第22話 幕間・死の直感

………

………


 音と衝撃が空気を震わせる。

 春樹は天と一緒に、境界線を作っているコンクリートブロックに身を潜めていた。


 『みんな、〈身体強化〉してっ!』


天が叫んですぐ、強烈な衝撃が春樹たち学生を襲った。

 宙に浮いていた気色の悪い蛇のような魔獣が何かをしたのは見えた。そして、その魔獣から切り離された半身を進藤が切った直後、何かがマナ的な爆発を起こした。

魔獣にはまだ明るくない春樹。どうしてそれが起こったのかはわかっていない。


 「春樹くん、無事?」


 そばで同じように身を低くしていた天が春樹の無事を確かめる。彼女に手を引かれる形でブロックの影に飛び込んでいなければ、今頃、目端に映る全身が潰れひしゃげた学生のようになっていたかもしれなかった。

 春樹は悲惨な死体を見慣れていない。加えて、魔獣を見るのも今回がほぼ初めてと言っていい。先週、朦朧とした意識の中、ぼんやりと大きな魔獣の影が見えたくらいだ。


 「体は大丈夫だ。でも、気分は心底悪い……」


 醜悪な魔獣の見た目に、無残な死体。度重なる生理的嫌悪感に、喉の奥が焼けて熱くなる。それでも、天の前で吐くようなみっともないことはしないよう、必死でこらえる。


 「魔獣はどうなった?」

 「1体はまだ、進藤さんたち先生が見てくれてる。でも他の魔獣たちは全部、爆発の勢いで学校にも森にも飛んで行ったみたい」


 身を高くして運動場、森の様子を確認している天。春樹は彼女に言われたことを手早く整理し、状況を把握していく。


 「魔獣が何体かいるってことだな。優たちは無事そうか?」

 「今は分からない。魔獣がいる現状、私が安易に〈探査〉すべきじゃないしね。それに、みんなが魔法使ってるから、もう、めちゃくちゃ」


 みんなというのは森に飛ばされた学生たちのことだろう。彼らの多くが、すぐに〈探査〉をして状況把握とセルメンバーとの合流を図るというセオリーを守った結果、互いの魔法の質を落とすことになってしまっているようだ。

 魔力持ちの天であれば、強引に広範囲を探査できる。それで優たちに無事を知らせてみるのはどうかと春樹は思ったが、すぐに思い直す。


 森には魔獣がいて、戦闘が起きているかもしれない。というより、その可能性が高い。

 魔力持ちの天が強引に〈探査〉をするとマナが反発し合い、戦闘中の学生が〈創造〉した武器などが消滅することがある。〈身体強化〉など体内にマナを凝集する魔法はその限りではないとはいえ、無手で魔獣に挑むことになるのだ。

 外地にいる彼らが合流や生存確認のために〈探査〉をするならまだしも、ほぼ内地と言える場所にいる春樹や天が、彼らの生存を脅かすわけにはいかない。


 「近くにシアさんがいるだろうから早々に死んじゃうってことは無いと思う。それに兄さんが、大好きな私の無事を確認しないで死ぬことは無いだろうし!」

 「……本当に、変わらないな」


 どんな状況でもブレない天に、安心する。

 ようやく万全と言っていい状態になってきた春樹も、すぐに動けるよう中腰になっておく。そのままそっと運動場を目視で確認すれば、蛇の魔獣が四足歩行のトカゲのようになっていた。首にあった飾りも相まって、おおよそはなんとなく見覚えがあるような生物になっていた。

 とはいえ、複眼が増えていたり、背中に透き通た羽を何枚もつけていたり、足が虫のようだったりと異様な点も多い。

 運動場や奥に見える寮のガラスなどは割れ、ひどいありさまになっている。


 「それで、どうする天? オレはまだ、魔力に余裕あるぞ」


 トカゲの魔獣には、春樹たちと同じく爆風をやり過ごしたらしい進藤たち大人が相対している。そして森に散ったという魔獣も多い様子。


 「うーん……。多分兄さん含めてみんな内地を、というか学校を目指して戻ってくるはず。だから、とりあえずここを安全な場所にしておきたいかな。どこかの天人のせいで私もマナが減っちゃってるし、みんなを助けに行くには正直ちょっと不安だから」

