第12話 希望の白

………

………


 「俺が足止めしながら、前の魔獣を相手します。シアさんは後ろの森に隠れている魔獣を警戒しながら、隙を見て1回、〈魔弾〉を撃ってみてください」


 優は見えている方の魔獣に一歩近づいて、なるべく前後をケアできるよう意識する。

 初めての魔獣との闘いで優がこれほど落ち着いていられるのは、春樹や子供たちを守らなければならないという使命感があるから。ただそれだけで、恐怖も焦燥も忘れることが出来ていた。


 持久戦とはいえ、相手にする魔獣の数は少ない方がいい。魔獣を倒せる可能性があるのであれば、そちらも探るべきだろう。2、3発当てて倒すことが出来そうなら、もう1体の魔獣がなぜか動いていない今が、数を減らす好機のはず。優はそう判断して、シアに作戦を提案する。忘れてはならないのが、春樹や子供たち。


 「でも、最優先はあくまでも小屋にいる4人の保護です。隠れている魔獣が、そっちを狙っている可能性も十分ありますから」


 魔獣の中には連携して“狩り”を行なうやつもいたと、過去の事例を見ていた優は知っている。可能な限り想定できる情報を整理していた。


 優の作戦にうなずいたシア。

 どうしてここまで落ち着いていられるのだろう。自分は焦って、落ち込んで、迷惑をかけてばかりだ。天人として、朽ちるまでに一度くらいは、役に立ったと言えるような働きはしておきたい。頼りになる少年の作戦の一助になれるよう、シアは〈探査〉〈身体強化〉に加え、〈魔弾〉、〈創造〉で小屋にいる4人を守るための檻を創るイメージをしておくことにした。


 やがて、魔獣が身をかがめ、足を鳴らす。――来る。

10m以上あったはずの距離が一瞬でなくなる。まさしく弾丸のような突進を、優とシアは左右に跳んでかわす。これで挟み撃ちの状態ではなくなって一安心、と言っている間もない。突進してきた魔獣が着地後すぐに、もう一度突進の構えを見せた。狙いは、優。

 そのタイミングでシアは範囲を絞って〈探査〉をする。今、必要なのはもう一体の魔獣に関する情報のはず。別の場所でも戦闘しているかもしれない以上、彼らの邪魔になる可能性もある。

 シアは懸命に思考を巡らせ、天人として、自分がすべきことを考えるのだった。


 「もう1体は?!」

 「動いていません!」


 シアの情報を聞いて、2体が連携している様子はなさそうだと判断し、優は仕掛けてみることにした。


 「じゃあ次、お願いします!」


 そう、優が言い終わるかどうかのタイミングで魔獣の突進が来る。先ほどよりも距離が近い。それでも、直線的なその攻撃は軌道を読みやすい。もう何回も突進を見てきた。ギリギリのタイミングで、攻撃範囲からそれる。

 なるべく少量のマナで、大きな隙を。

 魔獣の四肢が浮き、前足が地面に着く直前。


 「〈創造〉!」


 テニスボール大の、小さな丸いマナの球を魔獣の着地点に置く。優のマナはシアが予想していたように無色だ。加えて、魔獣は空中にいる。感知できても、どうしようもない。見えない何かに乗り上げる形で魔獣が四肢を投げ出した形でつんのめり、ぬかるんだ地面を滑る。


 それを見たシアは、すかさず森にいる魔獣を〈探査〉で確認。――動いていない。今だ!


 「やっ!!」


 掛け声とともに、ありったけのマナを込めて。半身で伸ばした手から〈魔弾〉を放つ。天人であるシアは、生きてきた中で全力で〈魔弾〉を使う機会が無かった。その威力はシア自身も未知。優が期待するような結果を出すことが出来ればいいが……。




