第21話 失態
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外地に近いこともあって、第三校に魔獣が現れるのは珍しくない。教員か、あるいは学生が討伐に当たることも多かった。
コンクリートブロックのそばには、すでに多くの学生たちがいる。
「これからあの進藤進の討伐が見られるのか!」
「実は俺、まだ生で魔獣見たことないんだ。どんな感じなんだろう?」
「怖い、怖い、怖い、怖い……!」
彼らの反応は様々。ある者は特派員の戦闘、またある者は初めて見る魔獣へ、それぞれ想いを巡らせている。
彼らの様子にどことなく違和感があった優。その正体を探っていると、同じように彼らを見渡していたシアが答えをくれた。
「どこか他人事、みたいですね。いつか……それこそ今すぐに。自分たちが魔獣と戦うことになるかもしれないのに」
「なるほど。確かに、そうですね。魔獣がいる場所に必ず自分より強い人がいるわけじゃ無い……」
危うく自分も特派員候補生――弱者だからと胡坐をかいて、傍観者になりかけていた。少なくとも今、優がするべきことは警戒と、進藤たち正規の特派員から1つでも多くのことを学ぶこと。ただ傍観するよりよっぽど良いと、意識を改める。
「……シアさんにとっては、これも啓示のせいなんですか?」
「その可能性があるかも、とは」
曖昧な自身の啓示が関わっている可能性がある。その不安が、常にシアに当事者意識を持たせているに違いない。
「なら、もし、何かあったら。シアさんが望んだ方向に運命を変えてしまうのはどうですか?」
シアの肩の荷が少しでも軽くなればいい、程度に軽く言った優。しかし、優の予想以上にシアは驚いた顔をしている。考えてもみなかった、と言わんばかりだ。
「運命を、変える……。私が、ですか?」
「はい。マナとその人の想いは密接に関係していると言われています。シアさんがこうしたいと強く願えば、啓示もその方向に傾くかもしれないですよ?」
しばらく優の提案を吟味したシアは、しかし、
「ですが、それはわがままです。これでも、私は天人なので、誰かの運命を自分の思い通りにしてしまうのは良くありません。それに、私の力では……」
シアの膨大なマナがあれば、大抵何とかなりそうだと思っている優。それにシアは助けてもらうことに慣れていても、助けを求めることに慣れていない様子。それは先週、自身が他者を頼っていると自覚していなかったことからも伺える。
「1人で解決する必要はないんです。もし1人でダメそうなら、周りの人に助けてもらえばいい。これまでもそうだったように、きっとシアさんになら、みんな力を貸してくれるはずです」
「これまで……?」
やはり自覚はなさそうだ。知らず知らずのうちに、周囲を巻き込んでしまう【運命】。それこそ、彼女の啓示の力かもしれない。
「とりあえず俺が言いたいことは、シアさんが悪く考えるほど、状況が悪くなるかもしれないということです。その逆も。魔獣が来ました。戦い方を勉強しましょう」
まだまだ学ぶことは多い。優は進藤たちがどうやって魔獣を倒すのか。連携、地形や魔法の使い方に主に注目することにした。
その横でシアは自分がどうすべきかを考える。自分の願いが周囲に影響を与えるかもしれない。それは分かっていたこと。だからこそ、自分は何も望まず、運命をただ受け入れているのだ。
自分は天人だ。与えられた啓示を、身をもって示すことだけがたった1つの存在理由。その啓示をシア自身の恣意で歪めることは冒涜のように思えて。
「私は、天人……」
願いを押し殺す魔法の呪文を唱えて、シアも進藤たち正規の特派員による魔獣討伐に目を向けたのだった。
頭部を下に向けながら回転して落ちてくる魔獣。距離が近くなり、優の肉眼で見てもその姿が鮮明になる。
まずはその大きさだ。まっすぐ運動場めがけて落ちてくる細長い体は20m以上あるだろうか。時折光を乱反射させる鱗を持った、波打つ細い胴体。どうやら素となったのは蛇のようだ。
背中には半透明をした大きな虫の羽が8枚ついていて、それを使って飛行しているようだ。お腹には数えきれないほどの節足が向き関係なくついていて、ある種体毛のようにも見える。しかし、時折意思をもって動かされるその足は、見る者に嫌悪感を与えた。
頭部には紅く光る複眼がついている。口元には蛇本来の、鋭い牙が生えた口の上あごに鋭いとげがついていて、獲物を刺したり切ったりできそうな鋭さを持っている。首元にえらのような、襟巻のような飾りがついていることから、水生生物を捕食したことも想像できた。