 「了解っと」


 つまり運動場付近にいる魔獣を掃討して、優たちが帰る場所を作るということ。


 「優には差を付けられたからな。ここらへんで、オレも追いつかないと」


 先週、春樹が倒れている間に、優はシアと協力して魔獣を2体も倒していた。本人はシアが倒したと譲らないが、間違いなく特派員としての経験を積んでいる。

 子供たちを守るための栄誉の負傷だったとはいえ、春樹は不完全燃焼な思いを抱えていた。


 「うん。私も、兄さんの前を走っておかないと」


 見える範囲だけでも嫌な音を立てながら浮遊するハエのような魔獣は数えきれない。それら魔獣をめがけて、黄緑色と黄金色の閃撃が何度も何度も振るわれることになった。




 魔獣との戦闘が始まって10分ほどが経った頃。


 「これで最後っと」


 天が創り出した小さな槍、というよりは矢がただ浮いているだけだった魔獣を貫く。境界線付近、目に見える範囲にいたハエの魔獣を殲滅した春樹と天。途中、何体か大きい個体を相手にしつつも危なげなく事を運ぶことが出来た。

 とはいえ、数が数だ。春樹が思った以上にマナの消費が激しい。


 「結構マナが危なくなってきたな」

 「私も余裕はないかも。内地側は先輩たちが相手してくれるだろうけど……」


 魔獣は運動場を中心に四散した。そのため、森だけではなく内地――学校側にも多くの魔獣が飛んでいった。

 ここは特派員を養成する第三校。例え2年生が遠征中、3年生も半数以上は特派員の卵として、学校を離れインターンシップをしていたとしても。残された上級生、さらには教員が魔獣を討伐しているはず。


 遠目にそのあたりのことを確認できないかと内地側――運動場を見てみると、いつの間にか進藤たちがいなくなっている。

 魔獣が死んだ際に生じる黒い砂がまだ残っていることから、春樹たちが戦闘している間にトカゲの魔獣を倒してしまったらしい。


 「先生たちはどこ行ったんだ?」

 「進藤さん以外、内地方向に行ったよ? 自衛できる前提の学生たちと、子供含め内地にいる人たち。優先順位は言うまでもないって感じ」

 「自衛って言ってもな……」

 「先生たちも特派員だもん。特派員が守る第一目標は特派員じゃなくて、市民だから」


 魔獣と戦う特派員になろうと第三校に来た時点である程度、死の覚悟はできている。それでも、まだ学生の多くは10代だ。春樹たちなど15、6歳の子供でしかない。

彼らを放置する教員の態度に春樹が何とも言えない気持ちになっていた時。


 「ん? 誰か来た。……って、うえ、ザスタくんだ」


 天が境界線に沿って外地側を歩いてきた天人を見つけて、明らかに嫌そうな顔をしている。天が今、魔力を減らして思うように行動できていない原因でもあるため、その反応も仕方ないのかもしれない。


 「神代と……セルの仲間か」


 天と春樹を順に見て、そう言ったザスタ。そういえば名乗っていなかったと春樹は思い出し、改めて自己紹介することにした。


 「さっきぶりだな。オレは瀬戸春樹。覚えておいてくれると助かる」

 「瀬戸春樹か。すまない、名前を聞いていなかった」

 「いいよ。オレも自己紹介まだだったしな」


 互いに非礼を詫びる形になる。言葉が少ないだけで、森で会った時を含め、別に悪い奴ではないと春樹は思っていた。


 「それで、えっと……その娘はどうしたの?」


 天がザスタに尋ねたのは彼にいわゆるお姫様抱っこをされている女子学生について。ザスタは一度記憶を探るように雨空を見上げた後、答える。


 「確か、首里と言ったはずだ。森で会った時に突然、名乗られていたから、覚えている」

 「朱里さんって、私とおんなじ魔力持ちの?」


 ザスタにではなく春樹に聞いてくる天。同じクラスであることも含めて、春樹は軽く知っていることを話すことにする。優のこともあるため魔力至上主義者であることは一応、伏せておいた。

 首里についての紹介を天と一緒に聞いていたザスタが


 「どうやら1人で南側の魔獣を倒していたようだ。朱里と合流した時にはほぼ、マナを使い切っていたな」


 こうなったいきさつを語る。


 「無茶するね。きっと使命感でもあったのかな。魔力持ちだし、みんなを守らないと、みたいな」

 「……なんか優と似てるな」

 「確かに! でも、倒れるまでってなると、さすがにもう病気だよね。格好いいけど」


 魔力至上主義者の彼女としては違和感のある行動。

しかしそれは決して、嫌なものではないと春樹は思う。


 「俺はまだ魔力に余裕がある。このまま北に行って境界線付近の魔獣を片付けてくるつもりだ。朱里を預かってほしい。仲間とも合流したいからな」


 さっきの天もそうだったが、こういう時、天人や魔力持ちは探索で少し不便を強いられる。使用する魔法が強力なものになってしまうため、〈探査〉などを安易に使うことが出来ない。そのため、〈身体強化〉などを使用しながら己の身で、探索活動をすることになる。春樹や優からしてみれば、贅沢な悩みとも言えた。


