第38話 再会の時

「…大丈夫、深呼吸、深呼吸…」


 皇帝府を前にして、なんとか心を落ち着かせる私。…いよいよ、この日この時間が来てしまった。アースは遠くで誰かと話しているようなので、今は私一人きり。ジンさんたちには屋敷を任せてきたから、ここにはいない。

 …そんな時、不意に後ろから声をかけられる。


「…貴方とお会いするのは、あのお食事会以来でしょうか」


 その声に聞き覚えがあった私は、反射的に声の主の方向へ振り返る。


「カ、カーサさん…」


 …そこには今回の件の中心人物である、カーサ皇帝府長その人がいた。


「お久しぶりです、エステル様。本日は突然のお呼び出しになってしまい、本当に申し訳ありません。言い訳をするつもりではないのですが、私もなかなか時間がなく…」


「い、いえ、お気になさらないでください」


 彼は態度も口調も、紳士そのものだ。悪評に聞くような人物には、とても思えない。


「こんな状況の中では、本日は気分が乗らないかもしれませんが、よろしければぜひ皇帝府を堪能たんのうされて行ってください」


 彼は優しい表情で、私にそう告げた。…しかし彼のその言葉に少し心が軽くなったのもつかの間、彼が次に放った言葉に私は凍り付く。


「今日が、最後になるかもしれませんからね」


 …少し笑いながら、彼はそう言った。その圧倒的なオーラの前に、私は何も言えなくなる。…固まってしまっている私のもとに、私の最愛の人が駆けつけてくれる。


「カーサさん、いったい何のつもりですか?」


 駆けつけてきてくれたアースが、するどい口調でカーサさんに噛みつく。


「深い意味などございませんよ、アース様。私はただ、会議前の挨拶に伺っただけでございます」


 彼はそれでは、と言い残してこの場を去っていった。…宣戦布告の、つもりだったんだろうか…?


「…エステル、大丈夫かい?」


 一番に私の心配をしてくれるアース。私は大丈夫であるむねを彼に伝え、カーサさんとの会話の内容をアースに話した。


「…今日が最後、だって…?」


 …静かに、かつ感情的にこぶしを握るアース。そのこぶしを、私は最大限優しく包み込む。


「…」


「…」


 私たちの間に言葉はない。ただ、つないだ手を通じて彼の思いや熱を感じ取る。

 …どれだけの時間そうしていたかは分からないけれど、気づいた時には、もう会議が始まる少し前だった。


「…行きましょう、アース」


 覚悟を決めた目で、彼の目を見る私。


「…僕は絶対に、約束を守って見せるよ」


 アースもまた、私の覚悟に答えてくれる。私たちは強く手をつなぎ、ともに決戦の地である会議室へと足を踏み入れた。

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