美しい国

落光ふたつ

美しい国

 そこはとても美しい国でした。


 人々は国のため。

 国は人々のため。

 国はいつでも明るく正しく在り、人々はいつでも裏表なく朗らかでした。


 ある日、女の子が生まれました。


 とても愛らしく、周りからも等しく可愛がられた女の子です。

 けれど彼女は、段々と醜くなっていくのです。


 光を疎み、闇に隠れようとしました。

 正義を疑い、法に背きました。

 人の目に怯え、秘め事を作りました。

 無償の愛に嫌気が差し、怒りをぶつけました。


 女の子が少女へと成長した頃には、彼女はすっかり国の中では異端でした。


 それでも人々は、美しく在りました。


 醜い少女と向き合い、彼女と共に過ごせるよう、道を説きます。

 誰一人、彼女を見放すことはしません。文句を言うこともありません。

 人々は、自らが道しるべとなり、少女に示しました。


 しかし、少女は醜いままでした。


 国を、人々を嫌い、ついには国の外へと逃げ出してしまうのです。

 人々は嘆きます。


 少女を正してやれなかったと。

 少女を救ってやれなかったと。


 醜い少女を不幸に思いながら、いつもの日常へと戻っていきます。

 もちろん、少女を追いかけはしません。

 国の外に出ることは許されていないからです。

 規律を乱すことは、とても醜いことです。

 人々は、規則正しく、決められた日々を送ります。

 今日も美しく在るために、与えられたままに生きていくのです。




 初めは小さな疑問だった。

 今では思い出せないくらいに些細な違和感。

 けれどそれが次第に膨らんで、木々が枝を伸ばすように増えていった。


 ——なぜ国は、こんなに明るいのだろう。

 国の中ではどこも光で照らされて、隠すことは禁忌だった。


 ——なぜ国は、全てのことが決められているのだろう。

 行い全てを法律で縛り付けられ、それから背くことはあり得なかった。


 ——なぜ人々は、何もかもを晒して生きているのだろう。

 光で照らされた人々も例外なく秘め事を許されず、けれどそれを受け入れていた。


 ——なぜ人々は、誰もが同じ表情を見せるのだろう。

 どこを見渡しても同じ顔、同じ笑みを浮かべる人々を、たまらず不気味に感じた。


 だから、醜いと言われた。

 提示された美しさを享受することが出来なかった。

 しかし、異端扱いだったにも関わらず、迫害されることはなかった。


 より正しい方へ、と。


 己の美しさを信じる者達は、悪意なく道を説いた。

 醜いと定義された価値観を捨てろとせがまれ。

 溢れた美的感覚を植え付けされようとした。


 だから逃げ出した。


 何もかも受け入れられなかった。

 けれど、行く当てはどこにもない。


 疲れや渇きを覚え、足を止めた。

 ふと顔を上げれば、夕焼けが空を赤く染めていた。

 すると途端に、涙がこぼれた。


 この光景こそが、美しいんだ。


 規則正しさではなく、言葉に出来ない興奮こそが、胸を満たしてくれる。


 この感情だけは、否定されたくなかった。


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