風に乗って聞こえてくるカサカサという音は、無数に生えた節足か、あるいは魔獣がはばたく際に発されたもののようだった。
「相変わらずだな」
優は魔物の醜悪な外見を見たことがある。それでも嫌悪感がぬぐい切れない。明らかに生物として歪な彼らは、ただ見ているだけで生理的な嫌悪感をもたらす。
男女関係なく、数人の生徒は魔獣のおぞましい姿に吐き気を催したのか、近くの森に駆けて行った。
優としては1つでも多くのことを学ぶためにも、進藤や教員、魔獣の動きを見逃したくはない。〈身体強化〉で視力を強化し、動体視力も上げて戦況を観察する。
接敵までもう少し。
というところで進藤が動いた。〈創造〉で赤く光る刀を創り出し、魔獣が落ちてくる勢いを逆に利用して両断するつもりだろう。他2人いる教員は、4つの柱とそこに貼られた大きな網を2重に創り、魔獣が地面に衝突する際の勢いを殺そうとしている。
もし魔獣が自殺覚悟で地面に特攻でもしようものなら、近くにいる優たち学生や、体育館などの施設にも大きな被害が出る。たとえ倒しても、勢いそのままに地面に落ちれば、被害が出てしまう、という判断か。
と、魔獣が空中で突然転身した。下を向いていた頭を上空に向け、ブオンという音とともに大きく羽をはばたかせて空中で停止する。その際、落下速度も加算された強烈な下降気流が発生。魔獣についていた節足が何本も剥がれ落ちるほどの急停止だった。
離れたところにいた優たちでさえ、踏ん張るのがやっとの風。進藤たちは、と優が見ると、あえて魔獣の真下に移動し、教員の1人が創った三角錐の防壁の中にいた。それも一瞬。
すぐに防壁を消滅させ、〈身体強化〉で体を赤く発光させた進藤が飛び上がる。勢いを殺すために貼られた網を足場にしてできるだけ高度を稼ぐ。
網目が荒かったのは、それも見越してのことだったらしい。即席のセルとは思えない、見事な連携。
2つ目の網を力強く踏みしめ、進藤が魔獣へ刀を振るう。高さも、勢いも十分。
しかし、魔獣もその間に動いている。
風を起こした直後。胴体に生えた足をカサカサと震わせたかと思うと、ちょうど細長い魔獣の胴体の真ん中あたり。そこに隠されていた牙の生えた丸い口を開く。その口に。おもむろに複眼のついた頭を近づけると、
頭の一部を食べさせた。
奇声を上げる複眼のついた頭。同時に蛇腹を丸い口のちょうど上あたりで切り離す。一部の生物が身を護るために行なう自切と呼ばれる行動だ。
自分で自分の身体を食べる。
一見意味のなさそうなその行動は、真下にいる進藤からは見えなかっただろう。
まずは一太刀。そう言わんばかりに落ちてきた尻尾――丸い口のついた尻尾を切る。
「みんな、〈身体強化〉してっ!」
その時、遅れてやってきたのか、息を切らした天が叫ぶ。
何が何だかわからない。しかし、優は自分以上に天の言うことを信頼している。
まだ事態は切迫しているように見えない。それでも、
「シアさんも、早く!」
戸惑うシアに声をかけて、魔法を使わせる。そうして、シア含めた学生が〈身体強化〉をし終えるかどうかという時。
運動場を中心に、大きな衝撃が第三校全体を襲った。
蛇のような魔獣がまず行なったのは自切。口が2つあることを利用して、自身と切り離したもう1つの自身が、互いに捕食し合い、より強い個体へと進化しようとしていたのだった。進化後すぐに栄養補給ができるよう第三校という、人の多い場所で行なったと思われた。
魔獣の試みは成功。しかし、変態しようと変異し始めた不完全な下半身を進藤が攻撃し、爆発。その衝撃が魔獣の頭部側を含め、その場にいた人々と建物すべてを襲った。
体育館や寮といった運動場に近い建物のガラスが割れ、頑丈に作られているはずのその建物自体にも小さなひびが走る。
森にいた第三校9期生の学生も散り散りに吹き飛ばされることになった。
爆発の衝撃のまま地面付近を転がり木に何度もぶつかる、あるいは上空に吹き飛ばされた彼ら。〈身体強化〉をし損ねた学生数名が、木に頭部をぶつけ頭部が破裂したり、地面に叩きつけられたりした際の衝撃で即死。そのほかの学生も、大なり小なりケガを負うことになったのだった。
………
●次回予告(あらすじ)
爆風を耐えしのいだ春樹と天。魔力が多いものならではの苦悩を知りつつ、学生たちが帰ってくる場所を作るために魔獣と戦うことを選ぶ。そんな折、姿を見せたのはザスタ。その腕にはぐったりとした少女が抱えられていた。
(読了目安/10分30秒)
………
※良くも悪くも、友人や仲間からの何気ない一言が胸に残ったりします。
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