんじょういろの鎧の硬い胸に、花音はがばっと抱きしめられた。

「やった! やっと会えた!」





「っていうかさあ……いつからそんな馬鹿力になったのよ……」

 再会の抱擁を無理やり引きはがし、腕をさすりつつ花音は顔を引きつらせた。


「わ、悪い。つい、うれしすぎて……」

 群青色の鎧をまとった偉丈夫は、顔を真っ赤にして申し訳なさそうに頭をかいた。

「っていうか、助けてくれてありがとうな。花音は相変わらず、小さいのに勇気あるな!」

「小さいって、もう小さくないし!」

「いや、小さいよな。相変わらず子猫みたいだな」

「あんたがデカくなりすぎよ!」

 花音は頭一つ分大きい相手を見上げる。


 故郷鹿河村の隣家りん家の三男坊で、幼馴染の林簾りんれん

 昔から大きかったが、今や花音が見上げるほどになっていた。


(簾って、こんなに大きかったっけ……? 最後に会ったのいつだったかな……)


 花音は必死で記憶の糸をたぐりよせる。

試挙しきょの勉強してるときに差し入れ持ってきてくれたりして、それから……)

 花音が鹿河村を旅立つ日、簾の姿はなかった。


「あたしが村を出発するとき、隣町へ牛を売りに行ってるって聞いたわ。てっきり町で暮らすつもりなのかと思った」

「いや、牛を売った金で勉強した」

「ええ?! 簾が勉強?!」


 花音は驚きのあまりのけぞった。簾と言えば勉強嫌いで、遠雷の私塾に来ても本を開くことがなかったくらいだ。


「遠雷教師せんせいにはマジで世話になった。こんな俺に懇切丁寧に勉強を教えてくれて……一生足を向けて寝られない」

「はあ、父さんに勉強をねえ……なんでまた急に」

「だからほら、見ろよ。俺、禁軍十五衛の試挙に合格したからここにいるんだぜ」


 そうか、と花音は納得する。

「すごいじゃん簾!禁軍十五衛の兵士なんだ!」

 皇宮内の十五の門、及びそれに呼応する帝都龍泉の城壁門を守る禁軍十五衛。

 禁軍の中でも選りすぐられた精鋭であり、国中の女子が後宮女官に憧れるように、禁軍十五衛に採用されることは国中の男子のほまれでもあった。



「まったく花音は相変わらず天然っていうか……まあいいや。だろ? 俺がんばったんだ」


 ドヤ顔の簾は、ハッとして懐から封書を取り出した。


「そうそう、俺、遠雷教師から手紙を預かってるんだ」

「父さんから手紙?!」

「遠雷教師がさ、花音は尚食女官で後宮厨に勤めているから、手紙を渡してほしいって。でも、後宮って男子禁制だろ? だから中へは入れないけど、後宮と皇城の境の泰平門付近いれば万が一でも会えるかと思って。新人は最初、後宮の門と皇城の門を交代制で警備して経験を積むから、泰平門の担当時間に花音を探していたんだ」

 花音は驚くやら呆れるやらで目をしばたく。

「そんなふんわりとした感じでこの広い皇宮の中あたしを探すなんて……無謀すぎるでしょ?!」

「でも会えたな」


 ニカっと白い歯を見せて林簾は笑う。心からの嬉しさを隠さないその笑顔は、犬が尻尾を振っているようだ。


 そうだった。こいつは昔からこういう奴だった、と花音は思う。


 なぜかフラっと花音を見つけるのだ。

 山の中で本を読んでいて日が暮れてしまったときも、本を読みながら歩いていて道に迷ったときも、なぜか真っ先に助けに来てくれたのは簾だった。


 ゆえに、「幼なじみってこういうものか」と、花音は簾にありがたいような家族のような親近感を持っている。


「じゃあ、これ。遠雷教師からの手紙。渡せてよかったー」


 花音の手を取ってぶんぶん振るう林簾は、相変わらずお気楽バカ丸出しの、しかし憎めない好青年だ。


(あれ……でもなんか簾の手って、こんなに大きかったっけ)


 幼い頃は、毎日のように近所の子供たちと野山を駆け回った仲だ。繋いだ手の記憶は体に染みついている。

 その時の記憶より、簾の手は何倍も大きく、たくましいものになっていた。


 なんだか気恥ずかしくなって、花音はさりげなく簾の手を離した。


「変わらないね、簾は」

 そう言いつつ、昔とは少し――いや、だいぶ変わった簾を見上げる。


 故郷から遠く離れた皇宮で、故郷に縁のある人と会えるのがこんなにも心強く嬉しい。花音は自然と顔をほころばせた。


 しかし。


「花音? どうした?」

「あ、いや、その……」


 簾もこの宝珠皇宮に勤めるからには、隠し通せるものじゃないだろう。

 いずれバレるなら、伝えておいた方がいい。


「あのね……実は、あたし、尚食女官じゃないの」

「は?」

「あたし、尚儀女官なの。だから後宮厨じゃなくて……後宮蔵書室で……華月堂っていうんだけど……そこで働いてるの」


 簾は、笑顔のまま固まった。


「蔵書室? 華月堂って、たしか後宮にある図書館みたいなところだよな? おまえ、そこで働いてるのか?」

「……うん」

「じゃあ、遠雷先生に嘘ついてるってことか?」

「…………うん」

「マジかよ?!」

「で、でもっ、でもねっ、手紙に書いたよ! ちゃんと司書女官やってるって父さんには伝わっている……はず」


 花音は簾に手渡された手紙をおそるおそる見る。


「伝わった上で手紙をくれたんだとしたら……?」


 封書の中に遠雷の怒鳴り声が詰まっている気がして、花音はあわてて封筒を懐にしまいこんだ。


 はあ、と簾は大きな溜息をついた。


「ウソついて皇宮勤めって……子猫みたいなくせに相変わらず天然にぶっ飛んでるな、花音は……」


 昔から自分をよく知る人間に言われて、花音はぐうの音も出ないのであった。


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