第56話 予期せぬ幕切れ

「失礼します」


 突然会議室の扉が開かれ、一人の人物がここに姿を現す。…聞き覚えのあるその声に、私は反射的にその人物のほうへと視線を向ける。…まさにその人物こそ、ついさっき私が感謝を告げた人物。かつて財政に関して、私とアースを完膚なきまでに締め上げてくれた人物。帝国に仕える監査局の長で、堅物で数字に厳しくて、だけどこんな時は心の底から頼りになる人物。


「「イリエ!!」さん!!」


 突然現れたその姿に、私はもちろんアースやジンさんまでもが声をそろえて叫んだ。イリエさんは入室後一切表情を変えずに、そのまま調査団の統括であるディングさんのもとへと足を進めた。そして私たち同様に驚愕している様子のディングさんに対し、自身のカバンから分厚い資料を取り出した。


「こちら、アース様とエステル様から作成の依頼を受けておりました、総合資産表になります。ご確認を」


 私はとっさにアースと顔を見合わせる。私たちのどちらも、イリエさんにそんな依頼をした覚えがないからだ。


「っ!!そ、そんなばかな!!」


 公爵は慌ててディングさんとイリエさんのもとまで駆け寄り、資料を奪って机の上で広げて見せる。1ページ1ページをすみからすみまで念入りにチェックしているようだけど、数ページを確認した段階で諦めたのだろう、力なく床に倒れ込んだ。

 公爵は目の前で何が起こっているのか理解できていないようだけれど、それは私たちも同じだった。一体何がどうなっているのか…?イリエさんがどうしてここに…?それにどうやってこの総合資産表を…?

 しかし動揺が止まらない私たちとは対照的に、ディングさんはこの状況でも冷静だった。彼は公爵が机の上に広げた資料を改めて手に取り、重要箇所を適切に確認していく。…しばらくの間その時間が続いたのち、彼はイリエさんに言葉を発した。


「…さすが、と言ったところでしょうか。非の打ち所のない、実に見事に仕上げられた資料ですね」


「恐れ入ります」


 二人はやや笑みを浮かべあいながら、そうやりとりをした。そしてすっかり黙り込んでしまった皆に対し、ディングさんが調査団の統括として言葉を発する。


「さて、以上で準備資料の確認はすべて終わりました。提出された資料内に告発文の根拠となるものは全く確認されず、また資料そのものにも欠陥けっかん虚偽きょぎの記載は一切確認できませんでした」


 ディングさんのはきはきとした言葉が室内に響き渡る。その声をさえぎる者はもはや誰もいなかった。


「告発文書の内容は誤りであったことをここに認め、以上調査内容を報告書として皇帝府、及び法院に提出することと致します」


 ディングさんはすっかり脱力してしまった公爵のほうに顔を向け、彼に言葉をかける。


「調査会はこれにて終了とし、調査団は調査報告書の提出をもって解散することと致しますが、公爵、よろしいですね?」


 もはや公爵にもセフィリアにも、反論の余地などなかった。

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