 優の視界を覆う、純白のマナ。あの小さな体に、どれほどのマナが貯められているのだろうか。シア自身よりも大きい雪玉のような〈魔弾〉が、転んだ魔獣めがけて放たれる。

 魔獣もすぐに起き上がろうとあがく。迫るマナの塊から逃れようと足に力を込めるも、濡れた地面が思うように行動させてくれない。

 結果、起き上がったころには視界一杯を純白が覆いつくしていた。


 シアが放った〈魔弾〉が魔獣を完璧にとらえる。鉄骨が落ちたような、重量を持った音が森に鳴り響く。木々は葉にため込んだ雫を飛ばし、鳥たちが雨を忘れて飛び立った。残されるのは雨が自然をたたく音だけ。

 優の視界の先。全身から血を吹き出しながら、魔獣が転がっている。体はひしゃげ、受け身を取ることすらできていない。3つとも白目をむいたその顔を含め、全身が、その魔獣が絶命したことを如実に語っていた。


 「……格好良いな」


 見とれてしまうほどの高火力。これが天人の〈魔弾〉。優が使った魔法と同じとは思えない。その時、優が感じているのは無力感というよりも、憧れに近いものだった。どうしても届かない、それでいて、どうしても届きたいと思ってしまう。あれだけの力があれば、どれほどの人を守ることが出来るだろうか。


 その憧憬を原動力に、優は全員が生き残るための道筋を再度、考える。先ほどからシアは、優の提案に文句ひとつ言わず従ってくれている。少なからず信頼されていると思いたい。

 あるいは元神である天人らしく、深遠な考えがあるのか。いずれにしても、優のするべきことは変わらない。


 「ありがとうございます、シアさん。これで進藤さんたちが来るまでの勝率の高い算段が立ちそうです」


 優が〈探査〉で近くの情報を知る限り、先ほどの魔獣と、今も隠れている魔獣の魔力は同じくらい。油断はできないとはいえ、シアが〈魔弾〉を当てられる状況を作り出すことが出来れば、仕留めることが出来るだろう。


 「……あ、はい。……え?」


 一方、当のシア本人は、何が起きたのか分かっていない。


 「えっと、私があれを?」


 無残な姿で倒れている魔獣を指して、シアは優に確認する。優がそれにうなずいたのを見ても、実感が湧かない。


 「本当、に……?」

 「はい。俺にはまだ、あんなことできません」


 いつか届きたい。そんな思いが込められた優の返答に、ようやくシアは状況を理解した。死を待つだけだった運命が、彼の手を取ったことで変わりつつあることを。自分のせいで招いたこの危機を、自分が役に立つことが出来れば、切り抜けられるのだと。


 「油断はしないでください。すぐにもう1体も動くはずです」

 「――はいっ!」


 念のため忠告した優の言葉に、シアは力強く頷く。今回は〈身体強化〉も〈探査〉も忘れていない。だからこそ、優が言ったように素早く動き出した魔獣にも反応することが出来た。

 森に隠れていた魔獣がまっすぐ、優とシアをめがけてまっすぐ駆けてくる。イノシシの魔獣より、走る速度は遅い。とはいえ、反応が遅れれば簡単に餌食になるだろう。


 「優さん、来ます!」


 やがて姿を現したその魔獣は、犬型だった。しかも、ほとんどその原型を保っている。犬との違いと言えば、豚鼻である点ぐらい。もとは野犬だと思われた。

 体格的に先ほどの魔獣よりは小回りは利きそうだと、優はあえて大きめに距離を取って突進を回避する。シアも、魔獣をよく観察しながら、まずは回避に専念した。


 すぐに自分かシア。どちらかに狙いを定めるかと優が予想していた魔獣はしかし、そのまま真っすぐ通り過ぎていく。魔獣は野性の勘のようなものは鋭くとも、その多くは知能が低い。

 魔力から見ても、シアの〈魔弾〉を当てられれば少なくとも手負いにすることはできるだろう。先ほどと同じ作戦が使えるだろうか。優は考える。

 ようやく魔獣が足を止める。優たちからかなり距離を取った場所だ。距離にして15mほど。先ほど、より近くで、より早いイノシシの魔獣の突進を避けられたため、魔獣の攻撃は避けられるだろう。


