第13話 幕間・黄金色の魔法

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 境界線のそばで〈探査〉を続ける天。緊急事態になってからは出し惜しみせず、全方向に〈探査〉をしている。森にはごく少数の遭難セルが残されるだけとなった。彼らも全員、1分以内には進藤によって助け出されるだろう。背後からはようやく、教員が駆けつけようとしている。


 さて。ザスタたちと、兄の優たちは残念ながら魔獣と接敵した様子。

 天人の権能以外では、他人のマナを操作できない。また、もし同じ地点に異なる魔法が使用されようとした場合、互いにマナが反発し合い、魔法がうまく機能しない。〈探査〉を少ない回数、少ないマナで行なう理由も、マナの浪費を防ぐだけでなく、他人の魔法を邪魔しないようにという意味もあった。


 今は万一にも、魔獣と戦闘をしようとしている両者の邪魔になってはならない。天は必要性の薄くなった〈誘導〉を解除し、〈探査〉だけに集中する。さらに少量のマナを広く、薄く。

 ザスタの方は申し訳ないが注意を割いていられない。天は優たちの戦況を見つめる。

 たとえどれだけ人がいようと、長年連れ添ってきた兄のマナ反応だけは分かる。


 「魔力低いのに、なんで……」


 天人のシアと、あろうことか優自身が魔獣を相手取っているようだ。恐らく、4つ重なっている反応の中に春樹がいるのだろう。残りの3人を守るためか、それとも、動けない状態か。

 恐らく後者。助けが来るまでの足止めなら、魔力の高い春樹の方が適任だろう。しかし、そうしていない。

 と、こちらに向かってくる魔獣がいるようだ。度重なる〈探査〉と〈誘導〉。魔法の使い過ぎで、さすがに魔力が低下しつつある。この後も〈探査〉を使うマナを残したまま、それに対応するには……。


 「こうかな? 〈創造〉」


 直感のまま、はるか上空に何本か槍を創り、〈魔弾〉の要領で地面に向けて撃ち下ろす。槍の形状を選んだのは、天にとって降ってくる武器として槍の雨がイメージしやすく、マナを込めやすかったからだ。

 そうしている間にも、優たちの方の戦況は動きつつあった。魔獣と彼らの位置が入れ替わっている。攻撃をどうにかかわしたのだろう。やがて、大きな音がした。思わず耳を塞ぎたくなるような、質量を持った音。それが優たちのいる方から聞こえてきた。

 マナの波を利用するため、〈探査〉で知ることが出来る情報は、遠くなるほど遅延が発生する。なにが起きたのか。波と波の間にある時間がもどかしい。


 と、次の〈探査〉に向けて集中しようとしていた天めがけ、魔獣が木々の間を抜けて突進してきた。体高2mほどの4足歩行の魔獣。全身の毛は抜け落ち、黒い斑点のある薄ピンク色をした地肌がむき出し。目や鼻が見当たらないその頭部には大きな穴が開いており、牙のようなものが所々に生えている。伸縮性が高いようで、本来は丸いであろうものが四角く伸び、その穴には


 「やばい、やばい、やばい! 食われる!」

 「落ち着けジョン! 絶対に魔法を切らすなよ!」


 叫ぶ男子学生2人が収まっていた。2人がかりで〈身体強化〉だけに集中し、どうにか穴の奥――腹の中に納まらないようこらえているようだ。


 「気持ち悪っ……! 〈魔弾〉っ」


 初めて見る魔獣の醜悪な見た目に、生理的嫌悪感が押し寄せる。それでも冷静に狙いをつけて、天が小さなマナの弾を放つ。その間も〈創造〉と〈身体強化〉は維持しておく。

 目は見当たらず、鼻もない。それでも魔獣は正確に、その弾を回避する。やはり隙をつかなければ遠距離からの魔法は当たらない。男子学生もそこでようやく、天の存在に気が付いた。


 「俺たちのことは良いから、逃げるんだ!」


 優男風の男――幸助が天に叫ぶ。しかし、魔獣の突進は早い。彼が叫んでいる間に、よだれをまき散らしながら魔獣にとって、ご馳走である魔力持ちの天めがけて飛びかかってくる。同時に、魔獣が口を閉じようと今まで以上に力を込めた。


