第53話 不気味な笑い声
提示された財政資料を前にして、私たちは黙り込んでしまう。そんな姿を良しとした公爵は、楽しくて仕方がないといった表情で私たちに言葉を発する。
「さて、まずはこの一次支出についてですが、大いに記載に不備がありますねぇ。管理者欄にはエステル様のサインがございますが、この差額は一体どこへ行ったんですかねぇ?」
「…」
「あらあらエステル、黙っていては分かりませんわ。何とか言ってみなさいな♪」
「セフィリア、無理を言ってはいかんよ。反帝国派組織へプレゼントしましただなんて、言えるわけがないんだから」
「あらまあ、これはごめんなさいね、エステル♪」
「…」
「それでは、こちらの臨時支出の方はどうですかねぇ?こちらも大いに値違いがあるようですが?」
「…」
「くすくす、これはもう決まりじゃありませんの。ねえ、ディングさん?」
「え?ええ…確かにこれは…」
「…やれやれ、何か言ってもらわないと話にもなりませんなぁ」
「公爵様、これ以上詰めてはかわいそうですわ。エステルは私の大切な娘ですもの。彼女も反省しているのだと思いますわ。きっと彼女には自分の罪を
「さすがさすが、セフィリアはなんと優しいことか。…それに引き換えまったく…アース様には申し訳ありませんが、こんな女性を選ばれるようでは先が思いやられますなぁ。いやそもそも、次期皇帝にふさわしい者はあなたではないのではないでしょうかねぇ?」
「公爵様、私も同じことを考えておりましたわ!私たちの帝国の未来を創る者として、アース様は果たして真にふさわしいのかと」
「くっくっく。セフィリアよ、真に次期皇帝にふさわしい男は誰だと思う?正直に答えてみよ」
「もちろん、公爵様に決まっておりますわぁ♡」
「そうであろうそうであろう!それしかあるまい!っはははははは!!!これはもう決まりだな!それじゃあディングあとは任せるから、調査報告書は今日中に書いて皇帝府と法院に提出しておいてくれたまえ」
「…アース様、エステル様、よろしいですか?」
「…くすくすくす…」
…あまりにできすぎた話に、私は思わず笑ってしまう。隣に座るアースの方に視線を移すと、彼もまた私と全く同じ表情を浮かべていた。私たちは財政資料を握りしめながら、心の中である人物に感服していた。
「…なんだ?何がおかしい?」
私たちの姿が不気味だったのか、途端に顔から笑みが消える公爵。
「公爵様、エステルの無礼をお許しください。きっと私たちに追い詰められて、おかしくなってしまったんですわ♪」
一方のセフィリアは相変わらずだ。その何にも動じない精神は、もはや尊敬に値するかもしれない。
「…ノーベ公爵、もういいかな?」
「も、もういいとは…?」
不敵な笑みを浮かべながらそう疑問を投げるアースの姿に、一歩気持ちが引き下がっている様子の公爵。
「言いたいことは、もう全部言いましたか?それ以上言っておきたいことはありませんか?」
「は、はあ??な、なにを…言って…」
現状は公爵側の圧倒的有利だというのに、アースに押されている公爵。
「ディングさん!もう調査会は終わりですわ!あんな負け惜しみを聞き届けていては、時間の無駄でしてよ!」
…少し公爵が押された雰囲気を見た途端にこの態度だ。どこまで現金な女なのだろうか…
「…アース様、ご説明を」
「っ!?」
しかしディングさんはすぐに締めろというセフィリアの言葉は聞かず、アースに説明を求めた。ディングさんに導かれるままに、アースはすべての答え合わせを始める。
「…それでは、説明させていただきます」
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