 泥で汚れないよう、首里をコンクリートブロックの上に横たえているザスタ。雨に濡れて体温が下がるのを少しでも防ぐために着ていた黒いジャージをかけている。そんな彼に、天は情報交換を求める。


 「北側は進藤さんが行ったから無駄足になるかも。あと、シアさん知らない? 多分、兄さんと一緒にいると思うんだけど」

 「シア……。あの女神か。少なくとも俺は知らない。とはいえ女神、天人だ。権能もある。死ぬことは無いだろう」

 「シアさんの心配はあんまりしてないんだけどな……」


 少し的外れなザスタの答えに、天は苦笑している。それでも、知りたかった優の情報が南側には無いことは春樹でも分かった。


 「とりあえず、ありがと。ソロは危ないから、行くんなら気を付けてね」

 「ああ」


 どことなく親しみのようなものが見える天とザスタのやり取りに、春樹の心が少しざわついた。


 ザスタの背中が遠ざかっていく。どうやらザスタはソロだろうと構わず魔獣を倒しに行くらしい。


 「さて! 兄さんが来るまで、このあたりの安全は私達が守る! なんてね」


 茶目っ気を見せる天。彼女の中でまだ兄である優が一番なのだと確認できたようで、春樹はどこか安心することになった。

 人の感情の機微をなるべく見ようとしてきた春樹。天に対して長年持ち続けている自身の感情にも、もちろん気づいている。


 「……そうだな。これが終わったらまた3人で、飯でも食いに行こうか」

 「フラグってやつだよね。でも、今は笑えないかも」


 天に困ったように言われて、春樹は悪趣味な冗談になっていたと反省する。

 ここは外地。春樹の親友で天の大切な家族である優が魔獣に囲まれている今、言うべき冗談では当然なかった。


 「確かに。悪い」

 「首里さんも任されてるし、すぐにみんなも戻ってくるはず。もうひと踏ん張り!」


 天に気を使わせてしまったことを恥じながら、春樹は両頬を叩いて気合を入れる。

 と、真っ白いマナの波動が森の方向から駆けて来た。


 「きれい……誰のマナだろ?」


 春樹の横で天が感嘆の声を上げる。魔獣に雨と暗い空気が立ち込める森にいる人々を照らす、鮮やかな白。

 その光の波はすぐに春樹と天を通過していく。


 「シアさんだな。〈探査〉か?」


 どことなく〈探査〉ではないような気もするが、少なくとも攻撃ではない。むしろ、体内のマナが少しだけ回復したのか、雨で冷えて重くなっていた身体が心なしか軽くなる。


 「さすが天人だな。な、天?」


 同意を返してくると思ったが、天の表情は明らかに困惑した様子だ。


 「これ、シアさんの魔法、というより権能ってこと?」

 「そうだと思うぞ。白いマナなんて、そうそう見ないからな。それが、どうかしたのか?」

 「多分、今の。魔獣に影響する、というか、殺すための権能なんだけど……」


 マナに触れた天の直感が、その権能に込められた意図や想いを汲み取る。恐らく込められた願いは対象の死。シアは自分たちに迫る魔獣という脅威を、懸命に排除しようとしたのだろう。その内容は問題ない。しかし、


 「発動する時に魔獣と――兄さんを想像したみたい」


 権能を使う時に“対象”として想像した相手が大問題だった。

 もうすでに権能という名の強力な魔法は発動された。じきにマナは使用者だというシアの想いを実現するため、世界に作用し始めるだろう。


 「……つまり、そういうことか?」


 天の直感が外れたことは無い。魔法の効果も、間違いないだろう。それでも春樹は確認したかった。間違いであってほしいと思いながら。

 春樹の確認に恐る恐る首を縦に振った天は、


 「どうしよう……。兄さんが死んじゃう……っ」


 泣きそうな顔で、兄の死を予言した。


………

●次回予告(あらすじ)

 爆風で吹き飛ばされた優。魔獣が迫っていることを確認した彼は生き残るために行動するも、なかなかうまくいかない。そして、そんなことお構いなしにやってくる魔獣。死を前にして、しかし、なぜか彼の身体は動かなかった。

(読了目安/10分)

………

※次回はまた、優の目線で話を進めます。彼の心が切り替わるその理由、瞬間を描きます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る