 「まずいっ!」


 どうにか耐えてきたジョンや幸助もろとも、天を飲みこむ――ことは無い。突進は、魔獣の背中を貫通して地面に刺さっていた黄金色の槍によって、完全に止まっていた。


 急制動したため、ジョンと幸助は魔獣の口からまろび出ることになった。魔獣の突進の勢いそのままにコンクリートブロックに体をしたたかに打ち付ける。〈身体強化〉が無ければ、骨の1本や2本はいっていただろう。

 何が起きたのかわからないジョン。魔法の維持に必死だった彼とは異なり、幸助はきちんと天の動向を見ていた。逃げる動作も見せず、魔法を使ったようにも見えなかった。


 しかし、振り返れば魔獣が〈創造〉で創られたと思われる槍に串刺しになっている。それでも絶命することなく、なおも口から鳴き声を漏らしながら暴れている。

 ふと、尻もちをついたまま幸助が見上げた雨空から1本、また1本と槍が降ってきた。少しずつ位置をずらしてあるそれは正確に、1列になって魔獣に刺さっていく。そして最後には鮮やかな黄金色の槍の列が魔獣をきれいに両断するのだった。


 そうして初めての外地演習で、しかも単独で。魔獣を倒した当人はしかし、


 「兄さんたち、魔獣1体、倒してる!」


 幸助たちにも、魔獣の残骸にも目を向けることなく、遠く彼方を見ていた。


 やがて、境界線付近に進藤が学生を抱えて戻ってきた。そこには、きれいに二分された魔獣が転がっている。徐々に黒い砂になっていくその死骸を一瞥した進藤は、天に状況報告を求めた。


 「神代、状況は」

 「残すセルは2つです。どちらも……いえ、ザスタ君たちは戦闘後ですね。無事、魔獣を討伐したようで、こちらに引き返しています。もう1つのセルが魔獣2体と交戦。1体を討伐するも未だ交戦中。そちらには要救助者もいると思われます。また、教員の先生方が来られたようです」


 不要なこととしてそばに転がっている魔獣には触れず、天が報告すると同時。内地に引き返した9期生たちが呼んできた教員たちが到着する。全員が特派員免許を持ち、学生たちよりも経験や知識が多く、魔力も高い。


 「及川です。外地演習中に魔獣が出現したと聞きましたが、本当でしょうか?」


 男性教員の及川が進藤に確認する。細身ながら鍛えられていることがわかるその体は、薄い青色のマナで覆われていた。彼の問いに、進藤が答える。


 「はい。事前に周囲の魔獣は駆除していたので、何かの影響で発生したと思われます。魔獣は残り4体。森に2組、学生たちのセルが残っています。それぞれの場所は各自、魔法で確認してください」

 「「了解です」」


 その後すぐ、いくつかの事項を確認したのち、


 「お前たちは内地に戻れ。以降、境界線付近には近づくな」


 ジョンや幸助、その場にいた少数の学生たちに告げて、大人たちは散開して行った。


 進藤たちの指示通り、内地に引き返した天。魔力も限界。駆けつけることはもはや足手まといになる。

 最後に使った〈探査〉では、なぜか優の所にいた魔獣の魔力が増大していた。またも発生した不測の事態。魔力の低い兄に対応できるだろうか。救援は間に合うだろうか。魔法が使えるようになった現代とはいえ、なんでもできるわけでは無い。死んでしまえば、それまでだ。


 「兄さんたちを、お願い! シアさん」


 優や春樹が生存する可能性を高めるには、間違いない天人のシアがカギになる。まさしく“神頼み”をしながら、天は吉報だけを待つことにした。


………

●次回予告(あらすじ)

 シアの〈魔弾〉を受けてなお健在の魔獣。やがて内包したマナに従うように、魔獣はその身を変態させていく。見逃していた可能性に気付き、作戦を練り直す優とシア。そんな彼らが見たものは、魔獣の前で収束するマナの光だった。

(読了目安/10分)

………

※登場人物たちは案外、心の中で「〈魔槍〉ジャベリン!」とか〈魔弾〉をマナの色などから「〈火弾〉ファイアボール」とか叫んでいるかもしれません。魔法は自由なものです。

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