第57話 監査局統括の底力

 信じられない結果となった調査会にすっかり脱力してしまった公爵とセフィリアは、取り巻きの人たちによって抱えられながら部屋を後にしていった。調査団の人たちも次々と引き上げていき、統括であるディングさんを残すだけとなった。

 ディングさんはやや笑みを浮かべながら、私に言葉をかける。

 

「…あの総合資産表、アース様とエステル様が依頼されたというのは嘘で、イリエさんが独断でお作りになったものではありませんか?」


 投げられたその質問に私はドキッとしてしまって、言葉がたじたじになってしまう。


「さ、さささあ?ななんのことでしょう??」


「くすくす、大丈夫ですよ。先ほどもお伝えした通り、通知書に詳細な記載はありません。誰が作らなければならないなんて記載もね」


「は、ははは…」


 うまく口角が上がらず、どうにも上手く笑えない。…私もすっかりクタクタになってしまっているようだった。そしてそれは私だけでなく、ここにいる皆が同じ様子だった。ディングさんはそんな私たちの姿を少し笑顔で見つめながら、アースに正式な調査終了の旨を伝えた後、部屋を後にしていった。

 …途端、全員がイスににぐったりと倒れこむ。


「はあぁぁぁ…全く心臓に悪いぜ…寿命が縮んじまう…」


「ほんとに…私もうやめようかなこの仕事ぉ」


 そうこぼすジンさんとバリアブルさん。二人はぼそぼそと愚痴をこぼしているものの、その表情は心底嬉しそうだった。


「で、でもイリエさん、一体どうして…?」


 ぐったりした体で、アースがイリエさんにそう疑問を投げる。私もそれが聞きたくて仕方がなかった。


「はい。順に説明させていただきましょう」


 今回のからくりについて、イリエさんが一から説明を始めた。


「皆さんはお気づきだったかと思いますが、公爵様に財政資料をリークしたのは他でもない、私です」


 そう、やっぱりそうだった。私もアースも、そこには早い段階で気づいていた。


「前にお二人にご指摘した箇所と合わせて、公爵様にお伝えしました。そうすれば間違いなく公爵様は、前に私が指摘した箇所と同じ点を突くのではないかと思いましたので」


 そこも想像通りだった。前にイリエさんがある種のリハーサルをしてくれていたおかげで、現に私たちは公爵の追及を上手くかわすことができた。問題はそこから先…


「私はこれで公爵様を跳ね返せると踏んでいたのですが、公爵様は奥の手を用意されていたようで…」


 そう、それがまさに公爵が持ち出してきた総合資産表。


「私はその存在を、カーサ皇帝府長を介してフィーナ様からお聞きしました。つい昨日の事でしたけれどね」


 イリエさんの口から、想像だにしていなかった人物の名が告げられた。…フィーナが、情報を流してくれていたんだ…


「ちょ、ちょっとまってほしい!」


 そこまで聞いたところでアースが大きな言葉を発し、イリエさんに疑問を投げる。


「彼女が公爵の奥の手を教えてくれたとしても、それが昨日じゃ資料の作成はとても間に合わないんじゃ…?」


 い、言われてみればそうだ。確かジンさんの話だと、総合資産表を完成させるには、私たち全員で取り掛かっても一週間はかかるって…


「申し訳ありません。全力で取り掛かったのですが、それでもここまでギリギリになってしまいました」


 …あ、あれ?…なんだか話がずれているような…?私は恐る恐る、イリエさんに疑問を投げる。


「イ、イリエさん…これだけの資料を一日で作るのは、いくらなんでも無理なんじゃ…?」


 私のその言葉に、イリエさんは胸を張って答えた。


「エステル様。私はすべての貴族の財政を監査する、帝国監査部の統括ですよ?甘く見られては困ります」


 …前の監査の時、アースがびくびくしていたのが分かるような気がした…この人は恐ろしい人かもしれない…


「ともかく、本当に助かったよ…ありがとうイリエさん」


 相変わらずぐったりしながらそう口にするアースに、イリエさんが言葉を返す。


「礼などいいのです。私は好きなようにやらせていただいただけですから」


 堅物だと言われていたイリエさんが、笑みを浮かべながらそう言った。皆その表情に一段と安心感を感じ、ほっと一息つく。

 しかしイリエさんはそのまま、私たちに次なることを告げた。


「お疲れのところ恐れ入りますが、実はもう一つ、フィーナ様から気になる情報をお預かりしております」


 どうやら私たちには、息をつく暇はまだ内容だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る