孤独で虐げられる気弱令嬢は次期皇帝と出会い、溺愛を受け妃となる

大舟

第1話 突然の転機

――――


「…エステル、屋敷の掃除はまだ終わらないの?」


 …は、はい…もう少しで終わりますので…


「…エステル、たかだかディナーを作るだけなのにいったいどれだけ時間がかかるの?」


 …ごめんなさい、お義母様かあさま


「…本当に、役に立たないんだから」


 …


――――


 私は今、母のセフィリアと妹のフィーナとの三人で暮らしている。とは言っても、この二人と私との間に血の繋がりはない。実の母が他界し、その悲しみを誤魔化すかのように、その後すぐにセフィリアと再婚した父。その時セフィリアが連れてきたのがフィーナだった。父の前では可愛らしく振る舞う二人であったけれど、父の目がなくなるとすぐに罵詈雑言ばりぞうごんを私に浴びせてくる毎日。私も最初は反発したりしたけれど、二人相手にはどうしても無力で、次第に歯向かう力も心も失われていった。

 何より、父もまた他界してしまったことが私の心へとどめを刺した。セフィリアとフィーナは、元より父の遺産や地位が目当てだったのだろう。父は高位の貴族であったため、その位は妻であるセフィリアがそのまま継ぐこととなった。それからというもの、私への二人の攻撃はさらに悪質なものとなった。

 先日の事、セフィリアが自室に私を呼び出しこう言ってきた。


「エステル、この報告書のここの数字、適当に書き換えておいて頂戴」


 セフィリアが提示してきたその資料は、貴族家が帝国から給付を受け取るために必要な資料だった。…それをこの女は、私にいつわって申請しろと言って来た。


「こ、これって違法ですよお義母様かあさま…お金、無駄遣いしすぎなんじゃ…」


 …その私の言葉を聞いた途端、恐ろしい目つきで私をにらみつけるセフィリア。


「はぁ?仕方がないでしょう?新しいお洋服や宝石で身なりを整えるのは、貴族の女として当然のことですもの。…ああ、あなたはそんな事しなくてもいいんだからいい身分よね。みにくい女は容姿に気を使わなくていいんだから気楽よね」


「そ、そんな…」


 私の警告など意にも介さず、すずしい口調でセフィリアは続ける。


「とにかくやっておいて頂戴。しくじったら、全部あなたが勝手にくわだてた事として帝国に報告するから」


「…」


 私に反論など許されてはいなかった。しかしこんな女のために帝国をあざむく覚悟など、私にあろうはずもない。結局私は報告書の数字を書き換えず、そのために帝国からの給付は受けられなくなった。貴族家のお金を勝手に使い込んでお金が無くなったのだから、給付など受けられようはずもない。しかしセフィリアはその責任をすべて私に押し付け、その後私への攻撃は一段とエスカレートした。

 自室に戻ると服が全て破られていたり、部屋に汚水がまかれていたり。私だけ食器をひっくり返されて、食べるものがなくなることだって何度もあった。たまに二人が食事を用意してくれたと思ったら、虫の幼虫が入っていたりしたこともあったっけ…

 私も当然、反撃してやろうと思ったこともある。しかしここでやり返したところで、結局は倍になって跳ね返ってくるだけで、何の解決にもならない。何より、やり返すことでこの二人と同レベルの人間になってしまうのではないかと、私は思ってしまっていた。

 そんなある日、突然に転機が訪れた。


「お母様、お手紙が届いておりますわ」


「手紙?」


 私が一人黙々と掃除をしている横で、フィーナがそう言いながらセフィリアに手紙を差し出す。手紙を受け取ったセフィリアは、裏面に書かれた差出人の名前を見て、あからさまに不機嫌な表情になる。


「うわ…アース下級伯爵からじゃない…」


 私も名前は聞いたことがある。確かアース下級伯爵は、中央都市からかなり離れた場所に住む、いわゆる地方貴族。評判はお世辞にも良いとは言えず、容姿が非常にみにくいだの、女癖や酒癖が悪いだの、いだことのないような悪臭を放つ男だの、それはそれは散々な言われようだった。

 セフィリアは手紙を汚物のような目つきで見つめ、内容に目を通している。読み終えたらしいタイミングを見て、フィーナが声をかける。


「お母様、お手紙にはなんと?」


 フィーナのその問いに、セフィリアは手紙をゴミ箱に放りながら答えた。


「ありえないわ!信じられない!私と婚約をしたいから、会って話さないか、ですって!全く汚らわしい…」


 自身の腕をさすり、鳥肌でも押さえている様子のセフィリア。手紙の文面がかなり堪えた様子だ。しかししばらくして、その震えがぴたっと止まった。


「…そうだわ、いるじゃないの。下級伯爵様に相応ふさわしい、良い婚約者が」


 好きなおもちゃを見つけた子供のように、心底楽しそうな目で私の方を見るセフィリア。


「…くすくす。よかったわねエステル。あなたに結婚なんて絶対に無理だと思っていたけれど、ぴったりな相手が見つかったじゃない♪」


 急にそんな言葉をかけられた私は、なにがなんだかさっぱり分からない。


「え、えっと…こ、婚約って…わ、私がですか…?」


「当たり前じゃない。この世であの下級貴族に相応しい女なんて、あなた位の者でしょう?フィーナ、あなたもそう思うわよね?」


「はい。私もお似合いだと思いますわ」


 セフィリアからかけられた問いに対し、フィーナは淡々と機械のようにそう返事をした。


「そうよね!それじゃあ私はさっそく伯爵様に返事を書かないと♪」


 私の言葉など一切聞かず、勝手に話が進められていく。二人は心底楽しそうで、嬉しそうだ。…きっと、私が伯爵家で散々な思いをさせられるところを想像でもしているんだろう。

 …けれど、不思議と私に抵抗する気は起きなかった。どうにも私には、伯爵がそんな人だとは思えなかったから。…これはただのお人好しな考えなのかもしれないけれど、私の心にはそんな思いがあった。

 返事が贈られてからしばらくして、再び伯爵から手紙が届いた。私との婚約を、是非受けたいと。

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