第25話 侯爵の思い

「おいお前たち!!!!これより、お前たちをたばねる侯爵であるこの私が直々じきじきに命を下す!!!よく聞け!!!!!!」


 一帯中に響き渡るその野太い声に、屋敷中の使用人たちがこちらに振り向く。


「これより全力で中央を目指し出発する!!!邪魔立てなど無用だ!!!中央の連中の中に検問などくやからがおれば、いくらでも賄賂わいろをくれてやれ!!!!いいか!最速でいくぞおぉぉぉぉ!!!!!」


「「おっ…」」


 一瞬の間を置いたのち、屋敷中から返事の声がこだまする。


「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」」


 その侯爵の掛け声を受け、一斉に出発準備が進められていく。提案した私たちですら、目を点にしていたほどだった。

 侯爵は私たちに向き直り、先ほどとは打って変わって冷静な口調で言葉を発する。


「このガザリアス、その願い出確かにうけたまわりました。これより後は、私が責任をもって担当します。皆さまはそちらのお屋敷にてお待ちください。必ずや、明日までに…いや、今日中に薬をお届けに入れて御覧に入れましょう」


「あ、あの、え、えっと…」


 侯爵のその迫力の前に、私は圧倒されて言葉が出なくなる。しかし私の言いたかったことは、ジンさんが代弁してくれた。


「…それはもちろんありがたい…だが、なぜここまで協力してくれる?そちらにだってメリットはないはずだが…?」


 私も、それを聞いてみたかった。協力してくれるのは心の底からありがたいものの、どうしてもそれだけが引っかかる。

 侯爵はやや考えるような表情を浮かべた後に、自身の口を開いた。


「…さあ、なんでだろうな…俺にもよくわからんが…」


 私とジンさんは、静かに侯爵の言葉の続きを待った。


「あんたを見てると、なんだか昔を思い出してな」


「昔…ですか…?」


 侯爵はどこか遠くを見つめながら、話を続ける。


「…もともとは俺も、皆を幸せにするために貴族になったんだ。そのために必死に勉強して、下げたくもない奴に頭を下げて、そうしてやっと貴族に仲間入りして、これでみんなを幸せにできると確信した…そのはずだった…だが…」


 だんだんと、表情を暗くしていく侯爵。


「…貴族ってのは、思ってたほどかっこのいいものじゃなかった。反皇帝的な振る舞いや違法薬物に手を出すのは当たり前で、金銭的な不正だって日常茶飯事。それはそれは民たちの上に立つ者のやることじゃなかった」


 その重々しい告白に、ジンさんもまた険しい表情を浮かべ俯く。


「自分だけはそんな事はしないと、決めてたはずだったんだが…不正に手を染めた貴族家ほど裕福になって、真っ当な貴族家ほど困窮こんきゅうする一方という現実…そしてそんなある日、ついに俺は一線を越えてしまった…」


 …貴族家に関係する人間ならば、それは逃れようのない残酷な現実。


「…一度超えたら、もう戻れなかった…そして気づいた時には、先日君が屋敷で見た、あの下品な貴族の完成だ…。次期皇帝をゆすれば大金が得られるんじゃないかなんて考えを持った、みにくいい貴族家侯爵…」

 

 自嘲じちょう気味に笑う侯爵。…そんな彼に、私は何も言葉をかけてあげられなかった。


「…だが、先日見た君たちはまさにあの日の俺だった。さっき、君に質問をしたろ?君のあの答えが全てだったんだ。かつて俺にはできなかった事を、君たちならやってくれると、俺は確信した。自分たちの事しか考えぬ貴族連中に罰を与え、善良な帝国国民の皆の前に、明るい未来が広がる。そんな世界の実現を」


 力強い表情で、侯爵が私に言った。


「だから、だから俺は全力で君たちを応援する。そのための手も時間も惜しまない。俺はそう決めたんだ」


 私の横ではジンさんが、やれやれといった表情を浮かべている。私は侯爵に右手を差し出し、彼もまたそれに答えた。

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