第37話 出発前夜

「そうか、なにも収穫なしか」


「…」


 腕を組み、ため息を含ませながらジンさんがそう言った。今日一日中、思い当たる人や場所を回っては見たものの、会議に関する情報やカーサさんの考えに関する情報は得られなかった。期待していたナイトさんも、ほぼ空振りだったし…


「はいジンちゃん、お茶♪」


 そう言って、ジンさんの部下にあたるバリアブルさんが、ジンさんの前に暖かいお茶を差し出す。口調やふるまいこそ独特だけれど、バリアブルさんは正真正銘のイケメン男性だ。彼は普段は皇帝府の方で仕事をされているらしいけど、今回の件について何か情報を知っていないかと、ジンさんがここまで呼び寄せたらしい。


「…おいお前、一応俺の部下なんだから、こういう場じゃ『ジンさん』だろうが」


「あ、あはは、ごめーん」


 …こういう場って事は、普段はジンちゃんって呼ばれてるの!?…と、一瞬だけ全く今回の件とは関係のない疑問が私の中に浮かんだ。

 …ジンさんはそうは言いながらも、出されたお茶をおいしそうに飲み干す。そしてそんなジンさんの姿を、どこか愛おしそうに見つめるバリアブルさん…その光景があまりにもあまりにもであったから、思わず私は二人に言葉を投げかける。


「あの…お二人って付き合ってるんですか?」


「っ!?」


「?」


 …反応はかなりわかりやすかった。バリアブルさんはあまり表情を変えていない様子だったのに対し、ジンさんは顔が少し赤くなっている。


「さすが、女の子は鋭いわね!そうなのよー、私たち以前からそういう関係で」


「ふざけるなアホが!誰がお前なんかと付き合うか!」


 …私がこの二人の距離感をきちんと理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ…けれど、さっきまでカーサさんの一件で頭がいっぱいだった私の頭が、二人のおかげで少し気持ちが穏やかになる。そしてそれは、アースもまた同じ様子だった。アースと二人でにやにやと二人を眺めていると、どこかしびれを切らした様子のジンさんが話題を変える。


「…それで、これからどうする?思い当たるところはもう全部回っちまったんだろ?」


 ジンさんの問いかけに、表情を真剣なものにするアース。


「僕が思いつく限りは、もう全部回ってみた。…もう時間の余裕もないから、こうなったらカーサたち婚約反対派がどんな意見を持ってくるかを予想して、それに対する反論を用意する方がいいかもしれないな…」


 聞いて回る時間がないとなると、もうそれしかない…どこか雰囲気が落ち込んでいる皆に、私は声をかける。


「あ、あの!私、絶対にあきらめないから!最後の最後まで…!」


 私の言葉に、まずジンさんが反応する。


「当たり前だ。俺たちを誰だと思ってやがる」


 次に、バリアブルさん。


「そうそう!二人には早く結婚してもらって、そしたら二人の力で私とジンちゃんを…あ」


 …皆からジト目を送り付けられているのに気づき、言葉を改めるバリアブルさん。


「…っと言うのは冗談として…こほん。私は本当にアース様とエステル様はお似合いだと思っています。私もお二人の事を、最後まで諦めたくはありません」


 そして最後に、アース。


「僕は今まで、君のような魅力あふれる女性に会ったことがないし、それはきっとこれからもそうだろう。僕だって、絶対に諦めないよ。絶対にカーサに勝って見せる」


「み、皆さん…」


 胸の中に、熱いものが込み上げてくる。戦う覚悟が、一段と深まる。


「よし、それじゃ始めようぜ。二日間不眠不休だろうが、文句はないな?」


「あ、私まだエステル様のお料理を食べたことがないから、食べてみたいわ!」


「い、一番初めにエステルの料理を食べるのは僕だからね!!」


 …そんな調子で丸二日、私たちは準備に明け暮れた。そして翌日、ついに運命の皇帝府会議の日を迎えた。

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