犬も歩けば宇宙人がやってくる

落光ふたつ

犬も歩けば宇宙人がやってくる

 この世界は随分と変わってしまった。


 透き通った青空に、鋼の円盤が飛び交っている。視線を少し下に向ければ、学生服を着た人間に混ざって、明らかに異質な生物が軽妙に会話を楽しんでいた。

 河原に寝そべって、僕はそれに何の疑問を抱かずに眺める。

 カーテンの奥でずっと潜んでいた真っ白な肌に陽を見せてやるため、久しぶりの散歩をして、今は少しばかりの休憩中。


 今日も日差しは気持ち良い。


「世界が変わる前もこうだったのかな」

「キミはもしかして、元の世界に戻って欲しいの?」


 ふと肌が懐かしい影に包まれた。

 青空を背景に跳ぶ円盤の代わりに映されたのは、空色の大きな双眸。

 くりっとした水晶のような瞳が、僕を見つめる。


「やっぱり、人間だけの世界が良かった?」

「いや、ただの知的好奇心だよ」

「そっか」


 よっこらせ、と女の子は隣に座った。

 初めて見る子だ。

 でもまあ、異種族間交友が盛んに行われている現代において、急に距離を縮めてくる相手に違和感なんて覚えることもない。

 なんせ、川を挟んだ向こうの交友は、何万光年もの距離を縮めている。


「犬も歩けば宇宙人がやってくる、って言葉、知ってる?」

「知らないけれど、大体意味は分かったよ」


 女の子の唐突な質問に、思わず失笑をした。


 この星、地球には宇宙人が暮らしている。

 元の住民である地球人と、地球以外の星からやって来た宇宙人が共生しているのだ。

 そうなったのは随分と昔からの事らしくて、僕が生まれるよりもずっとずっと前、途方もないほど遡った歴史でのことだ。


 宇宙人がやって来た理由は一つ。種の繁栄のため。


 というのも、この地球にやってきた宇宙人は自分達だけじゃ生きていくことが不可能だったらしい。

 他種族との共生で、というより寄生で種を繋いでいく。

 生まれついた時は形状不定のいわゆるスライムみたいな生物らしく、それから時が経っていくにつれ、その定まらない形はどんどん留められなくなり、次第に生命として終わりを迎える。

 しかし、宇宙人は他種族を真似ることが出来た。

 だから、自分たちが生き残るために、地球人を真似ようとした。


 けれどそれには条件があったのだ。


 それは、真似る対象を取り込むこと。

 こうなればもう、真似というよりも乗っ取りと言った方がいいのかもしれない。

 取り込まれた種族は意識も乗っ取られ、その体は宇宙人の物となる。

 それを知った地球人は、たまったものじゃないと抵抗しようとしたが、不可能だった。

 当時、スライム状の宇宙人の技術力は、地球の千年先を行っていたらしい。

 宇宙戦争となれば、地球は粉々になっていただろう。

 さすがに地球人もそこまで無謀じゃなかったらしく、折衷案を提示した。


 動物だ。


 地球に豊富な動物を差し出したのだ。

 宇宙人はそれを了承。協定が結ばれた地球には新たな種族が迎え入れられた。

 その歴史的事実を証明するように、向こう側の土手であいびきしているカップルは、鳥人間と人間牛みたいな姿。

 協定を結んだ宇宙人は、次第に地球の住みやすさに惹かれて引っ越してきたのだ。

 当時の地球人は恐らく歓迎しなかっただろうが、逆らうことも出来ず、長い時が経ち、今では地球人と宇宙人が交配して、また新たな種となって繁栄している。


 そんな歴史がこの星にはあるわけだけれど。

 とにもかくにも動物が激減した。

 とりわけすぐいなくなったのが、犬だったのだ。

 理由は単純、可愛かったから。宇宙人の10割が犬派だったのだ。

 過去地球で対立していた猫派など、一分の入る隙もなかったそうだ。

 だからこそ、女の子はさっきの言葉を言ったのだ。


「今の地球で犬が歩いてなんかいたら、そりゃあ宇宙人はやってくるだろうね」


 そして、我先にと取り込んでいただろう。

 けれどそれも昔の事。もう犬という種は絶滅したと言われている。


「じゃあまあ、僕は散歩の続きにでも行くよ」


 フードを深く被り直して、僕は女の子に背を向けた。

 けれど、女の子は声を投げてくる。


「ねえさ、なんでフードなんて被ってるの?」


 今の季節は真夏。

 疑問を持つのもおかしくはない。


「日差しに弱くてね」


 僕は背を向けたまま答える。

 すると、女の子は僕の前に回り込んできた。


「よほど、散歩が好きなんだね」


 嬉しそうに、朗らかに、満面の表情で言う。


「まるで、犬みたい」


 フードの下の三角がもぞりと逆立つ。


「ところでさ、私可愛いものが好きなんだよねぇ」


 女の子は、その空色の瞳を輝かせた。


 種は生き残るために形を変える。

 宇宙人が動物を真似て繁栄したように、絶えかかっていた動物も何かを真似るかもしれない。

 例えば、今も生き残っている人間のようになれば、同じように種を残せるだろう。

 危機に備えて進化する。生き残るために変化する。

 長い歴史の中で、幾度となく行われた種の旅路。

 けれども変えられないことだってある。


 犬は、散歩好きだ。

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