第2話 出会いの時

「お姉様の幸せを、私は心から願っておりますわ」


「心配しなくても、定期的に様子は見に行かせてもらうから。楽しみだわぁ」


 わざわざ屋敷の外まで私を見送りに来たかと思えば、二人の態度は最後までこの有様ありさまだ。ここから伯爵領まではそこそこ遠いため、移動にあたっては馬三頭からなる馬車を用意するとセフィリアは言っていたのに、当日用意されていたのは私の馬一頭だけで、荷台などもはや用意されていなかった。

 けれど、そんなことは一切気にならなかった。確かに、ここから伯爵領まで馬にまたがり続けるのは体力的にもきつそうだけれど、それ以上にこの屋敷から出ていけるだけで、私は嬉しかった。


「…それじゃあ、お元気で」


 私は心にも思っていない事を口にし、馬を出発させる。二人は、特にセフィリアは最後の最後まで気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 馬が地を駆け、風と揺れを全身に感じる。乗馬自体はかなり久々だったから、上手に乗れるか心配だったけれど、思いのほか快適に乗れている。どこか、馬自身も気持ちよさそうだ。途中途中、何度か休憩をはさみながら、目的地の伯爵家が見えてくる。


「う、うわぁ…」


 思わず、そう言葉が漏れた。まだまだ距離はあるのに、ここから見てもわかる程に屋敷はボロボロだ。次第に屋敷近辺まで見渡せる位置まで近づく。


「ふ、服までボロボロ…」


 外に干されている服を見て、一段と深いため息が出そうになる。今時、貴族でない人々だってもっときちんとした服を着ていると思うんだけど…

 そしていよいよ屋敷の入り口に到着する。これまで味わったことのないような、妙な緊張感を全身に感じながら、私は声を上げた。


「す、すみません…」


 貴族令嬢でありながら、ほかの貴族の屋敷を訪れたことなんてほとんどなかったから、なんと挨拶したらいいのかわからなかった。結局、お隣さんに挨拶するのと同じようなトーンと言葉になってしまう…

 私の声が届いたのか、扉の奥から誰かがこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。そしてその音がかなり近くで止まった時、扉が開かれた。

 その姿を見た時の正直な印象は…評判通り、だった。伯爵の身なりはかなりボロボロな上、屋敷の中からは妙な匂いが鼻をさす。…あまり掃除などされていないことが、外から見てもわかるくらいだった。


「いらっしゃ…え!?馬一頭でここまで来たの!?馬車は!?」


 伯爵は目を丸くして、目の前の光景に驚きを隠せない様子だ。私は簡単な挨拶を挟んだ後、ありのまま全てを伯爵に伝えた。


「そ、それはかなり疲れただろう…この後は二人で食事にでも行こうかと思っていたんだけど、それよりも今日はゆっくり休んでもらうのが先だ」


「?」


 …妙に、違和感を覚えた。伯爵は身勝手で性格もかなり悪いともっぱらのうわさだっただけに、どんな無理難題を言ってくるのかと身構えていたけれど、意外な言葉が伯爵の口から出たからだ。

 もしかしたら、あの噂にはなにか裏でもあるんじゃ…私はそんな事を考えながら、手招きされるままに屋敷へと足を踏み入れた。

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