 「シアさん、もう一度、同じ方法をやってみます」


 シアに〈魔弾〉を撃つ準備をしてほしいと頼む。その頼みに、シアは素直にうなずく。


 魔獣が出現してから終始、優もシアも、魔獣の“攻撃”に意識を割いていた。そのため、立ち止まった魔獣の足元にあったものも、魔獣が次に見せた“捕食する”という行動に思い至るにも、時間がかかってしまった。


 犬の魔獣が後ろ足だけで立ち上がり、優とシアにお腹を見せる。どんな攻撃が来るのか。魔獣の中には人を食べて、魔法を使うものもいることを優は知っている。この魔獣もそうなのか。だとすると、さすがに先ほどのようにはいかないだろう。

 優とシアが身構える中。犬の魔獣はお腹にあった、もう1つの大きな口を開き、足元にあったもの――先ほど倒したばかりの魔獣を丸のみにした。


 「「え?」」


 2人して漏れる疑問符。その間も、犬の魔獣は骨を砕く音を立てながらイノシシの魔獣を咀嚼する。数秒してようやく、優は魔獣が捕食行動をしたのだと理解した。同時に、その危険性に思い至る。


 「シアさん、魔獣が変態する前に〈魔弾〉を!」

 「は、はい!」


 優が駆けだし、シアが魔法を使う。犬の魔獣はその時には咀嚼を終え、本来の犬の口から大きなゲップを漏らした。

 駆ける優のすぐ左横をシアの純白の〈魔弾〉が通り過ぎていく。外しても、最悪、逃げた先で魔獣の機動力を削いでおきたい。この後のことも考えるなら、リスクを冒す価値はある。〈創造〉で創った透明の短刀を構え、どう避けるのか。魔獣の動きに注視する。注視していたはずだった。


 気づけば、優はすぐそばにあった白いマナから遠ざかっている。視界が横を向き、やけに地面が近い。それを認識してようやく、地面にぶつかった体が衝撃を伝えてくる。

 口内を満たす鉄の味。回転する視界がとらえた、後ろの片足を上げた状態で魔弾を受ける魔獣。攻撃を受けた。それがわかる頃には、優は地面を何度も転がっていた。


 シアは優が吹き飛ばされたのだとすぐに理解した。くしくもそれは、先ほどイノシシの魔獣が飛ばされた様と似ている。数度地面を転がった彼は、春樹や子供たちがいる小屋にぶつかる直前で止まった。

 どうすべきか。優を助けに行くか、それとも、小屋の4人を檻で守るか。数瞬の間迷うシアの耳に、鈍い音が聞こえてくる。〈魔弾〉が魔獣に命中したのだ。

 優が気を引いてくれたおかげだろう。これで魔獣は倒すことが出来た。近くにはもう、魔獣はいない。シアはひとまず、優の状態を見に行くことにした。


 「大丈夫ですか?!」


 服は泥だらけだが、長袖長ズボンだったことが幸いし、頬の擦り傷以外、外傷は見られない。


 ほんの一瞬、気を失っていた優もシアの声で目を覚まし、


 「……何とか、な」


 立ち上がり、5体満足を確認する。変な方向にひねったのか、左腕を動かすときに少し違和感があるぐらい。少し深めに口内を切ったようで、嫌な血の味が満ちていた。

 焦るな。落ち着いて、余裕を持って考えろ。そう自分に言い聞かせる。状況を何度も整理して、敬語を忘れていたと思いだし、口調を戻す。


 「俺は大丈夫です。それより、状況が悪くなると思います」

 「どういうこと――」


 優につられる形でシアが見た先。そこには〈魔弾〉を受けて倒したはずの魔獣が悠然と立っている姿があった。


………

●次回予告(あらすじ)

 優とシアが魔獣と戦闘している頃。天も自身の役割を果たそうと奮闘していた。そんな彼女の〈探査〉の網にも、接近する魔獣の反応があった。しかもその魔獣の反応と重なるようにある2つの人間の反応。そのすべてに対処できるよう、天は直感に従って黄金色のマナを解き放った。

(読了目安/6分30秒)

………

※次回は、神代天の目線でのお話です。彼女のお話が「幕間」でシアの話がそうでない理由は、この物語自体が「優とシアの物語」だからです。

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